「男でも女でもない」井手上漠が見つめる境界線の先の自由

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2021年06月21日 11:30  AERA dot.

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写真モデルのほか、今年5月には日本テレビ「ズームイン!!サタデー」でマンスリーレギュラーとしてお天気コーナーや井手上漠の提案するメイク企画などの担当を務めた/撮影:蜷川実花、strategist of photography 鈴木心、hair JUN GOTO(ota office) make up 早坂香須子 styling 松居瑠里、costume VIVIANO prop styling 遠藤 歩(すべて表紙も)
モデルのほか、今年5月には日本テレビ「ズームイン!!サタデー」でマンスリーレギュラーとしてお天気コーナーや井手上漠の提案するメイク企画などの担当を務めた/撮影:蜷川実花、strategist of photography 鈴木心、hair JUN GOTO(ota office) make up 早坂香須子 styling 松居瑠里、costume VIVIANO prop styling 遠藤 歩(すべて表紙も)
「可愛すぎるジュノンボーイ」として話題となり、現在はモデルとして活躍する井手上漠さん。初のフォトエッセイ『normal?』には、故郷・海士町をのびのびと巡る姿が収められている。けれども、ほんの5年前まで、自然体で町を歩くことは、「普通」のことではなかった。AERA 2021年6月21日号から。

【写真】蜷川実花が撮った!AERAの表紙を飾った井手上漠さんはこちら

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「例えば、外出先でトイレに入る。銭湯に入る。デパートで服を買う。プロフィールの性別欄を記入する。多くの人が当たり前にやっていることだが、どれも井手上にとっては軽々しくできない。自分には『性別がない』と感じているからだ。だから『男か、女か』の二者択一を迫られると、とても困ってしまう」

――今年4月に上梓したフォトエッセイの中で、日常に潜む男女の境界線を“見えない壁”と表現した。

井手上漠(以下、井手上):18年間で、たくさんの性別の壁にぶつかってきました。私のようなジェンダーはすごくマイノリティーだから、世の中の「普通」の基準や感覚にそわないこともたくさんあります。一方で、当事者として伝える意味も感じているというか、私が声に出すことで何か変わることもあるかもしれないと思って、今回のフォトエッセイを出そうと思いました。

――タイトルは「normal?」。18年間、目の前に立ちはだかってきた「普通」に対する思いを込めた。

井手上:特に「?」の部分が大切だと思っています。何が普通かなんて、普段は考える機会がないじゃないですか。でも、私にとってはとても身近な問題でした。今までもずっと「普通にしなさい」と言われ続けてきて、「普通ってどういうこと?」「もっと普通にしたほうがいいのかな」とか、ずっと考え続けてきたので。

■「変わってる」が怖い

――島根県の沖合に浮かぶ隠岐諸島で生まれ、高校卒業まで母と姉の3人で暮らした。身体は男性として生まれたが、昔から“強くてカッコいい”ものより、“かわいい”ものが好きだった。

井手上:3歳のときに、親戚の結婚式で見たウェディングドレスに感激して、「なんてきれいなんだろう!」と憧れたのをよく覚えています。

 母子家庭だからっていうのもあるかもしれないけれど、髪形や服装といった外見は、「女性もの」のほうが自分にしっくりきたんです。髪が長いことも、プリキュアが好きなことも、女の子と遊ぶ時間が多いことも、それこそ私にとってはぜんぶ普通のことでした。

――マイノリティーであると自覚したのは、小学5年生のときだ。体育の授業で体操着に着替えるときに、突然、男女別々の部屋に分けられるようになった。周りが性差で区別される環境に変わったことで、いつの間にか「あの子は普通じゃない」と思われるようになっていた。

井手上:女か、男か、どちらかを選ばなきゃいけない葛藤はすごくありました。だけど、それ以上に人から「変わってる」と思われることが、すごく怖かった。実際に「気持ち悪い」と言われてすごく傷ついたこともあります。その頃は「どうやったら受け入れてもらえるんだろう」「どうすれば自分のことを好きになってもらえるんだろう」ということばかり考えていました。

■身体の性別は関係ない

――著書の中で性自認を「LGBTQで言えば“Q”のクエスチョニング(Questioning)。つまり自分自身の性や好きになる対象の性が定まっていないし、わからない」と表現するのがいちばん近いと書いた。一方で、「クエスチョニングの自分でさえ、ずっと続いていくかはわからない」という。

井手上:今でこそ、身体は男性だけど、美的感覚、恋愛対象に性別は関係ないと、具体的に言葉にすることができるようになりました。だけど、当時は普通の男の子になることも、女の子として生きていくこともできなくて、孤独感でいっぱいで、将来に全く希望は持てませんでした。

――大きな転機が訪れたのは、中学2年生のときだ。

井手上:学校から帰って夕食後に、母から真剣なまなざしで「話がある」と切り出され、「漠は男の子が好きなの?」と聞かれたんです。その言葉に母の覚悟を感じました。震えるほど恐怖感もあったんですけど、同時に「やっと本当の気持ちを話せる」という安堵感もありました。

 正直に伝えた自分に、母は「漠は漠のままでいい」と言ってくれました。今回のエッセイを書くときに、過去の出来事を思い出すのが正直すごくつらかったんですけど、同時に改めてお母さんの偉大さを感じました。あのとききつく言われたことも、全部愛情だったんだなって。

 それからは無敵になりました。

■それぞれに委ねたい

――中学3年生で第39回少年の主張全国大会に出場し、多様なジェンダーの在り方を訴え、文部科学大臣賞を受賞した。高校1年生からジュノンボーイとしてモデルの仕事を始め、現在はさまざまな場で自分の体験や考えを話す機会も多くなった。

井手上:オープンに生きるようになって、周りが明るく接してくれるようになったのは、びっくりでした。正直、母に打ち明けてからは、「周りにどう思われようと関係ないや」ぐらいに思っていたんです。悪口や陰口を言われても気にしないぞ、と。

 でも、今までのいろいろな経験があって、周りを変えるためには自分が変わるしかないってことに気付かされました。悪口や陰口を言われたら、腹が立つし、つい周りの人を責めてしまいがちなんです。だけど、今の自分に対して周りの人が思うことは変えられないってことも、事実なんですよね。それなら、自分が先にもっと良い方向に変わっていきたい。

 だけど、自分が生きやすくなる代わりに、他の誰かがこれまでよりも窮屈な思いをするのでは、意味がないと思うんです。

 私が経験から得たことが全ての人に当てはまるとは、全く思いません。私は、母が味方でいてくれたし、その意味ではとても恵まれていたと思います。でも性的マイノリティーであることを親が認めてくれない家庭だってあるし、人によって支えてくれる人、大切に思う人も違う。私の言葉が心に響かない人も、もちろんいると思います。だから、「私の気持ちを理解して」とか「私はこうだったから、こうすればいい」と言い切ってしまうことはしません。

――マイノリティー当事者の話を聞くとき、多くの人は無意識にLGBTQの“代弁者”としての役割を期待しがちだ。だが、井手上の主語は、いつも「漠」。発信するのは、個人としての立場からの言葉だ。それは男と女、多数派と少数派の境界線上に立つ井手上だからこそ、できることなのかもしれない。

井手上:私にできるのは、私が経験してきた“事実”を伝えることです。それをどう受け止めて、何を感じるのかは、言葉を受け取ってくれた人それぞれに委ねたいし、自由だと思うんです。

(ライター・澤田憲)

※AERA 2021年6月21日号

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