大泉洋ら出演『焼肉ドラゴン』から学ぶ「在日コリアン」の歴史――“残酷な物語”に横たわる2つの事件とは

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2021年05月07日 22:02  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『焼肉ドラゴン』

 つい先日行われた、アカデミー賞授賞式。前回のコラムで取り上げた『ミナリ』(リー・アイザック・チョン監督、2020年)で、韓国からアメリカにやってくるおばあさんを演じたユン・ヨジョンの助演女優賞受賞は、『ノマドランド』(21年)でクロエ・ジャオの監督賞受賞とともに、“アジア人女性の躍進”として日本でも大きく報道された。

 韓国でのお祭り騒ぎは言うまでもないが、ちょうど1年前を思い返してみると、『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督、19年)の受賞が大きな話題になった。この時は、アカデミー作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞と主要4部門で受賞したものの、出演者の受賞は『ミナリ』が初めて。その意味でも、ユン・ヨジョンの受賞は韓国に大きな喜びをもたらしたのである。

 『パラサイト』の出演者も受賞後にそれぞれ大躍進を果たし、新旧の出演作が注目を集めている。特に、物語に決定的な転換点をもたらす家政婦を演じたイ・ジョンウンが、かつて日本映画に出演したことは、もっと注目されていいだろう。ポン・ジュノ作品の常連俳優であり、本コラムで紹介した『明日へ』『哭声/コクソン』『タクシー運転手 約束は海を越えて』、そして『マルモイ ことばあつめ』にも出演している彼女は、韓国でも味のあるバイプレイヤーとして評価されている。彼女はまた、1960年代を舞台に在日コリアンの家族を描いた日本映画『焼肉ドラゴン』(鄭義信監督、18年)で一家のお母さんを演じていた。

 前回のコラム『ミナリ』で韓国という“祖国”を捨て、アメリカという“新天地”で生きようとする「移民」をテーマにしたことで、日本人にとってより身近に存在する朝鮮半島からの移民、いわゆる「在日」と呼ばれる人々についても目を向けたく、今回はこの『焼肉ドラゴン』を取り上げる。

 この作品は日本映画だが、日本人読者に向けて韓国の社会や歴史を紹介することを目的とした本コラムにおいて、「在日」というテーマは必要不可欠だろう。常に差別や偏見の対象となり、現在でもヘイトスピーチと闘いながらこの国で生きている彼らの背景を知ることで、在日に対する理解が少しでも進むことを願っている。

 『ミナリ』で取り上げたアメリカ移民「在米韓国人」に対して、日本にも大勢の「在日コリアン」が暮らしている。その呼び名は、それぞれの立場や信念、国籍などによって「在日朝鮮人」「在日韓国人」「在日コリアン」とさまざまだが、当コラムでは、韓国や朝鮮といった切り分けを乗り越えようと使われ始めた「在日コリアン」と表記する。だが一般的には「在日」と略して呼ばれることが多く、日本に住まう(=在日)外国人はほかにもたくさんいるにもかかわらず、「在日=在日コリアン」という等式が成り立っているのも確かだ。それはやはり、「帝国/植民地」という特殊な歴史的事情が絡んでいるからであろう。

 1910年の韓国併合から45年の日本の敗戦までの植民地時代、大勢の朝鮮人がさまざまな理由から海を渡って日本にやってきた。朝鮮総督府の土地調査により、住む場所を失った農民が日本に出稼ぎにやってきたり、労働者徴用の政策によって炭鉱や工場に送られたり、戦争末期には日本軍として徴兵されるなど、敗戦直後の時点でその数は約200万人にも上っていたという。そのうち約140万人は朝鮮に帰っていったのだが、日本に生活の根を下ろしていた人、帰る場所をなくした人、帰国船が出る場所までの交通費すら用意できずに帰る機会を逃した人まで、これまたあらゆる理由から、約60万人は日本にとどまることになった。さらに一度は帰国しても、その後の南北分断や朝鮮戦争といった混乱に巻き込まれて舞い戻った人々も含めて、戦後の「在日コリアン」が形成されていったのである。

 だが、日本に支配されていた時代から解放され、朝鮮の言葉や歴史など、民族教育を訴えつつ日本人と対等な立場に立とうとする朝鮮人たちを、日本政府は文字通り「厄介者」扱いした。47年に実施された「外国人登録令」は、対象となる約64万人の在日外国人のうち朝鮮人が60万人ほどを占めており、実質的には朝鮮人を日本社会から排除・管理するための法であった。

