なぜスピーカーを通した音楽より、コンサートのほうが感動するのか?

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2021年05月06日 12:30  AERA dot.

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写真写真はイメージ(GettyImages)
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 プロの演奏や歌をコンサートで聴くとき、家でスピーカーを通して聴くよりも感動することはないでしょうか。オックスフォード大、マックスプランク研究所、ケンブリッジ大をへて、現在、東大ニューロインテリジェンス国際研究機構で研究を続ける脳神経科学者の大黒達也氏。最新刊『AI時代に自分の才能を伸ばすということ』(朝日新聞出版)では、大黒氏の研究内容である「統計学習」を中心に、AI時代こそ、人間的な「創造性」「個性」「芸術」に着目される理由、伸ばし方が紹介されています。

 この記事では、『AI時代に自分の才能を伸ばすということ』から特別に抜粋し「なぜ、スピーカーを通して聞く音楽より、コンサートの音楽のほうが感動するのか」という疑問を糸口として、「人は何に感動するのか」「オリジナリティの高さ」などついてお届けします。

*  *  *
 脳神経科学、心理学、人工知能(AI)を用いて音楽的な芸術性について研究しています大黒達也と申します。特に、「人間の個性や創造性、才能、芸術などが、どこから生まれて、そしてどのようにして発達・成長していくのか」ということに興味をもち、研究しています。

■人は「微妙なズレ」に感動する

 例えば、プロの演奏や歌をコンサートで聴くとき、家でスピーカーを通して聴くよりも感動することはないでしょうか。

 あるいは、ピアニストが正確に譜面どおりにピアノを弾くピアノの音よりも、タメをつくって情感あふれるように弾く・ピアノの音に感動するということはありませんか。

 これには、私が研究している「不確実性のゆらぎ」が関係しています。

 ここで、人がどういうものに感動するのかを考えてみたいと思います。

 基本的に人間の脳は、常に新しいものに触れ続けると、その情報を処理することにエネルギーをたくさん使ってしまうため疲れてしまいます。

 一方、常に当たり前すぎるものに触れ続けても脳は飽きてしまい、感動が生まれません。つまり、あまりにも予測からズレすぎず、かといって当たり前すぎない「微妙なズレ」に、人はなんともいえない感動を覚えると考えられています。

 例えば、勉強などでもそうでしょう。あまりにもわからない難しいものは勉強のモチベーションが上がりませんし、大学受験生が足し算をたくさん解くような課題を与えられてもやる気が起きません。

 ある程度わかるけれども、少しわかりづらい「予測や経験からの微妙なズレ」のある問題に取り組むほうが、知的好奇心がくすぐられて感動や喜びがえられます。音楽もこれと同じことがいえるのです。

 プロのピアノ演奏家は、練習を重ねることで「正確で安定した音楽(不確実性が低い音楽)」を弾くことができます。そのため、「少しズレのある音楽(不確実性の高い音楽)」をアレンジとして演奏できます。

 しかし、ズレすぎた(不確実性が増加しすぎた)場合には、修正し、正確で安定した音楽に戻すこともできます。

 プロの演奏家は、この「ズレ」と「修正」をうまく利用して、微妙なズレを生み出します。

 この微妙なズレのくり返しが「ゆらぎ(不確実性のゆらぎ)」であり、この「ゆらぎ」こそが「オリジナリティの高い演奏」「創造性の高い演奏」となると見られているのです。

■初心者はゆらぎの世界で遊べない

 一方、ピアノの初心者は、そもそもズレをズレとして認識しづらいため、この「ゆらぎ」を生み出すことができません。ゆらぎの世界で遊ぶことが難しく、正確に演奏することに全エネルギーを費やしてしまうのです。

 また、練習をせずに「オリジナリティが大切」といって突飛なことをしても、それは単に新しいものというだけで、微妙なズレやゆらぎで遊ぶ芸術とは少し意味合いが異なるともいえます(ただし、それが芸術ではないともいいきれませんが)。

