『鬼滅の刃』の主人公はなぜ竈門炭治郎なのか?――典型的な「少年漫画のヒーロー」を“主役”にしなかったワケ

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2021年09月19日 11:30  AERA dot.

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写真主人公の竈門炭治郎(画像はコミックス『鬼滅の刃』10巻のカバーより)
主人公の竈門炭治郎(画像はコミックス『鬼滅の刃』10巻のカバーより)
『鬼滅の刃』の公式キャッチコピーに「これは、日本一慈しい(やさしい)鬼退治」という言葉がある。このフレーズはまちがいなく、物語の主人公・竈門炭治郎の「優しい人柄」に由来している。炭治郎は正義感が強く、ときおり激しい怒りも見せるが、「すべての鬼を」単純に憎むこともできず、鬼との戦いのたびに胸を痛めていた。さらに炭治郎は時々主人公らしくない「弱音」も口にする。こうした迷いこそが「竈門炭治郎らしさ」であり、『鬼滅の刃』では彼を主人公にする“必然性”があった。その意味について考察する。【※ネタバレ注意】以下の内容には、既刊のコミックスのネタバレが含まれます。


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*  *  *


■鬼との戦闘に苦悩する主人公



 鬼に家族を殺され、生き残った妹を「鬼化の呪縛」から解くために、竈門炭治郎(かまど・たんじろう)は鬼狩りへの道を志した。



 しかし、鬼にトドメを刺せぬ炭治郎は「判断が遅い」と鬼殺隊の元水柱・鱗滝左近次(うろこだき・さこんじ)から頬をたたかれ、のちに兄弟子になる水柱・冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)からも「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」と初対面で厳しく叱責されている。



 心優しい炭治郎は、最初、戦う意味をつかみきれずにいた。妹を救いたい気持ちと、鬼という「生き物」を殺すことの必要性が、頭では理解できても、心でうまくつながらなかった。われわれ読者は、この“優しすぎる主人公”の苦悩を数々のエピソードを通じて見届けることになる。



 物語冒頭で炭治郎は立て続けに鬼と遭遇し、鬼が人間を喰う姿も目の当たりにしてきた。それでも、炭治郎は鬼に苦痛を与えることをためらった。人喰い鬼は殺さなくてはならないと、自分で自分に言い聞かせる場面も見られる。



<止めを刺しておかないと また人を襲う だから俺がやるんだ>(竈門炭治郎/1巻・第2話「見知らぬ誰か」)
<苦しむだろうな 一撃で絶命させられるようなものはないのか…>(竈門炭治郎/1巻・第3話「必ず戻る夜明けまでには」)



■炭治郎が「長男として」戦う理由



 こんなにも優しい炭治郎であったが、彼は鬼殺を続けなくてはならない。本来であれば、竈門家が鬼に襲撃された時点で、炭治郎は亡き父の代わりに、長兄として母や弟妹を守らなくてはならなかった。しかし、自分だけが無傷で生き残ってしまったのだ。



 もともと責任感が強い炭治郎の中で、「長男なのに」という思いがどんどん大きくなっていく。炭治郎の有名なセリフにこんな言葉がある。
<すごい痛いのを我慢してた!! 俺は長男だから我慢できたけど 次男だったら我慢できなかった>(竈門炭治郎/3巻・第24話「元十二鬼月」)



 長男だろうが、次男だろうが、長女だろうが、末っ子だろうが、そんな属性は「肉体的苦痛に対する我慢強さ」とは本来関係ない。しかし、炭治郎は長兄として果たせなかった“約束”を守るために、今度こそは妹を救いたいと、激しい痛みに耐えながら自分を鼓舞するのだ。一見するとコミカルなセリフであるが、その裏側にある炭治郎の自責の念は強い。



■ときに頑固で激しい怒りも



 一方で、炭治郎には頑固で気の強い一面もある。それは彼の「正義感」から生まれたものだ。鬼殺隊入隊試験「最終選別」で、同期の不死川玄弥(しなずがわ・げんや)が少女に暴力を振るった際、それを止めに入っているが、乱暴な制止の仕方だった。



<この子から手を放せ!! 放さないなら折る!!>(竈門炭治郎/2巻・第8話「兄ちゃん」)



 さらに「柱合裁判」の時には、妹に乱暴した不死川実弥(しなずがわ・さねみ)にも怒鳴りつけている。



<善良な鬼と 悪い鬼の区別もつかないなら 柱なんてやめてしまえ!!>(竈門炭治郎/6巻・第45話「鬼殺隊柱合裁判」)



