ふたり合計43勝。12年ぶりに復活を遂げる新田守男と高木真一のゴールデンコンビの軌跡

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2022年01月24日 21:21  AUTOSPORT web

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写真2002年にコンビを組みチャンピオンを獲得したときの新田守男と高木真一
2002年にコンビを組みチャンピオンを獲得したときの新田守男と高木真一
 1月24日、スーパーGT GT300クラスに参戦するK-Tunes Racingは、インターネット上で2022年の参戦体制を発表した。このなかで、ファンのみならず関係者をも驚かせたのが、2002年のチャンピオンコンビである新田守男と高木真一のコンビの復活だ。JGTC全日本GT選手権時代の1999年から、スーパーGTとなった2010年までコンビを組み、2002年にはGT300チャンピオンを獲得し、それぞれ新田が3回、高木が2回の王座を獲得した“ゴールデンコンビ”が12年の刻を経て復活することになった。

 現在でこそ谷口信輝/片岡龍也のコンビなど、長い期間組んでいるドライバーコンビは多いが、JGTC/スーパーGTの歴史のなかで“名コンビ”とも言える最初のコンビが新田守男と高木真一のコンビだろう。新田はJGTC初年度の1994年にデビュー。1996年にはGT300で初タイトルを獲得している。

 一方高木は1998年、GT500でデビュー。翌年、アメリカで活動を計画していたが実現せず、1999年第2戦から、当時つちやエンジニアリングが走らせていたモモコルセ・アペックスMR2のドライバーに招聘され、ここで初めて新田とコンビを組んだ。このデビューレースとなった第2戦富士ではいきなり優勝を飾り、その年、第1戦に出場していなかった高木はチャンピオンにはなれなかったが、新田がチャンピオンとなった。

 翌2000年、アペックスのメンテナンスとなり車両もMR-Sにスイッチ。第1戦から第3戦までは別のドライバーが乗っていたが、第4戦から高木がふたたび招聘され、第7戦で優勝。さらに2001年にも1勝を飾ると、2002年は第1戦TIサーキット英田(現岡山国際サーキット)で優勝し開幕ダッシュに成功。新田にとって3回目、高木にとって初めてのGT300チャンピオンを獲得した。

 2003年からはASLガライヤにスイッチし、初年度こそ車両開発に苦戦を強いられていたものの、2004年は2勝を飾りランキング2位。2006年はガライヤの活動休止でTOY STORY Racing MR-Sをドライブしたが、2010年まで毎年優勝を飾り、チャンピオンを争う存在に。この頃には、言葉を交わさずとも分かり合えるようなコンビネーションで、成績も相まって多くのファンに“ゴールデンコンビ”と称されるようになった。

 ふたりのコンビは2010年がラストシーズンとなり、2011年からブリヂストンにスイッチしたARTA Garaiyaは高木真一と松浦孝亮がドライブすることに。新田はaprで国本雄資とCOROLLA Axio apr GTをドライブすることになり、12年間のコンビは“解消”することになった。

 ただその後も、新田がaprのプリウスGTをドライブすれば、高木がARTA CR-Z GTをドライブし“ハイブリッド対決”になったり、2018年は新田がK-tunes RC F GT3、高木がARTA BMW M6 GT3でそれぞれ2勝を飾り、最多勝記録20勝で伸ばし合い、2019年にはタイトルを争うなど、不思議な“縁”もあった。

 Youtube上での発表時は“復縁”とも語っていたが、2022年、ふたりは2010年以来となるコンビを結成する。奇しくも2018年、K-Tunes Racingはふたりの対談動画も掲載していたが、そんなチームでのコンビ復活となる。通算22勝の新田は55歳、通算21勝の高木は5月に52歳となるが、GT300の歴史そのものとも言える大ベテランコンビがどんな活躍をみせてくれるか、楽しみにしたい。
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