ベンチを叩く“ホームレスドラマー”に遭遇 一之輔が驚愕した演奏テク

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2021年08月01日 16:00  AERA dot.

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写真春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「無観客」。

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 五輪もほとんどの競技が『無観客』で行われているであろう今日この頃。皆さん、いかがお過ごしですか? これを書いてるのはまだ開幕前。感染者も増えて、バブル方式の囲い込みも穴だらけ。まさか急転直下で開催中止ってことはないでしょうが、これ以上傷口が広がらないよう大会の無事を祈りますか。

 梅雨明け間近の平日の昼。稽古しながら上野は不忍池辺りを歩いているとカバンに入れていたスマホが震え出しました。落語協会事務所から寄席の代演依頼。池のほとりのベンチに腰を掛けて手帳を開き、NGを告げ電話を切ると、向かいの木陰にホームレスと思しきおじさんが座り込んでいました。年季の入った長髪と日焼けした顔色で正直若いのか、年寄りなのかも判断出来ないかんじです。

 酔っ払ってるのか、暑さでへたってるのか虚(うつ)ろな目でダラリとした様子。崩れた体育座りのまま、顔だけは空を見上げています。両手がやけに動いているので、目を凝らして見ると、長さ30センチくらいの2本の棒を持ってベンチを叩き続けている。

 カタカタカタカタ、カタッタ、カタタン、タンタタ、タタンタ、カタカタカタン♪

 音は微かに聴こえるくらいですが、棒の動きのリズム感、抜群。「ドラマー?(笑)」と思い、悟られないように少ーし近づいて横目でチラ見すると、2本の棒は間違いなくドラムスティックでした。「ドラマー!(驚)」と思いつつ、立ったまま一観客として凝視する雰囲気ではありません。何事も無いように、もと居たベンチに座り直し、耳をそばだてます。

 高速のスティックさばきから、スローテンポのブルージーな曲調(ドラムのみだけど)にシフトしました。

 ドラマーは頭を傾け、目を閉じたまま。行き交う人は見向きもしない。蓮の合間を縫うように泳ぐ鴨の羽音や、遠くの車のクラクションやエンジン音も聴こえます。しかし不忍池界隈の喧騒に時折挟まるわずかな静寂に被せていくように、ドラマーは地べたや木の根や幹を叩き続けます。聴いているのは私だけ。気づいているのは私だけ。

 しばらくすると、空がかき曇り大粒の雨がポツポツ。ドラマーに目をやると、スティックをその場に置いて、庇のある建物のほうへ立ち上がり、雨宿りの様子。ザーッと降ってきた夕立はまるで万雷の拍手のようです。私も慌ててカバンから折り畳み傘を取り出しそれを開き、やれやれとドラマーのほうを見やるとその姿はもうありません。さっきまでドラマーが座ってたあとにはドラムスティックでも何でもない、ただの木の棒が2本転がっているだけでした。

 再び陽射しがきつくなり、頭がくらくらして私もその場を立ち去り寄席の楽屋へ。テレビでニュースを観るとアナウンサーが梅雨明けを告げています。「明けましたね」「明けたね」「明けると思ってたけどさ」「明けるもんだねえ、梅雨」と世界で最も不用と思われる会話を交わしながら、今日も高座に上がります。観客の拍手に迎えられ、まだちょっと眩暈(めまい)が残りつつ頭を下げると、さっきのドラマーが客席の後ろのほうに見えた……ような気がしました。

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめた最新エッセイ集『まくらが来りて笛を吹く』が、絶賛発売中

※週刊朝日  2021年8月6日号

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