 実弥は玄弥の実兄で、鬼殺隊の風柱であるが、炭治郎はおかまいなしだった。鬼であろうと、目上の人間であろうと、同期だろうと、許せないと感じたことに怒る胆力と意思の強さが炭治郎にはあった。



■炭治郎の弱音



 こんな“真っすぐな”炭治郎であるが、ときおり「主人公らしくない弱音」を口にする時がある。それは、最終選別合格後に、炭治郎がボロボロになって、禰豆子と鱗滝のもとへ帰ってきたシーンだ。



<わーーーーっ お前 何で急に寝るんだよォ ずっと起きないでさぁ 死ぬかと思っただろうがぁ!!>(竈門炭治郎/2巻・第9話「おかえり」)



 2年もの間眠り続けていた妹がやっと目覚めたのを見て、炭治郎は禰豆子にすがって大声で泣いた。禰豆子は死ぬのではないか、もう起きないのではないかと、炭治郎が悩み続けていたことがよくわかる場面だ。



 炭治郎はスーパーヒーローなどではなく、親兄弟を亡くした「普通の少年」なのだ。炭治郎は珍しく泣き続け、禰豆子もろとも、師・鱗滝に子どものように抱きしめてもらった。



■炭治郎の弱さ・柱たちの強さ 



 炭治郎は家族が鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)に襲撃されて以降ずっと、鬼による「理不尽な死」を目の当たりにせねばならなかった。そのつらさは想像を絶するものだろう。一つ耐え、二つ飲み込み、三つ我慢して……その悲しみがあふれてしまった時、炭治郎は膝をつき、弱音を口にしながら涙を流す。



 たとえば、映画で公開された「無限列車編」のラストシーンでは、炭治郎は、もう動かなくなってしまった炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)を前に、大粒の涙をこぼしながら泣きくずれている。



<こんな所でつまずいてるような俺は 俺は…  煉獄さんみたいになれるのかなぁ…>(竈門炭治郎/8巻・第66話「黎明に散る」)



 他の柱たちにとっても、煉獄喪失は心を揺るがす事件だった。しかし、柱たちはその悲しみを言葉にすることはない。鬼という強大な敵に立ち向かうためには、柱はいつも強くなくてはならなかった。心の揺らぎを見せるわけにはいかなかった。しかし、炭治郎はちがう。



 この炭治郎の弱音は、私たち読者に、鬼と戦っている鬼殺隊の隊士たちも本当はか弱い人間であることを思い出させる。炭治郎が「弱音をはく」場面で、人間が「強くなる」とはどういうことなのか、ひとつひとつを追体験していく。炭治郎の揺らぎは、人間であるがゆえの苦悩であり、「心」の表出なのだ。



■炭治郎が乗り越えた「最後の試練」



 こんなふうに、炭治郎はさまざまな辛苦をなんとか乗り越えてきた。しかし、とうとう最終決戦で多くの仲間の死を目撃し、あまりにむごいその結末に、炭治郎の緊張の糸が切れてしまう。



<本当にもう疲れたんだ お願いします神様 家に帰してください 俺は妹と家に帰りたいだけなんです どうか…>(竈門炭治郎/23巻・第203話「数多の呼び水」)



 それでも炭治郎はもう一度だけ耐えねばならなかった。人間であり続けるために、もう一度だけ「運命の試練」を乗り越えなくてはならないのだ。



 一般的に、物語の主人公は、最終場面で仲間のために戦いきる場面が描かれることが多い。しかし、『鬼滅の刃』はちがった。「最後の試練」で竈門炭治郎は刃を振るわない。仲間たちの温かい手が炭治郎に添えられて、炭治郎は帰るべき道へと手を伸ばす。それだけだった。鬼の誘惑に耳をかさず「愛する人たちを信じきること」、これが炭治郎の「最後の試練」に必要なことだったのだ。



 最終巻で、炭治郎たちがつないできた優しさが、「救済」となって花開く。そして、すべての人たちをその優しさが包み、長い恐ろしい「夜」がやっと明けたのだった。



◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。


このニュースに関するつぶやき

  • ガンダム以降「典型的な少年漫画の主人公」の方がレアな気がするが。 https://mixi.at/aeP9iAS
    • イイネ!9
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  • 完璧な人間なんていないんだよね。
    • イイネ!24
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