田島亮、あの一件から8年ぶりにテレビ復帰 救世主は藤井道人監督

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2021年12月05日 09:10  ORICON NEWS

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写真カンテレ・フジテレビ系で放送中の“月10”ドラマ『アバランチ』に出演している田島亮 (C)ORICON NewS inc.
カンテレ・フジテレビ系で放送中の“月10”ドラマ『アバランチ』に出演している田島亮 (C)ORICON NewS inc.
 カンテレ・フジテレビ系で放送中の“月10”ドラマ『アバランチ』(毎週月曜 後10:00)に第4話より登場している毎朝ジャーナル記者・遠山役の田島亮。ある大きな過ちから、芸能活動を自粛。8年ぶりに映像作品への出演を果たした。救いの手を差し伸べたのは、映画『新聞記者』(2019年)で一躍、日本映画界における最重要人物の1人となり、『アバランチ』の脚本・演出も手がける藤井道人だった。ORICON NEWSの取材に、田島は自らの経験をさらけ出し、そこから学んだことを熱く語ってくれた。

【写真】俳優たちからの信頼厚い藤井道人監督

――2013年、出演舞台『効率学のススメ』に開演時刻の勘違いで遅刻し、公演が中止に。その後、4年間、活動を自粛されていたとのことですが…。

【田島】はい。新国立劇場の舞台に穴を空けてしまったわけですから…。演劇文化にとても尊敬の念を抱いていた、なのに自分は泥を塗ってしまった。そして、多くの人に迷惑をかけ、応援してくれた人たちを裏切ってしまった。芸能活動を自粛するのは当然のことだし、「よくここまで成長して戻ってきたな」と言ってもらえるような戻り方ができるまでは復帰できないと思っていました。

――2017年に演劇ユニット「serial number」のメンバーとして舞台に復帰するまで、何をしていたんですか?

【田島】2013年の一件があった時に、藤井さんから「これからどうするの?」と連絡をいただいたんです。「しばらく休みます」と答えたら、「映画でも作ったら?」と励ましてくれたんです。

 藤井さんとは彼がまだ日本大学芸術学部映画学科の学生だった時に、自主制作作品に僕が出演したのがきっかけで知り合って、その後、藤井さんがやっていたワークショップに参加していくうちに仲良くなっていったんです。藤井さんのひと言で、出る側から作る側としてエンターテインメント業界に踏みとどまることができました。

 そこから3本ほど自主映画を撮ってみたはいいけど、300万円ぐらいの借金を抱えてしまったんです。親からもお金を借りてて。ただのクズですよね(笑)。どうしたらいいのか迷っていたら、劇作家で演出家の詩森ろばさん(映画『新聞記者』などの脚本家)が「自分の一番やりたいことをやるために何をすべきなのか、ライフデザインをしなさい」とアドバイスしてくれた。それから、僕は監督と脚本はすっぱりあきらめて、俳優としてやっていこうと決めた。そのために何をすべきかを考えたら、まずはお金を稼いで借金を返済することだと思ったので、藤井さんたちがやっている映像集団「BABEL LABEL」で働かせてもらい、藤井さんと一緒にミュージックビデオを撮ったり、CMや映画を作ったりしていました。借金の完済まで3年かかりました。お金を稼ぐ苦しさと、楽しさを学ばせてもらいました。

■俳優を続ける理由

――俳優で戻ると決めた理由はあるのですか?

