2014年のル・マン24時間。アウディ、ポルシェ、トヨタによる“技術戦争”【サム・コリンズの忘れられない1戦】

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2021年02月01日 12:11  AUTOSPORT web

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LMP1-Hクラスにトヨタ、アウディ、ポルシェという3メーカーが参戦した、2014年の第82回ル・マン24時間レース
スーパーGTを戦うJAF-GT見たさに来日してしまうほどのレース好きで数多くのレースを取材しているイギリス人モータースポーツジャーナリストのサム・コリンズが、その取材活動のなかで記憶に残ったレースを当時の思い出とともに振り返ります。

 今回は2014年の第82回ル・マン24時間レース。トヨタ、アウディ、ポルシェという3メーカーが参戦したLMP1-Hクラスでは、激しい技術開発競争が繰り広げられていました。

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 ル・マン24時間レースには常に何か特別なものがある。レースはほとんどが公道で構成されている長距離コースのサルト・サーキットで行われる。歴史があり、高い名声を誇る真に素晴らしいレースであり、各チームは勝つためにあらゆる手を尽くすが、2014年の第82回大会は特に顕著なレースだった。

 決勝レース自体は1年で最も夜が短い週末に行われるが、イベントに先がけて2週間、レース本番に向けたテストなどが行われる。この2週間に起きることは、レース結果に多大な影響を及ぼすことがあるため、私もレースの2週間前には到着できるようイギリスの自宅からル・マンまで電車で旅をするのだ。

 ル・マン市の中心部から郊外のサーキットまで路面電車が開通して以来、道中をクルマで運転する必要がなくなった。私はユーロスターに乗ってロンドンからフランスのリールまで行き、コーヒー休憩を挟むと、そこからTGV(フランス国鉄の高速列車)でル・マンに向かう。TGVではとても美味しいビールを買うことができ、旅を非常に楽しいものにしてくれる。

 レースの2週間前、ほとんどのチームが週末のテストのためにコースに集まる。これはチームにとってサルト・サーキットでテストをする唯一の機会であり、主要なライバルチームのマシンを初めて目にする機会でもある。

 2014年のテストデーの前の土曜日、チームはマシンをスターティンググリッドに並べ、伝統的に行われている集合写真の撮影を行なった。その時はかなり混乱しており、すべてのマシンを並べるのに1時間以上かかっていた。

 毎年このような感じなのだが、レースに参戦するすべてのマシンの詳細な写真を撮るための素晴らしい時間となる。

 レースオフィシャルがすべてのマシンを正しい場所、順序で並べようとしている間に、私はスターティンググリッドを歩き回り、自分のカメラで何百枚もの写真を撮り、各チームのエンジニアたちと話をした。

 2014年は、すべてのLMP1チームと一部のLMP2チーム、およびGTEチームは、特殊なル・マン専用のボディワークを使用していた。少なくとも現在ではコストの節約のために禁止されているものだ。

 グリッドに最初に現れたマシン群は私にとっていっそう興味深いものだった。それはLMP1-HのアウディR18 e-トロン・クワトロとポルシェ919ハイブリッド、そしてトヨタTS040ハイブリッドだ。

 その年、この3社のマニュファクチャラーは、ル・マン24時間レースを制するために多額の投資をしており、それは技術戦争となっていった。

 2台のポルシェ919ハイブリッドがグリッドに到着した時、リヤウイングの取り付け位置のすぐ後ろのボディワークが小さく欠けているのに気づいた。

 そのことをすぐには考えずに、私は写真を数枚撮り、トヨタRV8Kエンジンを搭載したレベリオンR-One・トヨタや、ニッサンZEOD RCといった他のマシンの写真を撮りに歩き回った。

 だが、ガレージ56枠から出場するニッサンのマシンの写真を撮っていた時、私はトヨタのテクニカルディレクターであるパスカル・バセロンが、1台のポルシェのリヤ部分をよく観察しているのに気づいた。

 バセロンを昔から知っており、エンジアリングについて彼と議論をするのはいつも楽しかった。私は歩いていき彼に挨拶をしたが、彼はいつもの陽気な笑顔を見せず、かなり怒っているように見えた。

「これを見てくれ」とバセロンは大声で言い、ポルシェのエンジンカバーを指で押してみせた。他チームのマシンを見るのはいいが、決して触れてはいけないという暗黙の了解のようなものがあったので、このバセロンの行為は非常に驚いた。

