EXIT 兼近大樹と考える、幸せの連鎖を生む方法 「言葉の奥の部分を考えてみるだけで、絶対に優しくなれる」

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2021年12月04日 12:01  リアルサウンド

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EXIT兼近大樹が語る、幸せの連鎖

 お笑いコンビ・EXITとして活動する兼近大樹による初めての小説『むき出し』が話題を集めている。


(参考:【写真】シックな装いでインタビューに応えたEXIT 兼近大樹


 お笑いコンビの芸人として活躍する主人公・石山が、過去について回想するかたちで構成された物語。幼少期の貧しい家庭環境、祖父や父からの暴力、学校での居場所のなさ。悶々とした気持ちを抱えながら暴力をふるい、自分を正当化していく。そんな負のスパイラルから抜け出し、過去を自戒しながら新しい自分を作り出していく中で直面する、世の中の厳しい目。SNSによって浮き彫りになった分断への問題提起、生まれ変わろうとする人への寛容さ、そして他者を慮る気持ち――。無骨な文章で書かれたこの物語は、不寛容社会といわれる現代が抱える問題を浮き彫りにさせる。


 又吉直樹の書いた自由律俳句とエッセイによって、芸人の道へ導かれた兼近。「小説を書くために芸人になった」と公言する彼は初めての小説を書き終えた今、どんなことを思っているのだろうか。(タカモトアキ)


■小説を書く時期は待とうと思っていた


――先日、出演された情報番組の中で「小説を書くために芸人になった」と話されていました。小説家になることが目的であるならば、例えばアマチュアで書く、ブログに書いて書籍化を目指す、文芸賞に応募するなどいろいろな方法があるはずなのに、どうして遠回りとも思えるルートを選ばれたんですか?


兼近大樹(以下、兼近):初めて読んだ本は、又吉さんのものだったんですけど、その20歳当時、こうすれば小説家になれますよって知ることができる環境ではなかったですし、なれる方法を教えてくれる人は周りに誰1人いなかったんです。初めて読んだ本を芸人さんが書いてる、その本がめっちゃ面白い、面白い人になったら本が書けそうだな……って連想していくと、芸人になるしかないですよね?(笑)


――そのルートしか、小説家になる術がないと思っていたんですね。実際、芸人になってから、小説を書いている人があまりいないことに驚いたんじゃないですか?


兼近:そうですね。又吉さん、特別なんかい! イロモノなんかい!って思いました。


――芸人になってすぐ、小説は書き始めなかったんですか?


兼近:書き方はわからないながらも、なんとなくは書いていました。設定のメモ帳とか作って。


――例えば、どんな設定で?


兼近:当時、AKB48が世の中に出てきた時期でアイドルブームだったので、地下アイドルの話を。あのメモ、まだ残ってるかな? 地下アイドルを応援してるオタクが、そのアイドル1人ひとりと関わっていくっていう話で。警察官の娘、警察官が誤認逮捕したチンピラの娘、チンピラの恩師だった先生の娘……本人たちは気付いてないけど、アイドルグループのメンバーが水面下でいろいろとつながっていて。当時知ったばかりで、オムニバス、かっけぇ!みたいな時期だったんで、一丁前にオムニバス形式の話にしようとしてました。で、最終的にオタクはそのグループを応援し続けて卒業コンサートを迎える! 泣ける!みたいな、そんな雑なものを考えてましたね。


――ちゃんとプロットを考えていたんですね。


兼近:けどまぁ、すぐに小説を書けなかったのは(芸人として書けるところまで)到達してなかったから。NSCのスタッフさんとか作家さんに「売れてからじゃないと本は書けない」と言われて、現実を突きつけられたというか。その頃は芸人という仕事も好きになってきてたので、ひとまず真剣にお笑いをやってみて、小説を書く時期は待とうと思っていました。


■編集者さんのおかげで人前に出せる小説になった


――今作の構想は、いつくらいから持っていたんですか?


