法務省が導入検討「電子令状」で、捜査はどう変化する?

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2022年06月04日 09:31  弁護士ドットコム

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「司法のIT化」について、民事裁判の提訴から判決までの手続きをすべてオンラインでできるようにする改正民事訴訟法が5月18日に国会で成立したが、どうやら刑事分野も本格的に動き出しそうだ。


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法務省は、刑事手続きのIT化として、逮捕や捜索・差押えで必要な令状をオンラインで請求して発付する「電子令状」を導入する方向で検討を始めたと時事通信(5月29日)が報じた。



現行法上、逮捕状や捜索差押許可状などの令状は書面で請求するよう明記されている。このため、捜査機関としては令状発付を受けるために、裁判官に資料等を持参する必要があった。「電子令状」が実現すれば、「令状を取りに行く」という負担や時間ロスも減りそうだ。



その場合に気になるのが、すでに存在する「令状なしでも可能な強制捜査」の今後だ。



「現行犯逮捕」「緊急逮捕」「逮捕に伴う捜索・差押え」がその例だが、「電子令状」の導入で「令状を取ってる時間的余裕がない」というケースが減るとして、これらはどのように扱われるべきなのだろうか。元検事の荒木樹弁護士に聞いた。



●「時間がかかる」令状請求・発付を「例外運用」で補う現状

——「令状なしでも可能な強制捜査」が現行法でも認められている趣旨とは何でしょうか。また、現場ではどのような運用になっているのでしょうか。



憲法は、刑事手続について、人権保障のために、厳格な規制を定めています。



逮捕について、憲法33条は、現行犯逮捕の場合を除き、裁判官の発した犯罪を明示する令状(逮捕状)によらなければ、逮捕されることはないと定めています。



ただし、これを厳格に適用すると、現実の捜査現場では「きゅうくつ」な場面があります。



典型例は、パトロール中の警察官が1カ月前に盗難された車両を偶然発見し、職務質問の結果、運転手が窃盗犯人として容疑が濃厚であるにもかかわらず、現場から逃走を図っているような場合です。



この場合も逮捕状による逮捕が原則ですが、逮捕状の請求・発付までは、時間がかかります。



冬場の北海道であれば、最寄りの裁判所の移動まで数時間かかるケースはいくらでもありますし、そこまで極端でなくても、犯罪事実を文章で記載した逮捕状請求書の作成、裁判所までの移動、令状審査というプロセスに、ある程度の時間を要することは容易にわかると思います。



逮捕状がない限り、逃げようとする容疑者に対しては、任意の説得しかできません。



そのような場合に備えて、現行の刑事訴訟法は、「緊急逮捕」(刑事訴訟法210条)という制度を定め、一定の重大な犯罪について、逮捕状請求をする時間的余裕がない場合に、令状なしでの逮捕を認めています。



しかし、緊急逮捕の制度については、「憲法違反ではないか」という批判があります(判例は合憲)。



また、憲法35条は、「憲法33条の場合を除き」、捜索する場所・捜索する物を明示する裁判官の発する令状がなければ、捜索・押収はできないないと定めています。



この「憲法33条の場合」については、拡大解釈されており、逮捕の際の被疑者の身体に対する捜索だけでなく、被疑者が逮捕された居室や、逮捕現場から被疑者が移動した別の場所や、逮捕現場にいた第三者に対する捜索も行われることがあります。



そして、判例の多くは、そのような捜索は違憲・違法ではないとしています。



●「緊急逮捕は廃止を検討すべき」

——「電子令状」の導入で、「令状なしでも可能な強制捜査」はどのように変わり、また変わるべきでしょうか。



将来、電子令状が認められた場合、このような令状なしによる逮捕・捜索については、制度としての必要性が著しく低下します。



刑事事件の捜査は、公共の福祉の維持・事案の真相の解明と、基本的人権の保障のバランスのもとで行われるべきものです(刑訴法1条)。



令状なしによる逮捕・捜査は、基本的人権の制限ではありますが、緊急時に、令状発付までの時間がかかるため、被疑者が逃亡したり、証拠が散逸するおそれがあるという理由から認められた制度です。



今後、IT機器による遠隔地からの令状請求・令状発付が認められた場合、警察官の移動時間が短縮されるだけでなく、裁判官がIT機器を通じて捜査現場を確認することも技術的に可能ですし、そのようにすべきです(現在でも、裁判官が、令状請求書で不明確な事実関係を、電話で警察官に確認することは広く行われています)。



電子令状の導入により、裁判官による令状発付は、時間短縮となる上、真相解明のために一層適正化されると見込まれますので、「令状に基づく捜査」という原則をより徹底すべきと思われます。



他方で、緊急逮捕は、「逮捕状を請求する時間的余裕がない」という場合が非常に考えにくくなりますので、刑訴法の改正に伴い、廃止を検討すべきです。



同様に、逮捕に伴う捜索・差押えについても、裁判官による令状審査が極めて容易になりますので、従来の拡大解釈を改め、厳格な解釈に基づいた条文の改正をすべきではないかと思います。




【取材協力弁護士】
荒木 樹(あらき・たつる)弁護士
弁護士釧路弁護士会所属。1999年検事任官、東京地検、札幌地検等の勤務を経て、2010年退官。出身地である北海道帯広市で荒木法律事務所を開設し、民事・刑事を問わず、地元の事件を中心に取り扱っている。
事務所名:荒木法律事務所
事務所URL:http://obihiro-law.jimdo.com


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