レディー・ガガ、苦しみ乗り越えたキャリア史上最もパーソナルなショー 音楽による救済描いた8年ぶり来日公演

1

2022年09月16日 12:11  リアルサウンド

  • 限定公開( 1 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リアルサウンド

レディー・ガガ(写真=Masanori Naruse)

 レディー・ガガにとって8年ぶりの来日公演となった、『LADY GAGA PRESENTS THE CHROMATICA BALL』。約3万人収容のベルーナドームで、9月3日、4日の2日間に渡って開催された本公演は見事にソールドアウト。会場には開場時間の前から多くの人々が集まり、その中には彼女のミュージックビデオの姿を再現している人もいれば、負けず劣らずの美しく凝ったファッションを身に纏っている人も少なくない。服装にレインボーフラッグを取り入れている人も多く見受けられ、ライブが始まる前からガガという存在がいかに多くの人々に影響を与えてきたのかを強く実感する。だが、もしかしたら、この日が来ることを誰よりも待ちわびていたのは、ガガ本人だったのかもしれない。


(関連:【写真あり】レディー・ガガ、8年ぶり来日公演レポ


 2018年、アルバム『ジョアン』を携えて開催された『Joanne World Tour』中、ガガは激しい痛みに襲われ、残る公演を全てキャンセルした。持病である線維筋痛症の悪化や、若い頃から抱えていたうつ病、PTSDなど、当時の彼女は様々な痛みに苦しみ、身動きが取れなくなっていた。2020年に発売されたアルバム『クロマティカ』は、彼女がそれら痛みと正面から向き合い、乗り越えるためのプロセスを描いた、キャリア史上最もパーソナルな作品である。それは、同作を提げて開催されるワールドツアー、つまり今回の来日公演が彼女の復活を示すと共に、作品同様、キャリア史上最もパーソナルなショーになることを意味していた。


 初日となる3日の公演で最初に披露されたのは「Bad Romance」。惜しげもなく連発される火柱に、冒頭から大ヒット曲というサプライズ、何よりステージ上に君臨したガガの存在そのものによって、会場のテンションは一気にピークへと到達する。その歌声と咆哮は圧倒的であり、生のバンドによる演奏は原曲の持つエネルギーをさらに強固なものへと引き上げ、ダンサーによる美しい動きが熱狂を高めていく。これまでに感じたことがないほどの壮絶な体験に畏敬の念すら抱くほどだが、一方で、彼女の纏う灰色の衣装は繭(まゆ)のようであり、手元しか動かせずにいることに気づく。その繭は「Just Dance」、「Poker Face」というキャリア初期の大ヒット曲を連発していく中で一つずつ皮が剥がれ、最終的には身体を自由に動かせるようになり、美しくパワフルなダンスで会場を熱狂の渦へと誘う。しかし、「Poker Face」の終了と同時に、彼女は倒れ、会場に暗闇が訪れた。


 スクリーンに投影される映像。そこに映っていたのは、レザーの衣装で手術台に拘束され、機械に全身をケーブルで繋がれたガガの姿。それはあまりにも痛ましくグロテスクな光景だったが、“ACT I”と題して披露されたステージ上でのパフォーマンスはそれ以上に衝撃的なものだった。「Alice」では、浮遊する手術台に磔にされた彼女が、全身から流血していることを示すかのような赤く輝く衣装で、拘束されたまま為す術もなく歌い続け、「私を自由にして(Set me free)」という悲痛な叫びが会場中に響き渡る。やがて、憔悴しきった姿で台座から降りた彼女だったが、その後もPTSDをテーマにした「Replay」、ある男性に身も心も蝕まれる姿を描いた「Monster」と、キャリア屈指のダークな楽曲を披露。自らを苦しめる痛みを、パフォーマンスによって徹底的に表現してみせる。彼女は、名声を手にすることで待ち受けていた痛みとの戦いを、このステージ上に再現してしまったのだ。


