『ベター・コール・ソウル』運命が動く“長き夜” ガスが冷酷無情な麻薬王へ

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2022年07月17日 08:01  リアルサウンド

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『ベター・コール・ソウル』シーズン6(c)Joe Pugliese/AMC/Sony Pictures Television

※本稿には『ベター・コール・ソウル』シーズン6のネタバレを含みます。


 『ベター・コール・ソウル』はジミー・マッギル(ボブ・オデンカーク)が悪徳弁護士ソウル・グッドマンへ変貌する物語であるのと同時に、『ブレイキング・バッド』に登場するガス・フリング(ジャンカルロ・エスポジート)がアルバカーキを支配する麻薬王へと昇り詰める物語でもある。シーズン6の第8話はガスのミッシングリンクを埋めるファイナルチャプターであり、彼らの運命が動く“長き夜”を描いた濃密な49分だ。


【写真】『ベター・コール・ソウル』イベントの模様


 ラロ・サラマンカ(トニー・ダルトン)にジミーを人質に取られたキム(レイ・シーホーン)は、命じられるがまま誰の住まいかも知らずに指定された住所へと赴く。そこに住む“図書館司書のような男”を狙い撃ち、死体をカメラに収めなくてはならない(エピソードタイトルは『Point and Shoot』)。件の住所はもちろんガス・フリングの邸宅で、“肝が座っている”キムは、拳銃片手に乗り込んだところをマイク(ジョナサン・バンクス)に取り押さえられる。マイクはさすが元警官らしい手並みで事態の収拾に動くが、ガスには何か別の勘が働いているようだ。残った手勢を連れてラボ建設現場のあるランドリー工場に出向くと、そこにはラロが待ち構えていた。


 表向きは人気ファストフード店を経営する実業家ながら、裏では麻薬カルテルの幹部であるガス・フリング。常に冷静沈着、寸分の隙もない身だしなみの紳士で、その胸には愛する者を奪ったカルテルへの復讐心が秘められている。『ブレイキング・バッド』では極秘ラボで作成されたメスを売りさばき、カルテルすら凌ぐ巨大ドラッグ帝国を作り上げていた。しかし、『ベター・コール・ソウル』の時点ではその強すぎる怒り故にしばしば心乱す事もあり、このシーズン6で影なきラロ・サラマンカに動揺する姿は後の『ブレイキング・バッド』には見られないものだ。


 だが事態が混迷を極める中、ガスだけは先を読んでいた。シーズン6の第5話、ラボこそが決戦の場になると信じたガスは電源ケーブルのアタッチメントをひねり、そこから歩幅を数えて重機の隙間に拳銃を仕込んでいた。かくして死神のようなラロに打ち勝ったガスは、僕たちの知る冷酷無情な麻薬王へと昇りつめるのである。


 そのラボの地中にはラロ・サラマンカと、ジミーとキムによる悪事のため居合わせることとなったハワードの死体が埋められる。共に骸と化せば命の収奪をした関係は消失し、まるで一対の存在のように穴底に横たわる。『ブレイキング・バッド』シーズン3〜4でも重要な舞台となるラボに、こんな怨念が込められていたのかと戦慄した。ここから『ブレイキング・バッド』を見直すと、あらゆるシーンの意味合いが異なって見える。ガスがボックスカッターを振るった『ブレイキング・バッド』シーズン4の第1話は、彼が最も残忍さを発揮できる場として自負すら覚えているように見える。そしてラボに入り込んだハエを追いかけるだけという、異色のシーズン3の第10話を観てほしい。全62話のシリーズ折り返し地点に位置するこのエピソードで、ウォルター・ホワイト(ブライアン・クランストン)は「あの時、こうしていれば……」と自由意志と運命を嘆く。アルバカーキサーガにおいて、ラボほど重要な物語にふさわしい場所はないのだ。


 夜が明け事態が収束すると、放心状態のジミーとキムに向かってマイクは言う「なかった事にするんだ。全て」。しかし、事の顛末を知らないジミーは「戻ってくる」と言い残したラロを忘れることができない。『ブレイキング・バッド』シーズン2の第8話、ウォルターとジェシー(アーロン・ポール)に銃を向けられたソウル・グッドマンはとっさに「ラロがおまえ達を送ったのか?」と口走る。ソウルの用心深さはラロという絶対的な死の存在に怯え続けていたからであり、それはシナボンの店長ジーン・タカヴィクとして世を忍ぶ現在も変わらないのだ。


(長内那由多)


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