 だが、さらに驚きだったのは、バセロンの指で押されたポルシェのボディワークがゆがんだことだった。

「なるほど、これはクレバーですね」と私はおとなし目に返事をした。

「クレバーなんかじゃない、違法だし、ごまかしている。いまいましいものだよ」とバセロンは激しい調子で言った。

 そのとき、アウディのエンジニアが歩いてきて、同じボルシェのリヤをじっくり見て話し始めた。何が彼の関心を引いたか、すぐに明らかになった。

 ポルシェのリヤのボディワークはたわむだけでなく、車体後部から10mmほど出ていた。これは明確なレギュレーション違反だ。

 トヨタとアウディが、ポルシェのリヤのボディワークについてオフィシャルに疑問を呈するだろうことははっきりしていた。グリッドにいるポルシェの上級エンジニアたち全員がトヨタとアウディのマシンを見ていたので、彼らに919ハイブリッドのボディワークについて尋ねてみることにした。

 私はポルシェのLMP1プログラムのテクニカルディレクターを見つけ、ボディワークについて質問した。彼はグリッド上のマシンはパーツが欠けていてボディワークは最終形ではないこと、これはテストなのでレギュレーションに沿っている必要はないのだと話した。

 私は彼の答えを録音し、それについて記事を書いたが、私は彼の言ったことに懐疑的だった。この人物は2014年の早い時期に、919ハイブリッドのサスペンションシステムについて間違った情報を私に与えていた。そしてポルシェは不正確な部品がついたスケッチを出してきたので、彼が言ったことのすべてを信じたわけではなかった。

 その代わりに私は、翌日ピットで走行を終えたばかりの919ハイブリッドの後部をつぶさに観察した。また、一緒に仕事をしているカメラマンにユノディエール・ストレートに行き、後部からマシンの写真を撮るように頼んだ。

 それは1日の終わりにパブで大きな議論のタネになったが、本当の興奮は翌朝に起きることになる。

■TS040ハイブリッドのリヤウイングとブレーキングシステム


 ル・マンの取材では耐火スーツと鮮やかな色のベストを着て、緩衝ヘルメットを被らなければならない。私はピットレーンからのリポートもしていたので、アンテナ付きの無線用ヘッドセットも付けていた。その姿は間抜けに見えたし、非常に暑かった。

 ピットでポルシェに目をやった私は、ボディワークに新しいパーツが取り付けられていることに気づいた。だがボディワークはたわむようになっているままのようだった。

 このボディワークは高速でたわむように特別に設計されたというのが、私の考えだった。その日、ポルシェは2台とも頻繁にピットインし、リヤのボディワークは絶えず焼けて煙を出しているように見えることに私は気づいた。

 1日の終わりに、ストレートに行っていたカメラマンが撮影したものを私に見せてくれた。リヤのボディワークがまさに高速で大きくたわんでいるのは明白だった。それはほぼ確実に、高速走行時にドラッグを低減しているのだ。

 その後、ポルシェのドライバーのひとりが、それはトップスピードでは6km/hに相当する効果があったと私にテキストメッセージで認めた。また彼は、ボディワークはたわみすぎるため、ターボチャージャーの熱で焼けてしまったということも認めた。

 ポルシェの秘密兵器を発見したことに私は満足していた。だがカメラマンが私の関心を他のものに向けた。それはトヨタのリヤウイングだ。

 彼は、サーキットの高速セクションではリヤウイングが低速セクションと比べて異なって見えることに気づいたのだ。だが、数枚の写真では違いがはっきりしていなかったので、私は確信を持てなかった。

 そのため、私は彼に「トヨタは異なるセットアップを見つけるために、違うウイング角度で走行していたのではないか」と言った。

 テストデーの後、私は南フランスのアルプスで数日間の休暇を過ごし、翌週に公開車検のためにル・マンへ戻った。TGVの座席でビールを飲みながら、テスト中にピットレーンで撮影した写真を何気なく眺めていたが、私はあることに気づいた。

 写真に写るトヨタTS040ハイブリッドのリヤウイングのエンドプレートの内側の面にかすり傷がついていた。それは走行中に何かにこすられたような感じだった。

 私は確信が持てず、知り合いのエンジニアにその写真を送り、意見を聞いてみた。すぐに私たちは画像や動画、アイデアを交換した。カメラマンは正しかったのだ。

 高速走行中にトヨタのリヤウイングは、ドラッグを軽減するために回転していたのだ。可動式の空力デバイスはレギュレーションで厳しく禁止されており、私はそのリヤウイングが合法とは思えなかった。

 私がフランスの田舎を楽しんでいた数日間、ル・マンではかなりの騒ぎがあったに違いない。公開車検のために私がル・マンに戻ると、ポルシェのリヤエンドは急きょ改造を施されていた。小さなプレートが車体の後部にボルトで固定され、リヤのボディワークがたわまないようになっていた。

