坂口健太郎が映画愛をうたう 『今夜、ロマンス劇場で』が描く、“名画との出会い”の歓び

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2022年06月27日 08:01  リアルサウンド

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『今夜、ロマンス劇場で』(c)2018 映画「今夜、ロマンス劇場で」製作委員会

 たった一度しか観ていないはずなのに、いつまでも頭から離れず、その細部まで忘れられない映画があるーー。綾瀬はるかと坂口健太郎がダブル主演を務めた『今夜、ロマンス劇場で』は、そんな誰しもにあるであろう“名画との出会い”の歓びを描いた作品だ。映画を愛する者ならば、ぜひとも一度は「ロマンス劇場」を訪れていただきたい。


【写真】綾瀬はるかと坂口健太郎


 魅力あふれる古今東西の映画の中の登場人物たち。彼・彼女らに特別な感情を抱いた経験のある方は少なくないと思う。オードリー・ヘプバーン、マリリン・モンロー、イングリッド・バーグマン、ジョン・ウェイン、ジャン・ギャバン、マルチェロ・マストロヤンニ……(以下、筆者の偏愛俳優を数名)岡田茉莉子、バーバラ・スタンウィック、そしてつい先日亡くなったジャン=ルイ・トランティニャン。彼・彼女らが演じるキャラクターたちに映画を通して出会い、恋にも似た特別な感情を抱く体験は、創作物であるはずの映画の世界に真実味を与える。俳優たちの声と身体を借りて姿を現したキャラクターたちが、スクリーンの外側の世界(つまり私たちの住む世界)にも確実に存在するのだと信じることができる。これが一つの、“名画との出会い”ではないだろうか。


 『今夜、ロマンス劇場で』も同じように、一人の青年が映画のヒロインに特別な感情を抱くところから始まる。物語の舞台は1960年の日本。映画監督を志す青年・健司(坂口健太郎)は撮影所で働く日々を送りながら、馴染みの映画館「ロマンス劇場」の映写室で見つけた古いモノクロ映画『お転婆姫と三獣士』に登場するお姫様・美雪(綾瀬はるか)に思いを寄せていた。かつてこの映画は多くの観客に愛されていたが、観る者はもうおらず人々から忘れかけられている中、健司はただ一人で飽きもせずに観続ける。そんなある日、スクリーンの向こう側(映画の中)から美雪が登場。出会うはずのなかった二人は、同じ時間を過ごしていくことになる。


 『キートンの探偵学入門』(1924年)、『ローマの休日』(1953年)、『カイロの紫のバラ』(1985年)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)、『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年)、さらに、舞台となっている1960年代当時の日本の映画界を下敷きにして描かれる物語は、かなり滑稽だ。スクリーンから憧れのキャラクターが飛び出してくるだなんて、「子どもじみている」と言われたら否定はできない。しかし映画とは本来、そうした子どもじみているものなのではないだろうか。私たちの住む世界では起こり得ないことをスクリーンの向こう側に見出し、誰もが夢を託す。夢見がちな子どもの心を観客が完全に失っていれば、映画は精彩を欠いたものになるだろう。たとえ同じ一本のモノクロ映画であっても、一人ひとりの観客がそれぞれ補完している色彩があるはずである。


 本作に登場するお姫様・美雪はモノクロのまま健司の前に姿を現すが、やがてこちら側の世界の衣服とメイクによって色を得る。こうして美雪は現実世界に溶け込むことになるのだが、二人の住む世界はやはり違う。彼女は自分のことを“作られた存在”で、“人間を楽しませるために生まれた”と自覚している悲しき宿命を背負った女性。もし現実世界の人間に触れてしまえば、彼女は消えてしまう。だからしだいに健司と惹かれ合いながらも、二人は触れ合うことができない。健司と美雪の関係は「恋愛」のかたちを取っているが、その根底にあるのは人が人を想うこと、何かを強烈に想うことの美しさだ。この「何か」を「映画」に置き換えてみるとしっくりくる。本作は、映画を愛する青年と映画の中のお姫様の恋物語という設定を借りて、“映画への愛”を高らかにうたっているのである。「ロマンス劇場」の支配人(柄本明)の「人の記憶に残る映画なんてほんのわずかだ」という言葉がとても印象深い。健司はそんな自分にとっての“名画”に出会ったのだ。


 当然ながら私たちは、実際に映画の中の登場人物と一緒になることはできない。しかし、スクリーンを見上げている間は確実に同じ時間を過ごしているし、映画が終わってから“その後の物語”を想像するのは観客の自由。本作はそんな映画の持つ根源的な魅力(=魔力)を表象しているように思う。健司の姿を見ていると、映画というものが観客の人生にいかに影響を与える魔力(=魅力)を持っているものなのかと改めて気づかされる。本作はこの誰しも経験する事象を、荒唐無稽な展開とともに切実に訴えているのだ。


(折田侑駿)


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