CMでのカバー曲に求められるボーカルの特徴は? Hump Back 林萌々子、GLIM SPANKY 松尾レミ、スカート 澤部渡らの共通点

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2022年06月06日 12:01  リアルサウンド

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GLIM SPANKY「ウイスキーが、お好きでしょ」

 何気なくテレビを見ていると思わず目を留めてしまうCMがある。例えばそれは、よく知ったメロディが知らない声で歌われるCMソングが理由かもしれない。


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 4月23日よりオンエア中の大塚製薬「オロナミンC」のCMソングはHump Backの林萌々子が担当し、NHKの同名人形劇のテーマソング「ひょっこりひょうたん島」を歌唱。パンキッシュなサウンドと林の歯切れ良いボーカルで、原曲の印象をがらりと変えたのがこのカバーだ。印象的なサビはCMでは流れていないが、耳馴染みのあるメロディがフレッシュなイメージに刷新され、不思議な高揚感をもたらしてくれる。福本莉子が出演した清涼感溢れるCM映像含め、全年齢層にリーチし得る内容だ。


 GLIM SPANKYは2022年4月からサントリー「角瓶」のCMで「ウイスキーが、お好きでしょ」を歌唱。石川さゆりが1991年にSAYURI名義でリリースした原曲は、2007年にリバイバル使用されてから15年近くこのCMで歌い継がれてきた。今回のカバーではGLIM SPANKYらしいブルースロックの色気を纏った演奏と松尾レミ(Vo/Gt)のハスキーな歌声が大人びた詩情を呼び起こしている。また、歌謡曲のリアレンジというトライを行ったことでバンドの新たな魅力を引き出しており、単に名曲カバーの域にとどまらない意義深いものになった。


 スカートはサントリー「金麦」のCMで「ビタースウィート・サンバ」を演奏。こちらも長らく同CMで使われてきたジャズナンバーだが、このカバーではスカートの持ち味であるソフトロックサウンドで軽やかな編曲を施した。ハミングのみの歌唱でも澤部渡の歌声は清らかで、シマダボーイが叩くパーカッションの響きも心地よい。60年代のポップスとも接続した楽曲を作るスカートという最適な抜擢であり、馴染み深いメロディだからこそ長年同じメンバーで培ってきたバンドアレンジの旨味を感じ取れるはずだ。


 これらの起用アーティストを振り返ると、やはり声の記名性が重視されていることが分かる。あえて原曲とは違う声で名曲を届けることを選ぶとするならば、個性的かつ求心力を持つボーカルであることは欠かせないだろう。また、新たな解釈をもたらすなど思いがけない効果や発見をもたらすケースも多い。


 例えば中村佳穂が資生堂の創立150周年を記念したCMで歌った堀内孝雄「君のひとみは10000ボルト」。これは1978年の資生堂「ベネフィーク」のキャンペーンソングであり、過去の広告イメージをオマージュした今回のCM映像にもよく合っている。ストリングスによる晴れやかなアレンジと中村のパワフルな歌唱により、時を超えて「美しさとは、人のしあわせを願うこと。」というキーメッセージを届けようとする思いを感じる。


 サントリー「ほろよい」のCMではtofubeatsの「水星」と小沢健二 featuring スチャダラパー「今夜はブギー・バック(nice vocal)」をマッシュアップした楽曲を使用。ダンサンブルな原曲のビート感と流麗なメロディを活かし、ローファイ・ヒップホップ的な解釈で再構築したこのカバーはチルアウトを推奨するようなCMのビジュアルによく合っている。「水星」は2012年、「今夜はブギー・バック」は1994年と異なる年代にリリースされた曲だが、パーティや音楽の楽しさ、踊ることの喜びと切なさを歌うという共通項を持ち、その普遍性がこの2曲を強く結びつけている。


 「今夜はブギー・バック」の歌詞にある時代を感じる言い回しや「水星」の〈Zipper〉や〈iPod〉などの具体的なワードチョイスなどは様々な世代に対して不可避なノスタルジーを訴求する。また2010年代にきのこ帝国、Shiggy Jr.としてシーンの前線を走った佐藤千亜妃と池田智子、2020年代に入って活躍が目覚ましいTENDREとkZmがボーカルを務めることで、2曲を次の時代へと受け渡すような仕上がりになった。


 BiSHのアイナ・ジ・エンドが「Galaxy 新生活応援キャンペーン」のために歌唱したのは、YUKI「大人になって」のカバー。この曲はYUKIが2012年にリリースしたベストアルバム『POWERS OF TEN』に未発表曲として収めていた楽曲。ファン以外には広く知られていた曲ではないが、CMのストーリー性とも重なって潜在的な楽曲の力を見事に引き出している。


 様々なメディアが展開される昨今においても幅広い年代にリーチできるテレビCMは、アーティスト側にとっても歌声や実力を世に広く届ける大きな機会だ。そんなマッチメイクで確かなクオリティの作品が生まれるのは必然的とも言える。中にはCMで流れるのみで、リリースされない曲も少なくないが、時代の産物、挑戦の成果として音源を残す曲が増えることを願っている。(月の人)


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