 一方トヨタは、TS040のリヤウイングは合法であるとFIA国際自動車連盟とACOフランス西部自動車クラブを納得させたようだった。彼らは義務付けられた検査すべてに合格した。

 ル・マンでの公開車検はちょっとしたイベントだ。レース前の日曜日と月曜日に、町の大広場でメディアと数千人のファンを前にして車検が行われるのだ。ほとんどのマシンの技術検査すべては、メディアと一般の人々の衆人環視のなかで行われる。

 しかしLMP1クラスのワークスマシンの場合、適切な技術検査はコースにあるACOのガレージで行われる。そのため、柔軟性検査を見て、トヨタがどのように検査をパスしたのかを理解することはできなかった。

 マニュファクチャラーチームが適切な技術検査をメディアの前で行わないのは本当に残念なことだ。だがこれがル・マンの現状なのだ。そういうわけで私がポルシェのリヤをあらためて見たのは、水曜日のフリープラクティスでのことだった。

 水曜日の時点でマシンには改良が施されており、どうやってもボディワークをたわませることはできないようだった。私はポルシェ、そしてアウディがこの状況に少々怒りを感じているだろうと思った。ポルシェのドラッグ軽減ボディワークが禁止されたのに対し、トヨタのリヤウイングは禁止されていないのだ。

 また、ポルシェ、アウディは別の理由でもトヨタに対し怒りを感じていると思った。その日の夜、ドイツ人のエンジニアから受け取った内部情報から、トヨタのブレーキングシステムについてライバルチームに不満が広がっていることがわかったからだ。

 トヨタのシステムは、自動の“ブレーキマイグレーション”システムを備えており、コーナーの奥にマシンが差し掛かると、自動的にフロントとリヤのバランスをとるようになっていた。マシンの電子管理システムが自動的に管理するので、これは本質的にはアクティブブレーキバランスのひとつだ。

 このシステムの存在が浮上すると、誰かが(おそらくポルシェかアウディだろう)その合法性に疑問を呈した。実際にレギュレーションには、トヨタのシステムの挙動が違法とされる可能性があるように書かれていた。私はこのシステムの合法性を疑うオンライン記事を書いた。

 翌朝、私は自ら書いた記事について話し合うために、トヨタのチームエリアに呼び出された。バセロンは、どうやって私がTS040ハイブリッドのブレーキングシステムの情報を入手したのか教えるように要求した。

 私にとって、記事を書くための情報をくれる人々の存在は重要だ。だから情報源は秘密にしている。バセロンに対しても、具体的な情報の出所を話すことは拒否した。

 バセロンは、私の記事がいくつか細かい部分で間違えていると主張し、システムについて詳細を説明した。私はオンライン記事をアップデートして彼のコメントも付け加えた。

 その日遅く、ACOとFIAはブレーキシステムについて技術説明書を発行した。それによってバセロンが私に説明したシステムは合法ということになった。だが私の情報源はそれを違法と言っていた。

 バセロンも私の情報源も、過去あるいはこれ以降に私に嘘をついたことはない。しかし彼らの説明は異なっていた。今日にいたるまで、私は自分が最初に書いた見解が正しかったのか不正確だったのか、わかっていない。この疑念は私につきまとった。

 2014年シーズンの後半にACOとFIAは規則を明確化し、私の情報源が当初語っていた内容を合法にし、規則をF1で使用されているものに合わせた。

■激しい雨も。第82回ル・マン24時間決勝


 予選が終わってみるとトヨタとポルシェ勢が最速で、タイムも拮抗していた。双方のマシンは3台のアウディよりも速く、レベリオンよりはるかに速かった。

 ニッサンZEOD RCはLMP2マシンのなかで一番遅かったが、どのGTマシンよりも速かった。電力モードのみで1周予選を走ることはできたが、マシンはトラブルを抱えているようだった。決勝では5周でリタイアとなった。

 レースはフェルナンド・アロンソの振るスタートフラッグのもと、非常に暑い晴天のなかでスタートした。トヨタが首位になり、ポルシェ勢との差を広げていた。さらに後方のアウディは、速い2台のポルシェと、トヨタのどちらのマシンとも争えるペースがないようだった。

 数時間後、私は解説ボックスでの仕事を始めていたが、天気が劇的に変わり、激しい雨になった。ストレートでは数台の多重クラッシュが起きていた。スローゾーンがコースの1カ所で導入されたことに多くのマシンが気づかなかったのだ。

 この多重クラッシュでトヨタとアウディの1台が大きなダメージを負った。アウディはリタイアしたが、トヨタは修理のためにピットに戻ることができた。少々興奮させられる場面だったが、レースはこれで終わりではなかった。

