ボブ・オデンカークらの最高の演技が光る 『ベター・コール・ソウル』S6第9話は傑作回に

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2022年07月22日 10:01  リアルサウンド

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『ベター・コール・ソウル』シーズン6 (c)Joe Pugliese/AMC/Sony Pictures Television

※本稿には『ベター・コール・ソウル』シーズン6のネタバレを含みます。


【写真】『ベター・コール・ソウル』イベントの模様


「今日、君たちはメリル・ストリープとローレンス・オリヴィエだ」


 『ベター・コール・ソウル』シーズン6の第8話の終幕、ハワード(パトリック・ファビアン)死亡の証拠隠滅をするマイク(ジョナサン・バンクス)は、ジミー(ボブ・オデンカーク)とキム(レイ・シーホーン)の口裏を合わせるために2人の名優を引き合いに出す。続く第9話はそんな映画史に残る役者の名前を出すまでもなく、ボブ・オデンカーク、レイ・シーホーン、ジャンカルロ・エスポジート、ジョナサン・バンクスら主要キャスト4名が最高の演技を見せる傑作回だ。


 マイクに言われるまま、普段どおりに1日を過ごして帰宅すれば家の中は何事もなかったかのように整然としている。しかし、カメラが室内を捉える度に僕たちは“それ”がどこにあったのか意識せずにはいられない。ジミーは言う「ある日、起きて歯を磨き仕事に行く。そして、しばらくしてふと気がつく。その日、一度も思い出してないことに。その時わかる。忘れられると」。


 これはジミーの言葉ではない。シーズン5の第9話でマイクが語ったことの受け売りで、マイクはシーズン4の第4話で亡き息子の嫁からこれを聞いている。この言葉を免罪符に、ジミーの生来の気質が「いつか忘れることができる」と現実から目を背けさせるのだ。


 この第9話は『ブレイキング・バッド』前日譚としての実質上のエピローグでもある。ラロ・サラマンカ(トニー・ダルトン)を排除したガス(ジャンカルロ・エスポジート)は、ドン・エラディオ(スティーヴン・バウアー)の元に呼び出される。甥っ子ラロからの連絡が途絶え、ヘクター( マーク・マーゴリス)がガスの裏切りを直訴したのだ。しかしラロの周到な偽装工作が裏目に出たのか、ヘクターの訴えは老人の世迷言としか受け取られず、ガスはアルバカーキの大部分を任される事となる。これでサラマンカファミリーの影響力は大きく減退し、ガスの復讐の準備は整った。


 続くワインバーのシークエンスは思いがけない名場面だ。ガスがまさに勝利の美酒に酔いしれていると、そこへ彼の来店に気付いた馴染みのソムリエ、デヴィッド(リード・ダイアモンド)が顔を出す。ワインに対する彼の熱心な語り口に、ガスはこれまで見せたことのない表情を浮かべる。ガスはデヴィッドを好ましく思っているのだろうか? 隣席から伺うようなカメラの目線に、僕たちはこれまで描かれることのなかったガスの私的な一面を知る。だが、デヴィッドが離れると、途端にガスの表情が変わる。非情な世界に身を費やす彼にとって、今や復讐こそが最高の美酒だ。『ブレイキング・バッド』最終回直前のシーズン5の第15話、全てを失ったウォルター・ホワイト(ブライアン・クランストン)もまたバーカウンターで喉を潤し、復讐とエゴに駆られた。ガスもサーガの韻を踏み、静かにその場を去る。キャラクターに新たな深みをもたらすエスポジートの名演だ。


 マイクの物語も円環を閉じていく。事態が終息し、自宅に戻るもナチョ(マイケル・マンド)のことが頭から離れない。ナチョの父親が働く工場に電話をかけると、話がしたいと外に呼び出した。冷静沈着なマイクには珍しい感情的な行動だが、父親の安否だけを気にしていたナチョのためにも事の顛末を告げることが贖罪になると考えたのだろう。「サラマンカにはいずれ正義の制裁が下る」と言うマイクに、ナチョの父親は突きつける「あんたが言ってるのは“正義”ではない。それは単なる復讐だ」「ギャングに正義などない。あんたらは皆同じ」。ガスの復讐心に同調し悪へと転落したマイクに返す言葉はなく、もはや後戻りもできない。その結末は既に僕たちが知るところだ。


 そして『ブレイキング・バッド』へと連なる最後のミッシングリンクが語られる。ハワードのお別れの会が開かれ、故人を偲ぶその場でもジミーは息をするように嘘をつく。関係が冷え切っていたとは言え、ハワードの妻は最後の目撃者とされているジミーとキムに詰問する。すると、ジミーと呼応するようにキムも嘘をつく(そこには再び悪事のスリルに身を任せているような節が見て取れる)。これまでジミーは自分自身の転落に気付くことはおろか、愛するキムを引きずり下ろしていることにも気付いておらず、2人は互いに作用し合いながら相手にとって“害悪”であり続けた。エピソードタイトル「Fun and Games」は“it is all fun and games until someone loses an eye”ということわざに由来する。楽しいゲームがもたらしたとてつもない代償に打ちのめされ、キムは弁護士資格を返上してジミーのもとを去る。そうして1人となったジミーは悪趣味な豪邸を買い、賑々しい衣装に身を包み、素っ頓狂な自由の女神バルーンを飾って悪徳弁護士稼業に精を出す。『ブレイキング・バッド』におけるキムの不在とは、ソウル・グッドマンへと変貌することで「いつか忘れられる」と彼女のことから目を背けた、ジミーの“ずるさ”によって生じたのだ。


(長内那由多)


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