【今週はこれを読め! エンタメ編】綾崎隼『死にたがりの君に贈る物語』に心を揺さぶれる!

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2021年07月14日 19:31  BOOK STAND

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『死にたがりの君に贈る物語』綾崎 隼 ポプラ社
正論は時に人の心を逆撫でする。もしも本書の登場人物たちに話しかけることができるとしたら、よかれと思って忠告する人も多いだろう。たとえば「どんなにつらいといっても、小説でしょ?」。たとえば「小説よりも大切なものはたくさんあるよ」。大多数の人々にとっては、大切なのは現実だということかもしれない。しかしぎりぎりのところでなんとか自分を保ち、愛読書だけが心の支えだと感じる者には、そのような言葉は何の意味も持たないのだということを改めて思い知らされた。小説というものにそれだけの力があるのだということも。

 本書『死にたがりの君に贈る物語』は、『Swallowtail Waltz』という小説に魅せられた読者たちの物語。3年前にデビューしたその著者・ミマサカリオリは覆面作家で、自身に関する情報はほぼ完全に伏せられている。『Swallowtail Waltz』シリーズは全6作で完結する予定で、第5巻までは刊行された。しかし1年前に発売されたこの5巻で、多くの読者に愛されていたヒロインの【ジナ】が亡くなった。それもあまりに無残な形で。そのことが、たいへんな騒動の発端となったのだった。著者や作品公式のSNSに批判が殺到、そこへ著者自身が「もともと彼女はここで死ぬ予定だった」と発言したことでさらなる混乱状態に。あまりの大炎上に、ミマサカカオリは執筆を中断してしまう。

 『死にたがりの〜』の主要人物は複数いるが、最大のキーパーソンとなるのは中里純恋だろう。ミマサカリオリの訃報がサイトに掲載された直後に、自宅マンションのベランダから飛び降りて自殺を図った16歳の少女。純恋は『Swallowtail Waltz』に心酔する熱狂的なファンだったが、続きが読めなくなったことに絶望して死のうとした。

 純恋の自殺未遂からほどなくして、彼女と同じような何人かのファンのもとにメッセージが届いた。送信者は塚田圭志という26歳の男性で、『Swallowtail Waltz』の愛読者たちが集うクローズドコミュニティ『緑ヵ淵中学校』というサイト内では中心的な人物。塚田は、自分のいとこがミマサカリオリの担当編集者であることを明かし、『緑ヵ淵中学校の参加者で集まって生活し、あの世界を再現したいと考えています。俺たちファンの手で物語の結末を探ってみませんか?』と声をかけてきたのだ。サイト名の由来となっている「緑ヵ淵中学校」とは、『Swallowtail Waltz』の舞台となった廃校で、【ジナ】をはじめとする登場人物たちが共同生活を送っていた場所。もちろん架空の学校であるため、塚田が立ち上げた企画で使われることになったのは山形県の村落にある別の廃校なのだが。そこに、塚田の呼びかけに応じた若者たちが集まってくる。男子4人女子3人の計7人、その中には純恋の姿もあった。

 リーダーシップを発揮する者もいれば場をかき乱す者もいるというさまざまな個性の7人が、探り探りの状態でスタートした共同生活は、時に和やかに、時にぶつかり合いながら進み始めた。が、1週間目に開いた宴席において、塚田がいとこから聞いたというミマサカリオリの性別を明かしたことで、参加者のひとり・佐藤友子から激しく糾弾される。その翌朝、見開きにして13ページという一部分ではあるが、『Swallowtail Waltz』最終巻の原稿が発見された...。

 本を愛する者であれば、本に救われた経験を持つ者がほとんどだろう。私もいったいどれだけたくさんの本に力づけられたかわからない。しかし、純恋のようにこれほど一冊の本(この場合はシリーズだが)に魅了された経験が果たしてあっただろうか。純恋ののめり込みようは、はたから見るととても危うい。けれども『Swallowtail Waltz』を読んでいなければ、そもそももっと早くに純恋はこの世から去っていたのかもしれないと思うと、彼女が本と出会えてよかったと言わざるを得ない。『Swallowtail Waltz』の最終巻は存在するのか、ミマサカリオリの正体は判明するのかといったことももちろん知りたいと思ったけれど、何よりも純恋にどのような未来が待っているのかが気になってページをめくる手が止まらなかった。

 最後の見開きページは電車の中で読んだ。周りの乗客の方に気づかれないようにと必死で涙をこらえたけれど、大泣きしてしまってもよかったなと思う。それくらい胸を打つ文章が綴られていた。

 こんな風に心を揺さぶられるのは命あればこそだ。だから、みんな生きていてほしい。死にたいほどつらい人がもう一度生きてみようと思える世界になってほしい。そして、勇気を振り絞って踏み出した人が受け入れられる世の中であってほしい。

(松井ゆかり)


『死にたがりの君に贈る物語』
著者:綾崎 隼
出版社:ポプラ社
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