 その後、65年の日韓基本条約によって在日コリアンの日本居住が認められたものの、納税などの義務は日本人と同じく課される一方で、戦争被害に対する請求権の対象から外されたり、就職や教育における理不尽な差別に対する闘いを余儀なくされるなど、マイノリティーとして共存を模索しながら現在に至っている。

 今の日本人にとっては大差ないように見えるかもしれないが、一般的に、65年の日韓基本条約を境に、それ以前から日本に暮らしている朝鮮人はオールド・カマーの「在日コリアン」、それ以後に日本にやってきた朝鮮人はニュー・カマーの「移民」と分かれており、在日コリアンは私のような留学生から「一般永住者」になった移民とは明らかに異なる歴史的文脈を持っている。

 その意味では、『ミナリ』からの流れで『焼肉ドラゴン』を取り上げたとはいえ、在日コリアンは正確には「移民」ではない。では、在日コリアンの歴史的文脈とはどのようなものだろうか? 『焼肉ドラゴン』を手掛かりに見ていこう。

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<物語>

 1969年、高度経済成長を達成し、大阪万博を控えた日本。大阪の空港近くの集落に小さな焼肉店「焼肉ドラゴン」があった。店を営むのは、太平洋戦争に動員され左腕を失った金龍吉(キム・サンホ)と、大混乱の済州島から日本に逃げてきた高英順(イ・ジョンウン)。龍吉は静花(真木よう子)と梨花(井上真央)、英順は美花(桜庭ななみ)をそれぞれ連れて再婚し、2人の間には長男・時生(大江晋平)が生まれ、6人で暮らしている。

 幼い頃の事故で片足に障害を負った長女・静花は結婚を諦めているが、次女・梨花は李哲夫(大泉洋)との結婚を控えている。しかし、静花と哲夫は元恋人で、いまだに気持ちが残っていることを知る梨花は、哲夫とのケンカが絶えない。一方、クラブで働く三女・美花は妻帯者の長谷川(大谷良平)と不倫関係にあり、日本人の私立学校に通う末っ子・時生は、いじめが原因で失語症になってしまった。

 決して平穏とは言えないものの、仲間や常連客たちと一緒に、明るく生きてきた一家。そんなある日、大きな悲しみが彼らを襲う。いじめや不登校が重なって留年した時生に、龍吉が負けずに学校に通うよう言い聞かせたところ、絶望した時生は橋の上から飛び降り自殺を遂げたのだ。さらに、“日本人から買った家”に住んでいるという龍吉の主張が役所に受け入れられず、立ち退きを余儀なくされ、店まで取り壊されることに。そして大阪万博から1年、それぞれが人生の選択をした家族は散り散りになりながらも、希望を胸に長年暮らした場所を後にするのだった。

 本作を手がけた鄭義信(チョン・ウィシン)監督は、劇団「新宿梁山泊」の主宰者として演劇界では名高い存在だが、映画では主に脚本家として活躍してきた。もともと戯曲として書かれた『焼肉ドラゴン』は、2008年に日韓共同で舞台上演されて高く評価されると、その後も再演を重ねた鄭監督の代表作。その映画化に際し、初めて映画監督を務める流れとなったのだ。

 人気俳優らが集い、在日コリアンの一家のしたたかな生きざまを時にコミカルに、時にシリアスに描いた本作は、一見普遍的なホームドラマのようにも見えるが、一歩踏み込んでみれば、そこには激動の歴史が横たわっていることがわかる。とりわけ、穏やかで優しい父親・龍吉が淡々と語る、家族の背景にある2つの事件「帰国船の沈没」と「済州島の虐殺」から、在日コリアンの過酷な物語をひもといてみよう。

 作中の言葉を借りるならば、日本に来てひたすら「働いて働いて」生きてきた龍吉は、戦争が終わり朝鮮半島に引き揚げようとしたものの、梨花が風邪をひいて船を一便遅らせたところ、前の便が沈没したため帰れなくなり、財産もすべて失ったと語る。当時、機雷や強風、高波による帰国船の沈没事故は度々発生しており、特に不思議ではないのだが、中でも最も悲劇的だったのが、45年8月24日に起こった「浮島丸事件」だった。大勢の朝鮮人労働者を乗せて青森を出港し釜山に向かっていた浮島丸は、米軍が海底に敷設した機雷と接触して爆発、沈没して朝鮮人524人と日本人船員25人が犠牲になったとされるものだ。

