ステイホームできない「路上販売」激動の1年 ビッグイシュー、通信販売に活路

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2021年04月08日 11:31  弁護士ドットコム

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新型コロナウイルスの感染拡大は「路上」の人たちにどんな影響を与えたのか。ホームレス状態の人が、自立を目指して販売する雑誌「ビッグイシュー」日本版の発行人、佐野章二さんは「まさに激動の1年だった」と話す。


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昨年4月の緊急事態宣言を受けて、版元の「有限会社ビッグイシュー」は倒産を覚悟したが、さまざまな施策によって、なんとか息を吹き返すことができたという。だが、長引くコロナ禍で、ふたたび苦境に立たされるおそれは残っている。



さらには今年2月、ビッグイシューの販売者から、初めてコロナ陽性者が出てしまった。今後、ビッグイシューはどういう取り組みをしていくのだろうか。佐野さんに聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・山下真史)



●緊急3カ月通信販売で、ばっと息を吹き返した

――コロナ禍の1年はどうだったか?



まさに激動の1年でした。(昨年の)緊急事態宣言は、みんな、どういうものなのか、わからなかったので、一歩も外に出てはいけないんじゃないかと考えて、ほんとうに路上から人が消えてしまった。今回の緊急事態宣言では、みんな平気で外に出ていましたけど、あのときは本当にいなくなりました。



――売上に影響はあった?



もちろん、販売者が雑誌を売る相手がいなくなったわけですから、大いに売上が減りました。昨年4月、5月の緊急事態宣言ごろは、だいたい5割近く売り上げがダウンしました。その後は、平均で3、4割くらい減っているというような数字で推移しています。



ちょうど、昨年4月1日から1部450円に値上げして(それまで1部350円)、心機一転がんばろうと言っていたときだったので、もう、ビッグイシュー、終わったなと思いましたよ。本当に大変でした。それでも「コロナ緊急3カ月通信販売」で、ばっと息を吹き返したんです。



――コロナ緊急3カ月通信販売とは?



そもそもビッグイシューは、販売者が1部450円で売ると、そのうち230円が彼らの取り分となります。しかし、路上から人が消えています。だから、3カ月の通信販売をはじめて、その売上から販売者の取り分を還元することにしたんです。



それまでも通信販売を展開していたんですが、1年間の定期購読で、しかも販売者の取り分がないというものでした。3カ月の通信販売をはじめたところ、みなさん、ビッグイシューをつぶしたらあかんと思ったのか、ものすごい反響があったんです。



最初の3カ月分(4月〜6月/第1次)の申込みは、約9000件ありました。もう発送事務に必死でしたよ。中には、1カ月後にようやく連絡が着いたとか、そういう不手際もあったりしたんですけど、あたたかく見守っていただきました。



――どれくらいインパクトがあったのか?



ふだんの実売は、月2回発行の1号あたりが「2万部前後」です。だから、4割以上に相当しますね。今までも通販の部数を増やしたかったけど、なかなか増えず、どうしたら増えるのか、打つ手を考えあぐねているところだったので、僕らとしては、まるで救いの神のようでした。ものすごくありがたかったです。



ただ、緊急3カ月通信販売の売上も、その後少しずつ減っていきました。次の3カ月分(7月〜9月/第2次)は約5000部。その次(10月〜12月/第3次)はちょっとコロナの感染増も緩んだこともあって、約3000部になりました。今年に入った第4次(1月〜3月)は約4000部、4月からは第5次(4月〜6月)の緊急3カ月通販をおこなう予定です。



●販売者に合計40万円以上配った

――その売上はどのように分配したのか?



政府が昨年、特別定額給付金として、国民1人あたり10万円を支給しましたが、われわれは昨年4月から6月、販売者約100人のうちの約70人(年金・生活保護の受給者を除いた)に「販売継続協力金」として、月末に1人5万円、カンパもあわせ計19万円を配りました。初体験のパンデミックですから必死でした。



そのあとの9カ月は、第2次では月末に3万円、第3次では月末に2万円、第4次では月末に2.5万円と減っていますが、とにかく生きのびるために配りました。配布した協力金やカンパの年合計は41.5万円になります。これ以外にも、夏の暑いときには、涼しいシャツを提供したり、充電池で動く扇風機を配ったり、自主的なPCR検査(民間機関)費用を負担しています。



――支援しないと販売者の生活は成り立たない?



成り立つ人と成り立たない人の両極端です。そのへんを「ならす」という意味合いもありました。成り立たない人も、月末に販売継続協力金が支給されることで、「来月もがんばろう」という気持ちになってもらいたいと。



――成り立つ人と成り立たない人の違いは?



その人のモチベーションや販売スタイル、仕事への熱意によりますね。最初は、人通りが多い場所がよく売れますが、長年やっていると販売者にお客がつきます。結果がはっきり出るので、厳しい世界ともいえます。



――販売者の生活は変わった?