【田島】ポレポレ東中野(東京・東中野にあるミニシアター)で『標的の村』(2012年)という沖縄の米軍基地問題のドキュメンタリー映画を観て感銘を受け、現地まで詩森さんと取材に行ったんです。そこで運動に参加していた農家の方が「なぜ、政治的な運動に参加するのか?」と聞かれて、「世の中に政治的な運動じゃないものなんてありません。僕が農家をやってることも政治だし、基地闘争に参加してることも政治です」と、堂々と答えていらっしゃったのを目の当たりにして、ズシンと自分の心に響いたんです。自分に置き換えたら、僕が演劇をするのも政治だし、休んでることも政治だし、復帰することも政治だし、ただ自分がやっていることに対して責任を持つ覚悟があるかどうか、周りから何を言われても自分で受け止められるかどうか、ということに気づかせてくれた。その沖縄取材を経てから、なぜ自分は舞台に立ちたいのか、なぜ役者でいたいのか、誰に何を言われても答えられる自分になろう、そういう自分の軸を持つことができて、結果、復帰できたのが2017年だったんです。

――テレビ復帰にはさらに時間がかかりましたね。

【田島】ありがたいことに声をかけてくださる方もいたのですが、自分の中でまだ、今じゃないんじゃないか、という思いがずっとあって…。実は去年、出演した舞台でものすごい挫折を味わったんです。ちょっと、その…、役者をあきらめた方がいいんじゃないかと思うくらい、情けない芝居をしてしまって、すごく落ち込んでいたら、また藤井さんが励ましてくれて。今度、テレビドラマをやるんだけど、出ないか、と。

――それが『アバランチ』なんですね。藤井監督は、田島さんの救世主ですね。

【田島】監督としての藤井さんは、人の良いところを見つける天才だと思いますし、役者の一番良い芝居、表情を切り取る天賦の才がある。藤井監督ならきっと魅力的に撮ってくれる、と信頼できるから役者たちにも慕われるんです。そこに、経験に基づくロジックが加わって、いま最強の域にいるんじゃないでしょうか。そんな藤井さんと、仲間・友達として付き合ってきて、お互いに気兼ねなく話をできる間柄ですけど、監督と俳優という関係性において話は別だと思っていました。相手はいまや売れっ子だし、僕は全然くすぶってるし。藤井監督作品に俳優として出演する自分が全くイメージできなかったので、『アバランチ』の話を聞いた時は内心びっくりしていました。

――テレビドラマに復帰していかがでしたか?

【田島】「BABEL LABEL」で裏方の仕事をさせていただき、撮影や照明、美術、メイクなど、俳優部以外の人たちの仕事を知ることができたおかげで、撮影現場の景色が全然違って見えました。最終的にテレビ画面に映っているのは僕たち俳優ですが、多くのスタッフがそのシーンを成立させるために力を尽くしてくれていることに気づけたし、それを信じられるし、『アバランチ』の撮影現場に行くのが本当に楽しみでした。

――あの一件、その後の藤井監督や詩森さんなどとの出会いを経て、学んだことは?

【田島】20代前半は「売れたい」という気持ちがすごく強くて、でもなかなか思い通り「売れる」ことはなくて、オーディションに落ちるたびに気持ちの落ち込みも半端なかった。おまけにせっかく手に入れた大きな舞台でしくじってしまいました。でもその後、詩森さんとの劇団活動、藤井さんの「BABEL LABEL」の元での裏方仕事を経て、生きる喜びはもっと深いところにあると知りました。

 今は、自分なりに、明日もし死んだとしても、生きててよかった、幸せだったと思えるように毎日を生きる、それを一番の目標にしています。『アバランチ』に参加させてもらって、次、また次へという意欲はありますが、『アバランチ』で終わったとしても悔いはない。そう思えるような芝居をしようと思って臨んでいましたし、これを一つひとつ続いていけたらいいな、と思っています。こんな自分に手を差し伸べてくれた人、大切なことを教えてくれた人、チャンスを与えてくれたたくさんの人に、本当に感謝してます。これからも一生懸命に、うまくいかなかったことも次に生かして励んでいきたいと思っています。

このニュースに関するつぶやき

  • クスリは復帰出来て浮気や遅刻はダメって倫理的にどうかしてるよな
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  • 寝坊で1回公演中止すると4年謹慎。槇原敬之は覚醒剤所持してても1年で復帰ってなんかおかしくないかかと芸能界のルールはわからんな。
    • イイネ!15
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