 だが韓国側は、日本政府がこの事件を隠蔽、矮小化したとして、実際は「自爆による沈没」とか、「犠牲者は5,000人以上に上る」と主張しており、事件から75年以上がたった今でも、日韓で大きな食い違いを見せている。船体は54年に引き揚げられ、沈没した舞鶴の港などには慰霊碑が建てられて、毎年追悼式も行われている一方で、日本に安置されている遺骨の返還問題も未解決のまま残り、生存者の高齢化や死亡が進むなか、真相究明は今後ますます難しくなるに違いない。

 最近では、市民団体が「浮島丸の沈没は朝鮮人虐殺だ」と世界に向けて発信する計画が浮上するなど、事件の見直しを求める動きも活発化。龍吉が乗ろうとした船が「浮島丸」だったかどうかは語られていないが、少なくとも、在日コリアンが生まれた要因のひとつに「度重なる帰国船の沈没」があったことは確かである。

 もうひとつの「済州島の虐殺」とは、韓国人なら誰でも知っている韓国現代史最大の悲劇「済州島四・三事件」を指している。植民地から解放された後、朝鮮戦争に至るまでの間の朝鮮半島がどのような状況下にあったのか、日本ではあまり知られていないかもしれない。

 日本という支配者が退場した後、今度はアメリカと旧ソ連の軍政が敷かれ、南の李承晩(イ・スンマン)と北の金日成(キム・イルソン)が米ソの力を背景に基盤を固め、激しく対立する日々が続いていた。朝鮮民族による新生独立国家を作るという夢は次第に遠のいたのだが、その夢がまだ残っていた済州島では、島民たちが反共を掲げる李承晩によって「アカ」と見なされ弾圧の対象にされていった。

 48年にアメリカ主導で新政府が樹立されると、済州島では島内で対立を深めていた左派と右派のうち、左派による武装蜂起が起こり、57年に最後の武装隊員が逮捕されて事件が終結するまで、その鎮圧の過程で実に多くの民間人が「アカ」とされ殺されたのである。全貌はいまだわかっていないが、韓国政府の記録によれば少なくとも2万5,000〜3万人が犠牲になり、実際にはその倍以上が虐殺されたともいわれる。

 済州島で親や兄弟、親戚がみな殺され、村が丸ごと焼かれたと龍吉が語るように、想像を絶する残酷な虐殺が行われた結果、彼は帰る故郷まで失ってしまったのだ。もともと朝鮮半島内での差別や貧困に苦しんできた済州島民たちは、植民地時代から日本に渡ってくる人の数が多く、とりわけ22年に定期連絡船「君代丸」が就航して以降、済州島〜大阪間の渡航が急増したこともあって、大阪には済州島出身の在日コリアンが多いといわれてきた。それが「四・三事件」によって虐殺の恐怖と混乱に陥ったことで、美花を連れて逃げてきた英順のように、島民たちは安全な場所を求めて再び日本にやって来たのである。

 ちなみに、この事件の犠牲者や遺族の名誉回復と真相究明のための「済州4・3特別法」が2000年に韓国で成立し、03年には当時の廬武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が初めて国家暴力を認め、犠牲者に対して正式に謝罪をしている。

 龍吉家族のしたたかさは、こうした悲しく残酷な歴史に屈せず生き延びてきた生命力そのものであったかもしれない。そして、「韓国には帰れない、帰らない」という強い意志ゆえに、龍吉は息子の時生にも、いじめに屈しない強さを求めてしまったのだろう。「焼肉ドラゴン」閉店後、家族は帰国船に乗って北朝鮮を目指したり、韓国に渡ったり、日本に残ったりと、それぞれの道を歩み始める。それはもちろん、自らの居場所を求めた選択の結果であるが、朝鮮半島から生まれたコリアン・ディアスポラが、さらに在日ディアスポラへと展開していくさまを見ていると、歴史に翻弄されること、その計り知れない運命の重みを感じずにはいられない。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

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