雪衣は視聴者の分身? 『カムカムエヴリバディ』で感じる朝ドラが持つフィクションの力

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2022年03月27日 06:31  リアルサウンド

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『カムカムエヴリバディ』(写真提供=NHK)

 終わりが迫りつつある『カムカムエヴリバディ』(NHK総合、以下『カムカム』)だが、筆者にとって本作は、時間の手触りが感じられる連続テレビ小説(以下、朝ドラ)だ。


【写真】『カムカムエヴリバディ』第103話、五十嵐(本郷奏多)の登場にひなた(川栄李奈)が動揺


 3人のヒロインを通して100年の物語を描く本作は、日本でラジオ放送が始まった1925年に安子(上白石萌音)が生まれる場面から始まり、娘のるい(深津絵里)、孫のひなた(川栄李奈)へと物語が引き継がれていく。


 現在はひなたの物語が大詰めを迎えている。条映太泰映画村で働くひなたは、外国人ツアー企画を提案するため、幼少期に挫折した英会話に改めて挑戦するが、3カ月コースで入った英会話スクールでは良い成果を得られない。


 一方、るいは、ひなたがラジオを聞かなくなって以降も、毎朝、NHKのラジオ英語講座を聴き続けていた。年月にして17年間、番組を聴き続けていたるいは外国人客とやりとりできるくらい英語が堪能になっていた。


 コミカルでさらっとしたやりとりだが、ひなたが子供から大人へと成長していく物語の裏側で、回転焼きを作りながら子供たちを育て、毎朝、ラジオで英会話講座を聴いていたるいの生きてきた「時間の痕跡」が一瞬、垣間見えたように感じた。


 るいがラジオの英会話講座を聞き続けていたエピソードのような、時間を感じさせる場面が『カムカム』には多い。


 かつてのライバルで友人だったトランペット奏者・トミー北沢(早乙女太一)のCDをずっと買い続けている父・錠一郎(オダギリジョー)。子供の頃から小夜子(新川優愛)に片思いしている弟・桃太郎(青木柚)。


 付き合って年月が経つが、なかなか状況が進展しないという恋愛も本作では繰り返し登場する。


 1日1日で起きることは代わり映えのしない小さな出来事だが、それが1年、10年、20年と続いていくと大きな意味を持つようになる。特に片思いのような一方的な感情が相手に届かないという状態が何年も続くと、そこに巨大な情念の渦のようなものが生まれてしまう。長い時間の中で時代と人間関係の変化を紡いできた『カムカム』は、小さな物語の中で燻っていたわだまかりの連鎖が、やがて大きな出来事へと修練していく。そのピークとなったのが第20週だ。


 第95話。算太(濱田岳)の遺骨を抱えて岡山の雉真家へ家族と共に里帰りしたるいは、叔父の勇(目黒祐樹)と雪衣(多岐川裕美)と再会する。


 ここでひなたは祖母の安子と雉真家の間に起きたことを改めて聞かされる。ひなたの疑問に勇たちが答えていく場面はミステリー小説における謎解きパートのようだが、真相を知らないのはひなたたち大月家の人々だけで、視聴者にとっては安子編の結末で見てきた物語の再確認となっている。


 『カムカム』の面白さは“逆ネタバレ”とでも言うような状態が延々と続いていることで、ひなたたちの歴史や人物相関図については視聴者の方が実は詳しかったりする。


 だから勇と雪衣の語る言葉に目新しい要素はほとんどない。だが、2人の後悔は、はっきりと伝わってくる。その意味でもこの岡山編は『ファミリーヒストリー』的な謎解きというよりは、各登場人物の中にある抑圧された感情の交通整理といった感じで、懺悔による集団セラピーを見ているかのようだった。


 第97話。岡山で迎えた終戦記念日に、るいは父・稔(松村北斗)の幽霊と再会し、ひなたはNHKラジオ英語講座講師・平川唯一(さだまさし)の幽霊(?)から英語を学ぶ上で大切なことを教わる。


 英語が喋れるようにならないと悩んでいるひなたに対して平川は「み〜んな、英語の赤ちゃんなんですから」と伝え、赤ちゃんが言葉を覚えるように英語を習おうと言う。


「ただ全てを急がずに無理をしないで自然に覚えられるだけ、一日一日と新しいことを覚えていけば」


 平川は英会話を学ぶ姿勢について、こう語る。これは、大部屋俳優の伴虚無蔵(松重豊)の「日々鍛錬し、いつ来るともわからぬ機会に備えよ」という言葉にも通じる考え方だが、一日一日の地道な積み重ねが、やがて本人にとって大きな意味を持つということを、本作は形を変えて描いている。


 雪衣にとっては、第1作の『娘と私』から延々と観続けている朝ドラがそういう存在だった。


「好きなんじゃ。1日15分だけのこの時間が」
「たった15分。半年であれだけ喜びも悲しみもあるんじゃから、何十年も生きとりゃ、いろいろあってあたりめぇじゃ」


 第98話。同じように朝ドラを見続けている錠一郎に対して雪衣はこう語る。おそらく雪衣は、朝ドラを観ている視聴者の分身なのだろう。何より、雪衣にも劇中では描かれていない時間が確かに存在したことが伝わってくる台詞で、ここにも時間の手触りを感じた。


 1日15分という朝ドラを観ている時間が、彼女の人生に何をもたらしたのかはわからない。だが、若い時よりも穏やかな顔となった雪衣を見ていると、1人の女性の時間に長く寄り添ってきた朝ドラが持つフィクションの力は決して侮れないものだと、改めて感じる。


(成馬零一)


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