春風亭一之輔の「てんむす事件」 “落語の最中に罪悪感”MAXだった件

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2021年11月28日 16:00  AERA dot.

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写真春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「ハグ」。


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 アスリートはよくハグをする。ミュージシャンもしょっちゅうハグしている。落語家は、しない。いい落語が出来て、気持ちよく高座を降りても袖にいるのは弟子だったり、黒ずくめのおじさん大道具さんだったり。誰がハグなどするものか。まだ盛大な打ち上げも憚られるなか、高座の喜びは独り酒で口から流し込む。例えば地方からの日帰りの新幹線は私に明日への活力をくれる「独りハグ」の場。


 10月、名古屋へ日帰り仕事に行った。ある先輩と二人会。「楽屋入りがギリギリかもしれません」という連絡を主催者に入れておいた。開演30分前に到着。前座さんが「師匠、楽屋のお弁当は『簡単なもので……』と主催者さんに言いましたか?」と私に聞いてきた。「いや、ギリギリ、とだけ言ったけど」「あの……私と○○師匠は『タコライスとゴーヤチャンプルの大盛り弁当』で、一之輔師匠のは普通の『てんむす』だったんですけど……この差はなんですかねぇ?」。こっちが聞きたいよ。でも沖縄料理のお弁当は斬新@名古屋。「とても美味しかったです!」。余計なコト言うな、前座。オレは沖縄料理が好きなんだぞ。


 担当者の女性いわく「入りがギリギリと伺ってましたので、お弁当は帰りの新幹線の中で……と思い、てんむすにさせて頂きました(笑顔)」……うーん。お心遣い感謝。だが、楽屋で食うかもしれんだろう? お弁当ならタコライスとチャンプルでも車内でいけないか? てんむす、美味いけど……どこまでいってもてんむすはてんむす(失礼)。直接言ったら「小さい男」と思われるしな。このやるせないモヤモヤを誰かに告げようか。


 あ、思わず高座で言ってしまった。マクラで。「なぜ俺だけてんむす!?」「みんなと一緒でよかったよ!」「前座が『美味かったっす!』て言ってんだよ!」って気がつくと叫んでいた。トタンにバタバタッと舞台袖でモノ音。ことによると担当者が買いに走ってるのでは……。オレの馬鹿。余計なことを言ったおかげで、余計な手数をかけさせて、降りていったら担当者が平謝りでタコライスとゴーヤチャンプルが用意されているという……なんともバツの悪い状況になってるのでは? 落語の最中に罪悪感MAX。オレはホント小さいなぁ。




 高座を降りる。担当者はニコニコ顔。ん? 買いに走ったんじゃぁないの? 「師匠! 改めてタコライスとゴーヤチャンプルを買いに……」。げ、やっぱり!? 「すいません! 余計なコト言って! 洒落なんです!(汗)」「いや……売り切れだったので、ミミガーの和え物を買ってきました!」。ミミガーっ!?


 訳もわからず、とりあえず彼女をハグしそうになった。なぜ代わりにミミガー? でもちょうどいいよ! ホッとしたよ! 気まずくならずに済んだよ! 最高のバランス感覚! 「ミミガー、大好きなんです!」。私は笑顔でハグをした(つもり)。


 帰りの新幹線。名古屋から新横浜までにビールを3本。てんむすにミミガーを二切れのせると、まるで翼が生えたよう。この可愛いヤツに乗って、どこまでも飛んでいけるような気がした。


春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。新刊書籍『人生のBGMはラジオがちょうどいい』(双葉社)が発売。ぜひご一読を!

※週刊朝日  2021年12月3日号


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