カン・ドンウォン主演『新感染半島』は“分断された韓国”を描いた? 「K-ゾンビ」ヒットの背景を探る

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2021年01月08日 22:02  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『新感染半島 ファイナル・ステージ』

 最近韓国では、「ゾンビ」をテーマにした映画やドラマが相次いで作られ、人気を集めている。これまでもゾンビ映画がまったくなかったわけではないが、それらはマニアックなファンに向けた低予算オカルト映画の位置づけであり、また西洋(特にアメリカ)のホラーというイメージが強く、韓国的な情緒とは程遠いと思われてきた。そんな世間の認識を一気に覆したのが、『新感染 ファイナル・エクスプレス』(ヨン・サンホ監督、2016年)である。「猛スピードで走り続ける特急列車」という閉鎖空間の中でゾンビとの死闘を描き、韓国で観客動員1000万人を超える大ヒットを記録、日本を含め世界各国でも高い評価と興行的な成功を収めて、K-POPならぬ「K-ゾンビ」なる流行語まで生まれた。 
 
 以前このコラムでも取り上げた、新興宗教によって人間の弱さと暴力性があらわになる問題作『フェイク〜我は神なり』のヨン・サンホ監督は、アニメーションと実写の両方で活躍する、韓国では珍しい“二刀流”の監督である。エンターテインメント性と作家性を兼ね備えたその才能は、アニメ映画『豚の王』(11年)、実写映画『新感染』、そして今回取り上げる『新感染半島 ファイナル・ステージ』と3作にわたってカンヌ国際映画祭に出品されたことからも明らかだが、『新感染』『新感染半島』の大ヒットにより、名実共に韓国映画界を背負う存在となった。次回作には、死神と人間社会を題材にしたNetflixのオリジナルドラマ『地獄』が控え、今後の更なる活躍が期待されている。 
 
 そんなヨン監督が『新感染』の成功を受けて発表した本作は、前作から4年後の廃墟と化した「半島=韓国」を舞台にしている。「理性が崩壊した世界、野蛮性が支配する世界で人間的であるとは何かについて語りたかった」との監督の言葉通り、一瞬でゾンビと化す恐怖の中での人間VSゾンビを描いた前作とは異なり、本作は終末を迎えた半島での生き残りと脱出をかけた人間VS人間の構図を中心に据えている。前作からはるかにスケールアップしたアクション・ブロックバスターに驚嘆させられる一方で、本作が新型コロナウイルス感染拡大以前に構想されたとはにわかに信じがたいほど、今まさに私たちが直面しているコロナ禍の時代を映し出してしまっているのは、社会性に敏感なヨン監督ならではの予知能力だったのだろうか。 
 
 映画を見るとつい新型コロナと絡めて考えてしまうが、今回のコラムでは、ゾンビたちが意味するものを韓国社会の中で考えてみたい。それはきっと、最近になってゾンビ物がもてはやされ、ゾンビに熱狂する韓国の観客たちと無関係ではないだろう。 

<物語> 
 
 人間をゾンビにしてしまうウイルスによって崩壊した韓国(半島)から脱出しようと、姉家族と船に乗り込んだジョンソク大尉(カン・ドンウォン)。だが客室に感染者が発生、姉と甥はゾンビに襲われてしまう。――それから4年後、亡命先の香港でひどい差別を受け、惨めな日々を送るジョンソクと義兄のチョルミン(キム・ドユン)に、大金を積んだまま半島に残されたトラックを持ち出すという闇組織からの計画が舞い込む。彼らは半島に潜入し、任務の遂行までもう少しというところで、襲いかかるゾンビの大群に加えて、半島に残る得体の知れない人間たちとも対峙することになる……。 
 
 巨大なセットで作られた韓国の荒廃した街並みや、容赦のないゾンビたちとのアクション、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15年)を彷彿とさせる、女性たちが魅せる骨太なカーチェイス、そして家族愛と、エンターテインメントのあらゆる要素をてんこ盛りにした本作は、退屈する暇を与えずに観客を楽しませる文句なしの大作だ。だが私には、スクリーンに映し出される地獄絵図のような光景とその中を徘徊するゾンビの姿が、新型コロナの感染拡大に見舞われた今の世界とはまた別に、「韓国の現実」を提示しているように見えて仕方がなかった。そしてそれは、事あるごとに真っ二つに分断されて互いに排除し合おうとする韓国の姿なのだった。 
 
 韓国にはいつからか「좌좀(ザゾム=左翼ゾンビ)」と「우좀(ウゾム=右翼ゾンビ)」なる言葉が存在する。政治的・社会的な問題が起こるたびに、社会が真っ二つに分断されてぶつかり合う現象を皮肉った表現だ。このような「左・右」の「ゾンビ」の起源をたどるには、2008年に韓国社会を揺るがした李明博(イ・ミョンバク)政権による「アメリカ産牛肉の輸入」問題に遡らねばならない。 
 