 もう1台のトヨタはまだ首位を保っており、コースに夜の帳が下りるにつれて、ある程度の差を広げていた。7号車の中嶋一貴は先頭で落ち着きを見せ始めていた。しかし彼が周回遅れのライバルのマシンを抜いた時、そのマシンのドライバーはTS040ハイブリッドの後部に小さな炎が出ているのを見つけた。

 偉大なスポーツマンシップによる行動として、ライバルチームたちはトヨタに出火していることを知らせた。だがトヨタのクルーは、中嶋に連絡ができなかった。炎は無線の接続を焼いてしまっていたのだ。

 電気系統が故障したため、7号車TS040ハイブリッドはレースからリタイアを余儀なくされた。優勝確実とみられていたポジションからのリタイアはトヨタにとって厳しいものだったが、これはトヨタにとって最もつらいル・マンでのリタイアとはならなかった。

 7号車TS040ハイブリッドがレースから外れたことで、優勝争いは2台のポルシェと2台のアウディの戦いとなった。

 アウディは、1台にターボチャージャーのトラブルが出て、交換のためにピットで20分を失うまではわずかに優勢だった。その後もう1台のアウディが同じ問題に見舞われ、長い時間をガレージで過ごすことになった。これで流れはポルシェに来ているかと思われた。

 しかし首位の20号車ポルシェ919ハイブリッドを駆るマーク・ウエーバーもトラブルに見舞われた。サスペンショントラブルで、リタイアとなったのだ。もう1台の14号車919ハイブリッドはギヤボックスの問題に悩まされ、修理のためにピットストップを行わなければならず、アウディがふたたびレースの首位に立つこととなった。

 レースが終わりに向かうなか、私はOAKレーシングのガレージにいた。チームはニッサンエンジンを積んだリジェでLMP2クラスに参戦していた。ガレージの真ん中にひとり座り込み、気落ちして見える若いドライバーは、この数年で知り合った人物だった。

 彼は見事なドライビングをしたが、表彰台フィニッシュは逃してしまった。その人物、ヤン・マーデンボローがどれだけ自身を追い込むのかということに私が初めて気がついた時だった。

 彼は非常に自己批判的であり、優勝だけが満足できる結果なのだ。私は、彼が多くの人々を感心させ、彼より経験のあるチームメイトのアレックス・ブランドルよりも速く見えたほどであったことを伝えた。これで少しは彼を元気付けられたと思う。

 レースはアウディのワン・ツー・フィニッシュで終わった。生き残った8号車トヨタTS040ハイブリッドは勝者より5周遅れの3位につけ、ドイツ勢のライバルたちのトラブルから恩恵を受けたかたちとなった。私はアウディが優勝するというレース結果を喜ばしく思った。

 ドライバーはアンドレ・ロッテラー、マルセル・ファスラー、ブノワ・トレルイエであり、私の友人のレーナ・ゲードがエンジニアを務めていた。彼女が優勝車のエンジニアリングを担当したのはこれが3度目だった。彼女のモータースポーツでの最初の仕事が、イギリスのフォーミュラVeeでの私のレースメカニックだったことを、誇りに思っている。

 LMP1-Hマシンがトロフィーを受け取った後、LMP1-L(ノンハイブリッドカー)マシンに対してLMP1-Lクラス優勝という賞が送られた。それはレベリオン・レーシングのマシンの1台に与えられたもので、唯一このレースを完走したLMP1-Lマシンだったのだ。このマシンのドライバーだけが表彰台に上がった。

 実際のところレースに出走したLMP1-Lマシンはたったの2台で、両方ともレベリオン・レーシングだった。何が起ころうともチームはクラス優勝を保証されていたのだ。言い換えれば、無意味な賞だった。

 レースの数週間後、FIAとACOは空力レギュレーションの解釈を明確化し、トヨタの可動式リヤウイングは禁止された。そもそも最初の時点でそれの使用がどうして許可されたのか、私には理解できなかった。

 アウディ、ポルシェ、トヨタという3メーカーによる激しい技術戦争はその後も数年間続いたが、レギュレーションが厳しくなるにつれて、戦いは以前のように激しいものではなくなった。現在では、技術戦争は完全になくなった。残念ながら、それはバランス・オブ・パフォーマンスにとって代わられたのだ。ル・マンは以前ほど特別なものではなくなってしまった。

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サム・コリンズ(Sam Collins)
F1のほかWEC世界耐久選手権、GTカーレース、学生フォーミュラなど、幅広いジャンルをカバーするイギリス出身のモータースポーツジャーナリスト。スーパーGTや全日本スーパーフォーミュラ選手権の情報にも精通しており、英語圏向け放送の解説を務めることも。近年はジャーナリストを務めるかたわら、政界にも進出している。

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