『ザ・ノンフィクション』うつ病を抱える夫、支える妻の生活「シフォンケーキを売るふたり 〜リヤカーを引く夫と妻の10年〜」

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2021年01月18日 21:02  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。1月17日は「シフォンケーキを売るふたり 〜リヤカーを引く夫と妻の10年〜」というテーマで放送された。

あらすじ

 久保田哲49歳。東京、青梅市でシフォンケーキを販売している。焼き芋屋のようなリヤカーにシフォンケーキを積み、日々気ままなルートで地元を行商して回っているが、その姿を見て駆けつけてくる常連もいる人気ぶりだ。通常のシフォンケーキより焼き時間が短く、しっとりした口当たりが特徴で、リヤカーでの販売以外にも工房やイベントでの直販、通信販売を行っている。

 哲はもともとIT企業で働いており、30代ながら赤字事業を次々と黒字化させ、会社ではナンバーツーとも呼ばれたやり手だった。妻のかおりは会社員時代の部下になる。しかし結婚から4年後、2009年に哲は職場の人間関係の悩みからうつ病を発症し退職する。哲は当時の自分を「マイナスの思考の連鎖が勝手にぐるぐるぐるぐる回って」「こんな状態で生きている価値があるのか」と振り返り、「自分の足で生きている」実感がある仕事に憧れを抱く。

 そのような中で、哲はかおりの母親が焼いたシフォンケーキに出会い「これだというより、これでいいや」と、シフォンケーキ屋を始める。リヤカーによる行商も、元手がかからないことや、車の運転は哲の精神的に負担になること、そして外を歩くことでのうつの改善を狙ったものだという。

 うつ病を患う哲の決断を、否定するわけにもいかないかおりは会社勤めを続けながら見守るだけだったが、行商を始めて哲が元気になっていくのを見て、かおりも仕事を辞め、2人でシフォンケーキ店を切り盛りするように。

 しかし、新型コロナウイルスの影響が直撃。地域、および店の活性化のため、哲は地元の映画上映イベントを立ち上げ、その準備に奔走する。この状況について哲は、「マイナスの状態に手を打ち続けていかないといけない感じが、(会社で)うつになったころと似ている」と語り、かおりも気が気でない。

 2020年11月、池袋で開催されるイベントでの直販において、かおりは先に現地でシフォンケーキを販売し、哲は自宅のある青梅から池袋までリヤカーで丸1日かけてたどり着く。シフォンケーキは無事完売した。

 この放送は賛否両論が出そうな回だったが、考えさせられるという点では良い放送だったと思う。賛否の内容とは、「いい夫婦だった」という肯定的なものと「かおりがかわいそう」といったものだ。

 哲は池袋で行われるイベントの際、自宅の青梅から池袋までを、車や電車で行けばいいのに、普段と同じようにリヤカーを引いていくなど、融通が利かない。そのしわ寄せは、池袋の寒空の下で、到着時間を過ぎても姿を見せない哲を待つかおりにきている。リヤカーを引き、ようやく池袋に着いた哲は、「ビールが飲みたい」と呑気なことを話していて、私がかおりならこれはたまらないなと思った。哲の生活は、こうしたさまざまなかおりの献身の下で成り立っている。

 一方、番組で見る哲の表情は、穏やかな笑顔なのだが顔のどこかが硬くこわばっているのがわかる。表情一つ見ても、哲は精神的に今も際どいバランスの上にいて、その中でやれることをして、生計を立てているのだろうと思う。そしてかおりが誰よりもそれを理解していることも伝わるのだ。

 番組の途中で、哲との生活について、スタッフがかおりに「幸せか」「楽しいか」「満足しているか」と、さまざまな言葉で問いかけていた。それらの言葉には、どれもうなずくことのなかったかおりは、哲との生活を「面白い」と回答していた。哲に比べ、表情が随分疲れていたかおりが、日々を「面白がれる」のはいいことだと思うが、個人的にはかおりに少しでも「ラク」になってほしい。

 今回の番組を見ていて心配に思ったのが、哲のように精神的に苦しい状況下にある人が、彼の言動に影響され「自分も……」と、起業など大胆な手段を考えてしまわないだろうか、ということだ。

 まず、哲には献身的に支えてくれるかおりがいる。それに哲自身も、もともとやり手のビジネスマンで、切れ者だ。

 今、コンビニやスーパーで買えるたいていのスイーツは、ほぼおいしいと言っていい。そのような中で、高くもないが安くもない値段で、「またあの店のシフォンケーキが食べたい」と思わせるのは、相当な力量が必要で、哲の努力によるものだろう。“多産多死”の業界である飲食で、シフォンケーキ一本で10年商売を続ける、というのは凄まじいことだ。リヤカーのキャラ立ちといい、『ザ・ノンフィクション』のスタッフに取り上げよう、と思わせるところまでも含め、“力量”だと思う。

 精神的に厳しい状況にある人ほど、「起死回生の画期的な大改革」にすがりたくなるのではないか。その気持ちはわかる。だが、そのような状況下では「決断」も良いものになりにくいのではないだろうか。

 哲の場合は「かなり例外的な幸運ケース」にも思える。かといって、つらい状況がただ過ぎるのを待つというのも、地獄なのだろう。

 過去の『ザ・ノンフィクション』で、大阪の精神科診療所「アウルクリニックの活動を取り上げた回で、精神科医の片上は患者に対し「(心の問題を)ゼロにせんでもいいかもしれん。ゼロにせんでも(心と体の状態が)エエわを目指す」と話していた。つらい時ほど劇的解決ではなく、ちょっとだけラクになる「ま、エエわ」の思考が大切に思える。

 次週のザ・ノンフィクションは『母さん、もう一度 闘うよ 〜高校中退…息子たちの再起〜』。甲子園、プロを目指すような野球エリートの少年たちが、いじめやトラブルにより高校を中退した「その後」の話。

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