 このように、「機械のように正確に演奏する」だけではなく、「完璧に演奏できるようになったその次のステージ」にこそ、「ゆらぎ」が生まれ、そこに個性や創造性、芸術的感性が宿るのです。

 現在私は、この「ゆらぎ」から生じる個性や創造性について研究しています。もう少し詳しく説明すると、「ゆらぎ」を生み出す脳の学習システム「統計学習」に着目し、研究しています。

 日本では、脳の統計学習を研究している人が比較的少ないため、「統計学習」という言葉自体はじめて聞いた人は多いのではないでしょうか。

 統計学習について、詳しくは拙著『AI時代に自分の才能を伸ばすということ』(朝日新聞出版刊)を読んでいただくとして、ここで簡単に申し上げると、統計学習とは、「次に何が起こるのか」の確率を無意識に計算し、把握・予測する脳の働き・システムのことです。

 この統計学習により私たち人間は、社会環境の中で危険を適切に察知しながら安心して生きていけるようになります。

 統計学習は、生きている環境の中で起こるさまざまな現象の予測の不確実性を下げる働きを担っているのです。

■「統計学習」は、人間の思考・行動に与える影響大

 この「統計学習」は、人間の思考や行動に多大なる影響を与えます。

 しかし、これまで長らく研究者の間でも疑問の的でした。というのもこの統計学習は、「無意識」で行われる、潜在意識下の脳の学習だからです。

 現在では、科学技術の発展に伴い、脳活動などの計測技術も飛躍的に向上したために、「無意識」「潜在意識」に関する多くのことが明らかになってきました。それにより、近年、「統計学習」も注目されることが多くなってきました。

 また、この「統計学習」は、脳神経科学や心理学の領域にとどまらず、コンピュータ・サイエンスやAIの分野でも注目されています。「統計(確率の計算)」というくらいですから、コンピュータでモデル化しやすいのです(ただし、脳神経科学や心理学などで用いられる定義と、コンピュータ・サイエンスで用いられる定義は多少異なりますが)。

 現在、私は、この統計学習の「不確実性のゆらぎ」から生じる個性や創造性について研究していますが、研究手法は幅広くあります。

 「脳神経科学的手法」だけではなく、電子楽譜を利用した楽譜解析による音楽理論やモデルの構築、またその計算モデルを使った人工作曲などがあります。

 こういった研究分野は、「デジタル・ヒューマニティ」と呼ばれる研究領域を含みます。

 「デジタル・ヒューマニティ」とは、脳神経科学、心理学、情報処理(データマイニング)やAIを駆使して、音楽的、文学的、哲学的な問題に取り組む研究領域で、まだ新しい領域ですが、非常に重要なアプローチ法の一つとして、世界的に確立されつつあります。(了)
                                     
【プロフィール】
大黒達也(だいこく・たつや)
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任助教。医学博士。
1986年青森県八戸市生まれ。オックスフォード大学、マックスプランク研究所(独)、ケンブリッジ大学などを経て、現職。専門は音楽の脳神経科学。現在は、神経生理データから脳の創造性をモデル化し、創造性の起源とその発達的過程を探る。また、それを基に新たな音楽理論を構築し、現代音楽の制作にも取り組む。著書に『芸術的創造は脳のどこから産まれるか?』(光文社新書)がある。

【おすすめ記事】人工知能が音楽をつくる時代がきた! 作詞・作曲・歌唱AIの実力とは?


このニュースに関するつぶやき

  • あたぼうよw、周波数の低いところは振動である。生演奏生歌のあるところはその成分が体全体を纏うようにな。スピーカはフルレンジであってもウーファがあってもサブウーファがあっても…
    • イイネ!8
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  • 同じ楽器でもそれを奏でる人によって音の質が変わるからなぁ。楽器そのものもその楽器を作った人によって変わることもあるけど。基本的に奏でる人の個性が出る。それを楽しむわけで。
    • イイネ!22
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