 一連の経緯については、『共犯者たち』を取り上げた第1回目のコラムでも紹介したので参考にしてほしいが、要するに、政府が「BSE(牛海線状脳症=狂牛病)」の恐れがある牛肉を輸入しようとしているとして、多くの韓国人が広場に集いデモを起こした結果、輸入基準を「安全な牛肉」に限定することを政府が約束し、事態は収束したものの李政権は支持率が急落、大統領の弾劾危機にまで追い込まれることになったというものだ。

 そして、こうした反政府デモに強い不満を持つ李政権の支持者=保守派(とネトウヨ)が、デモの参加者たちを罵倒して「ザゾム」と呼んだのがこの名称の始まりとなった。彼らの目には、デモ隊が「ゾンビのように群がり、政権をかみちぎっている」ように見えたのだろう。 
 
 その背景には、朝鮮戦争によって南北に分断され、現在に至るまで北朝鮮と対峙してきた韓国ならではの「反共」の呪縛も大きいといえる。反共とその弊害についてはこのコラムでも幾度となく取り上げてきたが、「反共」はとりわけ軍事政権下においては天下無敵の「正義」であり、「政権に抗うすべての者」を「アカ」と決めつけ弾圧するための、これ以上ない武器として君臨してきた。民主化が進んだ90年代以降も、弾圧自体はほぼ姿を消したものの、人々の意識の底には「政権に抗う者=アカ」という図式が刷り込まれていたのかもしれない。だからこそ、保守派の人々はデモの参加者たちの行動の意味を問うことなしに、彼らを「アカ=ゾンビ」とさげすんだのだ。

 近年は日本でも、内閣への支持・不支持に始まる分断が顕著となり、互いへの攻撃が取り沙汰されているが、韓国では政治的意見を異にする者への弾圧を当然のように捉える視線が、「反共」によって歴史的に醸成されてしまったといえる。 

 さてその後、「ザゾム」はネットやメディアを通して広まっていき、進歩派(とその支持者)への批判や当てつけの表現として定着するのだが、その浸透ぶりを如実に語るのが、朴槿恵(パク・クネ)政権下で作成されたという、悪名高い「ブラックリスト」である。その報告書では、現在では国民的な監督として揺るぎない地位を築いているポン・ジュノ監督作品に対しても「国民をザゾム化させる映画」と記載していたのだ。なんと、保守政権の支持者のみならず、政権の中枢までもが自分たちに反対する国民を「ゾンビ」と捉えていたのである。 
 
 一方「ウゾム」はどうだろうか? もともと左翼は右翼を「수꼴(スコル、頭の悪い保守派の意)」とバカにしていたが、右翼からの「サゾム」呼ばわりに対して左翼側も「ウゾム」を使うようになった。とりわけ、セウォル号沈没事故後に起こった朴槿恵大統領の弾劾に反対し、暴動化した保守派を「スコルのウゾム」と皮肉ってからは、左翼の間でも保守派を見下す「ウゾム」が広まった。 
 
 国全体が左と右に分かれ、「サゾム」「ウゾム」と罵倒し合う状態はいまだに続いており、本作での半島にゾンビしか残っていないように、もはや韓国は右も左もゾンビだらけの国になってしまったようだ。ここで思い浮かぶのが、「헬조선(ヘル朝鮮)」という自虐的な用語だ。2010年代以降、悪化の一途をたどる失業率や若者の貧困、格差が社会問題となる中、ネットを中心に生まれたこの言葉は、文字通り「地獄のような韓国」を意味している。あえて「朝鮮」と呼ぶのは、今の韓国社会が、絶対的な身分格差があった朝鮮時代と変わらないという批判が込められているからだ。 
 
 このように考えてみると本作は、奇しくも新型コロナの世界的蔓延により普遍性を獲得してしまったものの、もともとは「ザゾムとウゾム」が右往左往する「ヘル朝鮮」からの脱出をもくろむ、韓国にとってきわめて現実的な映画であるといえるのではないだろうか。本作を含む一連の「K‐ゾンビもの」がこの時代の観客たちに受け入れられたのは、エンターテインメントとしての完成度もさることながら、文化評論家のキム・ヒョンシクが著書『ゾンビ学』(カルムリ)で述べているように、ゾンビたちの姿が韓国の現実に対する隠喩になっているからでもあるのだろう。 
 
 だが忘れてはいけないのは、善悪の方向性にかかわらず、ゾンビたちはただ「利用されている」だけであることだ。本作のゾンビは人間として考える能力を失い、光や音にのみ反応して人間を攻撃するが、現実世界でゾンビ化して利用されたくなければ、「サゾム」も「ウゾム」もイデオロギーからは一歩下がって、せめて「考えるゾンビ」に進化してもらいたいものだ。 

■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

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