兼近:芸人を題材にしたいっていうのは、芸人になった当初からありました。俺が芸人になってすぐ、又吉さんが『火花』を出して。“芸人の話じゃん。芸人を題材にするってアリなんじゃん!”と思って嬉しかったりもしましたけど、題材が確定したのは1年半くらい前だと思います。


――それまで文章を書いた経験は、ほとんどなかったそうですね。小説を書くこと、描写はもちろん、登場人物の思考や心情を読者へ明確に伝わるように書くのは、初めての人にとってすごく難しい作業だったんじゃないかなと思うのですが。


兼近:マジでむずいっすよね。お笑いって、それこそ面白いポイントを考えていく作り方じゃないですか。けど、小説は読み手に任せなきゃいけないところもある。俺としてはこう書くとこう読んでもらえるし、面白くなるだろうなと考えたとしても、みんながみんな、そう読むわけではない。伝わらなければ、ただの駄文が並んでいるだけになっちゃうって。客観的な視点が欠如してるので、(それを表現するのが)めちゃくちゃ難しかったです。


――では、どんなところから書き進めていたんですか?


兼近:なんとなくパートごとに書いて。これをこっちに持ってきて、これをこうしたらこういうふうに変わるのか、ここは一旦置いといてこっちを完成させておこうとか、パズルみたいな感じで当てはめていきましたね。で、まず登場人物のキャラクターを作ることを優先して、そのキャラクターが最後に伝えたいことをきちんと表現できるように考えて書いていきましたし、そこに編集者さんという客観的な視点が入ることによって、より伝わりやすく、人前に出せる小説になったと思います。やっぱり誰かに見てもらわないとわからない部分ってありますよね。お笑いのネタも一緒です。お客さんに観てもらってウケなかったら変えていってブラッシュアップしていくものなので。あと、合間に入るラジオのトークはどうしても入れたかったんですよ。


――作中にある太字の部分ですよね。あれはどういう意図があって入れたんですか?


兼近:現実とリンクさせたいと思っていたからです。そこに、今まで俺が言ってきたこと、コスりネタをブチ込みました。1年目の時とか雑誌やテレビ、ラジオ、営業……ありとあらゆるところで口にしたことや自分の考えをそのまま書き出したので、EXITの感じが出てるんです。だから、ファンの人や昔から俺のことを見ている人は、こういうこと言ってたなって感じるんじゃないかなと思います。


■誰かを導くなんておこがましいことだと思う


――主人公の石山は幼少期からいろいろな問題を抱えて、精神的にも肉体的にも人を傷つけてしまいます。そんな彼の行動は自分で自分を傷つけている、ある種の自傷行為のように感じられました。そして、石山と同じような思考に陥っている若者は、現実にもたくさんいるんじゃないかと感じたのですが。


兼近:そうだと思います。でも、誰もそんな彼らを救えないですよね。だって、当事者は自分で自分を傷つけているという意識はなく、ただ単に自分が思っていることをそのまま実行しているだけだから。自分自身が苦しんでいると気づくことができないんですよね。


――そんな人に対して、周囲は何をしていけばいいんでしょうね。


兼近:かつてそういう経験をしてきた人がそばにいて見守ってあげることしかできないのかなって。どうしてもダメなことをやってしまって、外れてると感じたなら止めればいいし、外れることもその子の人生だと思うなら突っ走らせるしかないんですよ。誰かを導くなんておこがましいことだと思うので、そばで見守ってその子が助けてほしいと思ったタイミングで手を差し伸べる。そういう状況を、社会全体で作っていくしかないのかなと思います。そもそも、苦しんだ過去を持っている人がいるなら、そういう人のことを考えた社会づくりをすりゃいいだけの話じゃないですか。そういう社会になってないということは、苦しんだ経験がある人自体、少ないのかなと思いますよね。


――迷いみたいなものから抜け出せないまま、大人になっている人も多いでしょうしね。


兼近:確かに、みんなそうなのかもしれないですね。楽しいことに目を向けて頑張っていくことは大事だけど、すぐにはなくならないですよね、もやもやした感情って。ただ、みんなが持っているんだと感じることで、少し救われるところはあるんじゃないかなと。


――そういう意味では、石山は不遇に陥った時、自分より恵まれてない人がいることはわかっていると自分自身で言い聞かせていきます。あんなふうに自分と誰かを比較する思考は少し危ない気がしました。


兼近:そう思います。俺はしないですからね、そんなことは。石山なら「俺よりザコいヤツがいるからマシじゃん」って思ってますけど、正直、危うい。だって、優劣をつけている段階で分断は生まれているわけですから。


――ほかにも貧乏か裕福かを比較したりと、石山はずっと何かと比較してますよね。そういう心理的描写を多くしたのは、世の中で起こっている不寛容による分断を意識してのことだったんですか?


