安田顕は作品のムードを補強する 『未来への10カウント』にみるサポート力

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2022年06月09日 09:01  リアルサウンド

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安田顕『未来への10カウント』(c)テレビ朝日

 いよいよ最終回を迎える『未来への10カウント』(テレビ朝日系)に出演している安田顕。木村拓哉が扮する主人公の親友・甲斐誠一郎役として要所要所で登場し、これまで素晴らしいはたらきを見せてきた。ボクシングを題材とした本作において、彼こそが最大のサポーターだろう。安田が登場するごとに、作品の強度がぐっと上がるのである。


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 本作は、人生に絶望していた主人公・桐沢祥吾(木村拓哉)が、母校の弱小ボクシング部の生徒たちとともに奮起していく学園スポーツドラマだ。かつて桐沢は天才的な高校生ボクサーとして名を成したものの、網膜剥離によりボクシングの道を断念。さらに最愛の妻と死別し、完全に生きる気力を失っていた。そんな桐沢の元にボクシング部のコーチの依頼が。やがて若者たちの熱意に触れ、彼もまた“未来”を夢見るようになるのである。


 安田が演じる甲斐とは、桐沢の一番身近な存在であり、一番の理解者。桐沢の幸福な姿も、人生に絶望する姿も、そのすべてを彼は見てきたのだ。「甲斐ボクシングジム」を経営しており、桐沢の相談にも乗るし、生徒たちへの指導も手伝う。つまり、登場人物たちの中でもっとも桐沢が信頼する人物なのだ。これはどういうことかというと、出番の多寡に関わらず甲斐こそが、桐沢が中心の物語において重要なコアになっているということである。実際、甲斐は桐沢の考えることの多くを汲み取っている。桐沢はまだ幼い生徒たちとのすれ違いが多く、教師たちともすれ違う。その中で誰よりも桐沢の真意を汲み取ることができるのが、甲斐という男なのである。彼が桐沢に代わって一時的にボクシング部のコーチを務めたくだりなど、まさにそれが表れていた。


 名実ともに日本随一のバイプレイヤーである安田は、本作でもナイスなポジショニングで主演の木村を、ひいては作品そのものを支えている。甲斐はクールな桐沢とは対照的で、ハツラツとしたムードメーカーだ。与えられたセリフ自体が明るいものばかりだが、それらは演じる安田を介すことでさらにポジティブなものになっている印象がある。声量や発する言葉の調子がシーンに合わせて的確であり、脚本上、各シーンで生み出されるはずのムードを彼が補強しているのだ。先述した、ボクシングコーチを一時的に務めたくだりが顕著だっただろう。本作での木村の演技が比較的静かなことや、相手にする俳優たちがまだ非常に初々しいものとあって、安田の演じる技術がより際立っているように感じる。技術のある者にしか、サポーターは務まらないのだ。


 主人公の一番の理解者の役といえば、安田は映画『とんび』でも似たような役どころを全うしていた。同作は、不器用な父と息子の絆を描いたヒューマンドラマ。短気でケンカっ早い父・ヤス(阿部寛)の幼なじみである照雲というキャラクターを安田は演じていたのだ。


 こちらでも、主演の阿部より一歩引いた立ち位置で各シーンのムード作りに貢献。盛り上がるシーンには必ずと言っていいほど“安田顕=照雲”の存在があった印象が強くある。白眉だったのが、ヤスの息子・旭(北村匠海)が婚約者の由美(杏)を故郷に連れてきたシーンだ。実は由美は子持ちのシングルマザーであり、頭の古いヤスは彼女と旭の関係に対し、あからさまに否定的な態度を貫徹。重苦しい空気が漂い、しだいにシリアスなものへ。ここで安田演じる照雲の出番というわけだ。いつも旭の味方だったはずの優しい彼は、急に由美に排他的な姿勢を取る。ヤスさえもが「言い過ぎだろ……」と思ってしまうほどの言葉を彼女に浴びせ、不器用な頑固オヤジの本音を引き出そうというのだ。安田の演技のトーンがそれまでと変わるため、観客である私たちは照雲が一芝居打っているのだとすぐに気がつく。かといってそれは、いかにもな嘘くさいものでもない。場合によっては観ていて白けてしまうものだが、そうはならない。安田は絶妙なバランスで、“劇中劇”を、それも一人芝居でやってのけているのだ。そのパフォーマンスだけでも見せ物として成立するほどである。本作でも安田が一番のサポーターであった。


 安田顕という俳優は、登場するごとに作品の強度を上げる存在だと冒頭で述べた。『未来への10カウント』においては桐沢だけでなく、甲斐もまた若い生徒たちに影響を与えている存在だ。それと同じように、若い俳優たちが追いかける存在は、主演の木村拓哉だけではないのだろう。いろいろな未来を夢見てしまう。


(折田侑駿)


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