瀬戸内寂聴が負け惜しみ? 「百歳で理路整然としているババアなんて、気味が悪い」

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2021年02月28日 11:35  AERA dot.

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写真瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。近著に『寂聴 残された日々』(朝日新聞出版)。
瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。近著に『寂聴 残された日々』(朝日新聞出版)。
 半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

【横尾忠則さんの写真はこちら】

*  *  *
■横尾忠則「僕の名誉のため、お話訂正します(笑)」

 セトウチさん

 先週の本誌の表紙のセトウチさんのお元気な近影を拝見して、この往復書簡の予兆を予感して連載の延命を確信しました。円空と木喰の共作かと思わせるほどの見事な芸術作品がセトウチさんの表情に刻み込まれていました。「死ぬ」と言ってみたり、「百まで生きる」と言ってみたり、全く人騒がせの好きなセトウチさんの信者は「どっちや」と迷妄していますよ。

 セトウチさんは時々、フィクションとノンフィクションが混じり合う上に思い込みの激しいところがあって、一度そうだと思うと、その仮定が実体化するのです。その実例が先週の本欄にもろ露呈しました。「ヨコオさんは、すっかり忘れているだろうけれど」とわざわざ前置きして二人の出会いが語られています。ところが、これもセトウチさんの思い込みです。事実ではありません。二人が初めて逢ったのは、セトウチさんは「朝日新聞社の編集室の片隅で偶然出逢った時」だとおっしゃる。初めて逢ったのは新聞広告のための対談で、偶然というのはあり得ません。広告代理店の仕事のために新聞社の編集部が場所を提供することなどあり得ないことです。事実を話しましょう。

 僕がニューヨークから帰ってきた翌年の1968年にサントリーの代理店のサン・アドに勤務していた高橋睦郎さんが、平河町の僕の仕事場から僕をピックアップして四谷界隈(かいわい)の小料理屋に案内してくれて、そこでサントリーの新聞の全面広告のためにセトウチさんと対談をしたのが初対面でした。思い出して下さい。その時の司会と対談の編集は確か矢口さんとおっしゃる、「婦人画報」だったかの名物編集者でした。

 僕が着いた時、セトウチさんはすでに先着で大変失礼したのを覚えています。僕は確かに五色のストライプの幅広のベルトをしていましたが、セトウチさんがおっしゃるような「ヒモを腰に巻き付けていた」わけではないです。れっきとした男物のベルトでニューヨークのイーストビレッジのサイケデリックショップで買ったものです。

 さて、対談はセトウチさんの独壇場で、僕は「ハイ」とか「ヘェー」とうなずく程度でしたが、名物編集者は対談の後半で僕が一気に巻き返して豆ごはんの話で見事に大団円にして二人のバランスを取ってくれました。「すっかり忘れている」のはセトウチさんじゃないですか。

 ついでに、もうひとつ僕の名誉のために(笑)訂正しておきます。城崎温泉で朝食のあとでぜんざいを、僕は三杯食べた、とこの前の往復書簡で書いておられます。オーダーをしたのは僕ですが、旅館のおかみさんがセトウチさんと妻と僕と編集者の四人前のぜんざいを作ってくれたのですが、ひとりで三人前も食べていません。その後、街でまたぜんざいを食べたとも書いておられますが、食べたのはゴマ入りソフトクリームです。どんどん話が捏造されます。

 僕は学問や知識にはうといですが、画家は肉体的な作業なので、体感したものは全部覚えています。この点、セトウチさんより、肉体感覚と視覚体験の記憶においては負けていません。その上、日記に全て記述しています。どうですか、怪僧寂面相殿、明智小忠郎にはまいったでしょう。

■瀬戸内寂聴「呆けたバアさんの方が可愛らしいでしょ」

 ヨコオさん

 いつの間にか、明智小忠郎に改名されたらしいヨコオさん、やっぱり「ヨコオ」さんの方が、実物の天才に似合いますよ。

 さて、今回のヨコオさんの文面によると、いかに私の毎回のこの手紙が、いい加減で、私の記憶は、すべてモーローとした夢みたいなもので、実在の記憶とは縁遠いということらしいです。

 たしかに、ヨコオさんのこの文章を読むと、すべてのことがありありと思い出され、それは私の記憶とはすっかり縁遠く、ヨコオさんのいわれる通りなので、笑ってしまいます。

「笑い事ではないぞ!」

 とヨコオさんの怒っている顔が浮かびますが、ちっとも怖くありません。

 近頃、私はよくヨコオさんを怒らせている気がしますが、それが事実だったら許してください。

 寂庵では、四人の世話係が、日と共に私からの迷惑に嘆息しています。

 最初の頃は、

「ええ? それちがいますよ、10分前にこういったじゃないですか! いくらボケたってこんな正反対のことが、10分後にしゃあしゃあと言えますね、やっぱり、病院に行きましょう」

 と責めたのですが、私はガンとして病院へは行きません。

 自分が老い呆(ぼ)けたことくらい、自分でわかってるよ!と、肚(はら)をくくっています。

 まだ、一日二度の食事は食べ忘れたことはないし、コーヒーと、お茶を間違えたこともありません。

 原稿の締切(しめきり)も、ちゃんと紙に書いて、机の真中に置いてあります。A社に出す原稿を、B社に送ったりしたことはありません。

 まあまなほ姉妹がついていて、わいわい叱りながら、監視しているので、仕事上の大きなミスは、まだしない様子です。

 寂庵では彼女たちの最近の口癖は、

「だって、百だものね!」

 ということです。私がヘンなことしたり、言ったりすると、たちまち、目と目でうなずきあい、その言葉を繰り返しています。

 ある日から、私自身が、それを自分の口で言ってみたら、とてもすんなり彼女たちがうなずいたので、これ幸いと、何か失敗をしたなと思った時は、いち早く、自分で、

「だって、百だものね!」

 と叫ぶようにどなっています。

 一九二二年生まれだから、たしかに今年は数え百歳ということになります。

 天才は早死にするものと、若い時から早世に憧れていたのに、病気をしても、怪我をしても、必ず治って生き返ってしまうのです。

 ヨコオさんも、よく病気をしてハラハラするけれど、必ず、治って、また絵を描いています。天才にも、短命と長命の二種類があるのかしら。

 そう、そう、お手紙で、ヨコオさんは、私の愚かさを、さんざんあげつらって、嗤(わら)っていらっしゃいますが、百歳にもなって、頭がしっかりして理路整然としているババアなんて、気味が悪いだけじゃないですか?

 呆けて、阿呆なことを言ったり、したりするバアさんの方が、可愛らしいとおもいましょう。では、おやすみ。

※週刊朝日  2021年3月5日号

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  • 100歳過ぎて仏門入って理性保って盛ってるガバガバマン婆なんて将来現れないよね?
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  • 坊主に化けた妖怪に見えるから気味が悪いんだわよw
    • イイネ!24
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