兼近:そうだったのかなぁ……いや、そこまでは意識してなかったかもしれないですね。誰かと比較して苦しむ……石山は本当にすごくやってますよね。ただ、比べることで楽にもなるし、苦しくもなるしっていう一般的な思考というか。俺もそうしないようにしてるけど、例えば「あいつのほうが俺よりウケてるな」って思ったり、無意識に比較してしまっている時は絶対にあります。そういうSNS社会の縮図みたいな感情を表現したくて、嫌だなと思うくらい、ああいう描写を濃く入れました。


――確かにSNSの普及によって、自分の意見と相入れない意見を排除する不寛容社会が色濃くなっている気がしますよね。


兼近:ずっとあったものが、表面化してきてる感じがしますよね。そして、一瞬の気持ち、ただの一面にしか過ぎないことが、その人の全てのように扱われてしまう。魚拓とか言って、一瞬の言葉を残されて。けど、それがその人のすべてなわけがないんです。例えば、誰だって“だりぃな”とか口にしてしまうこともあるじゃないですか。で、「お前、いっぱい仕事もらってるのに、だるいってどういうことだよ」とか「お前がやってる仕事も、ほかにやりたかった人がいるんだぞ。ふざけるな」とか言う人っていますけど、“だりぃな”の言葉の奥に何があったのかを考えてみることが大事なんじゃないかなって思うんです。本当はやりたくなかったけれどやらなければいけなかったとか、うまくいかなかった自分に対して言った言葉だったのかもしれないとか。


――一方的に責めたり、揚げ足を取ったりするような言い方ではなく、寛容に考えてみると。


兼近:奥の部分を考えてみるだけで、絶対に優しくなれると思うんです。自分が不利益を被って、“お前とは一生付き合わない”と思うこともあるじゃないですか。けど、嫌なことをされたからって関係を終わらせるのではなく、そこからどんなふうに関係を展開させていくかを考えていきたいですよね。友達同士でもそう。何かされて、“あいつ、最低だよね”っていう考え方をするんじゃなく、その人がどういう理由でやったのかを考えることが重要だと思いますし、この本からもそういったことを感じてとってもらえたら。


■不幸の連鎖だけじゃなく、幸せの連鎖も描きたかった


――兼近さんと同じように、石山も本との出会いによって芸人への道が開かれていくわけですが、本はいいものですか?


兼近:俺にとっては、素晴らしいものだったかもしれないですね。現にこうやって小説を出すことができましたし、俺自身が生きてきた中にある物語も本から始まったように思うので。けど、それが本じゃなくてもいいのかなと。俺の場合は本だったというだけで、ほかの人にとっては映画かもしれないし、観劇かもしれない。俺、偉い人のありがたい話より一発のエンタメの持つ影響力のほうがデカいと思うんですよ。俺自身、小学校6年間で受けた授業より、15分の読書によって人生が変わってるわけですから。


――特に、芸人は笑いを軸にいろんな挑戦ができる職業ですし。


兼近:お笑いはすごく素晴らしいものだと思います。なんとなく飛び込みましたけど、真剣に人を笑わせることを考えられる、めちゃくちゃ素晴らしい世界に来たなって。こんなに難しくて楽しいことはないですよ。大好きです。


――同じネタでも、お客さんの反応は毎回違いますし。


兼近:お客さんの前でやってたそのネタも、1年経ったらまったく違うものになっていたりする。お笑いも最高のエンターテイメントの1つだし、僕らのチャラ男漫才がみなさんの足しになっていれば嬉しいです。石山が又吉さんの本によって気づきを得るっていうのは、誰かに救われた誰かもまた、誰かに救われているんだっていう連鎖を表したかったから入れたんです。俺も又吉さんの本を読んだことで芸人を目指しましたけど、又吉さんも又吉さんで太宰治によって救われたと本の中に書いてあるんですよね。不幸の連鎖だけじゃなく、そんなふうに幸せの連鎖っていう希望があることも知ってほしかったんです。


――本を読むという些細なきっかけで、人生がいい方向へと変わっていく。思考の変換みたいなものは大事ですよね。


兼近:そうですね。ただ、いい方向というのは誰にとっての“いい”ものなのかは難しいところですよね。だから、正解みたいなものは書けなかったんですけど、この本を読んでちょっと考えてもらって、ちょっと人に優しくなってもらえたら。俺が導くんだとか、この本で人を変えるんだみたいなことではないんですけど、この本がちょっとでもみなさんの栄養になれたらいいなとは思ってますね。


(タカモトアキ)


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