変わらざるをえません。そもそも路上生活は健康に良いわけがないので、せめて緊急事態宣言の間だけでも静養できるように、東京都に要望書を出すなど交渉して、一時避難所としての個室のビジネスホテルが提供されるようになりました。それから携帯できる食事を無償で提供しています。



NPO法人ビッグイシュー基金の、賃貸住宅の初期費用(20万円)を負担する「おうちプロジェクト」を利用してアパート入居にまで進めることができた人もいます(米コカ・コーラ財団の助成)。コロナ禍でも、彼らが生き延びてもらうために何でもしようと取り組んでいます。



●病院が受け入れなければ野垂れ死ぬしかない

――今年2月には、新型コロナの感染者が出たと聞いた。ネットカフェを利用していたということだ。



昨年の緊急事態宣言では、ネットカフェも休業していましたが、今回の緊急事態宣言ではネットカフェは休業要請の対象外でした。特に東京では、寒さをしのぐために多くの販売者がネットカフェ利用しています。陽性の診断を受けた最初の販売者もその一人でした。



朝、雑誌仕入れに事務所に来た、その販売員の調子がおかしかったので、パルスオキシメーター(動脈血の酸素飽和度を計測する器具)で測ってみたところ、数値が低かったので、すぐにスタッフが救急車を呼びました。救急車が来る頃には熱が38度近くまで上がり、そのまま入院、検査の結果、陽性と判明しました。今では元気になって働いていますが、あのとき、彼がビッグイシューにたどり着いていなかったらどうなっていたのか、と思います。



――そのあとコロナの陽性者は出ていない?



出ていませんが、そのあと体調不良者が2人いました。そのうち1人は、コーヒーの味がしなくなったと言ったので、2人目の感染者を覚悟していましたが、コロナではなかったようで、すぐに元気になりました。



もう1人は保健所のPCR検査の結果、陰性とわかり、結果的には風邪だと診断を受けました。コロナになって一番困るのは販売者自身です。静養する場所がなく、病院が受け入れてくれなかったら野垂れ死ぬしかない。何よりも彼ら自身がものすごい危機感を持っているのです。



――販売者はPCR検査をする?



イギリスでは、ホームレスの人をワクチン接種の最優先者にしたという地域もあります。日本ではそんな話は出てきていません。PCR検査は積極的に通販の応援基金を使って、自主検査を呼びかけています。陽性が出たら困るということもあって、販売者自身はあまり積極的ではありません。



それと彼らは社会的に孤立する環境にいて、密に無縁でフィジカルディスタンスも十分過ぎるのだと言えるのかもしれません。



一方で、コロナ対策に政府があまりにも無策なのは、市民の自粛意識が強く、それが国内のコロナ感染者数の少なさ(1日何万人にはならない)を支える結果にもつながっているのではないかと思っています。自粛頼みの政府がそういう状況に胡座をかいているようにも思いますね。



――自粛意識はホームレスの排除の考え方にも繋がっていないか?



ビッグイシューは、自分たちの社会から「排除をなくす」ということをテーマに活動しています。自粛と排除は裏腹です。逆に、今は自分のことに精いっぱいで路上のホームレスをあげつらうほど、市民にも余裕はないのでしょう。むしろ、ステイホームできない“家なき人”に共感を深めてくれているように思います。



コロナウイルスはホームレスであれ、市民であれ、政治家であれ、平等で相手を選びません。だから、感染しないように誰とでも協力することが必要だし努力できます。しかし、感染した人を忌避し「排除」するというは新たな差別問題になります。コロナは、われわれの中にある新たな次元の差別意識をあぶり出しているのかもしれません。



●まだまだ緊急通信販売を続ける必要がある

――緊急3カ月通信販売のほかにも、「夜のパン屋さん」(東京・神楽坂で昨年10月・11月・12月に展開。販売の仕事を増やすための取り組み)などもしていた。今後はどのように考えているか?



夜のパン屋さんも、週3日の夜、7時半から販売をスタートして、夜9時頃にはたいてい売り切れていました。10月〜12月の夜の数時間の販売だったのに計200万円くらいの売上がありました。フードロス問題と結びついた「夜のパン屋」さんへの市民の共感は、非常に高いものがあったと感じています。



このような市民の感覚は、コロナ禍を経て動き変わってきているように思います。市民感覚が鋭敏になり、「暮らし方や働き方は多様で良いのだ」とシンプル且つ重層的になりつつあります。コロナが、そういうチャンスを与えているのではないかとも思えます。



ビッグイシューも、路上生活者を減らすことについて一定の成果を出してきましたので、すっぱりやめても許されるとも思います。しかし、9割近い読者がアンケートではこれまでに実績を生かし「もっと格差や貧困問題に取り組め」と言い、がんばることにしていた。そこにきたコロナ禍です。つぶれてもおかしくなかった。緊急3カ月通信販売によって、奇跡的に息を吹き返した。



だから、活動を若い人に引き継ぎがんばろうと思っています。現在の状況からすれば、第6次、第7次(7月〜12月)くらいまで緊急3カ月通信販売を続ける必要があると思っています。是非付き合ってもらえればと思います。


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