 だが、『クロマティカ』が痛みを表現しつつも最終的には「音楽による救済」を描いたように、このショーにもやがて救いの瞬間が訪れる。極限状態の中でSOSを発信する「911」で幕を開けた“ACT II”では、「Sour Candy」で相手に合わせ内面を変えるようなことはしないと警告し、自らを邪魔する存在への決別を伝える「Telephone」によって、ありったけの火柱と共に再びドームを狂乱のダンスフロアへと導いていく。スクリーンには、まるで監視カメラを通してガガとダンサーを捉えているかのような映像が映し出されるが、『ボーン・ディス・ウェイ』期を彷彿とさせる攻撃的なレザーの衣装を身に纏った彼女はそれを一切気にすることなく、キレのあるダンスと力強い眼差し、激しい動きの中でも乱れることのない驚異的な歌唱力によって応戦する。その勢いのままステージ前の花道へと足を踏み入れた彼女は、原曲よりも遥かにハードロックな成分を強化した「LoveGame」を披露。「恋の駆け引きをしよう(Let’s play a LOVEGAME)」と歌い、唸りを上げる演奏に合わせて激しくヘッドバンギングをする姿は、遂に彼女が主導権を取り戻したことを示していた。


 『クロマティカ』における“ACT III”は、ガガ自らの救済を音楽に見出す瞬間を描いたものだった。だが、すでに自らの勝利を描いた今回の公演では、このパートは支えてくれるコミュニティと向き合い、祝福する時間となる。それまでの灰色で息苦しく、金属的で痛々しいモチーフに満ちた世界観から一転して、有機的でカラフルな景色が広がっていく中、「Babylon」の宴が幕を開けた。金色に輝くスーツを身に纏った彼女は、軽快に踊りながら、やがて教皇を彷彿させるようなゴージャスな衣装をダンサーから授かり、気品に満ちた表情で花道へと降りていく。


 「愛しています! 東京!」という言葉と共に披露された「Free Woman」では、歌詞のフレーズを一部、「原宿」や「渋谷」といった言葉に置き換えて歌うという粋な演出が。だが、それ以上にサプライズだったのは、彼女がそのまま花道を降りて客席へとやってきたことだろう。大興奮の観客と触れ合いながら、会場の中央にあるサブステージへと移動した彼女は、“ACT II”までのような戦闘態勢ではなく、どこか憑き物が落ちたかのようなリラックスした表情で、集まった観客への感謝を何度も伝えた。


 そして、「今夜、ここにいる多くの方々が、本当の自分というものを知っているように感じています。もし、あなたがまだ知らないとしても、きっといつか分かる日がくるでしょう」「この曲をLGBTQ+コミュニティに捧げます」という言葉と共に披露されたのは、もはやポップミュージック史に残るアンセムとなった「Born This Way」。前半は彼女自身によるピアノの弾き語りによって一つひとつの言葉を丁寧に観客へと届け、後半はバンド演奏によってドームをこの日最大のダンスパーティへと導く。周りを見渡してみると、笑顔で楽しく踊る人はもちろん、目に涙を浮かべている人も少なくない。苦しみを乗り越えたガガを中心に、観客一人ひとりの持つエネルギーが引き出され、会場全体を満たしていく。それは、これまでに感じたことのない、圧倒的な幸福感に満ちたポジティブな体験であり、本当の「音楽の持つ力」というものを強く実感する瞬間でもあった。


 そのままサブステージ上で展開された“ACT IV”では、カマキリのような衣装を身に纏ったガガが、岩や樹木の装飾を纏ったピアノを自ら奏でながら進行していく。それは(恐らく痛みのメタファーである)金属的なモチーフから、本来の居場所であるはずの自然への回帰を示しているようであり、彼女自身もこの場の空気に浸り、楽曲ごとに観客とコミュニケーションを取りながら純粋に音楽と向き合っているように思えた。彼女のオーセンティックな側面を象徴する楽曲「Shallow」を筆頭に、歌い出しを「あの東京の空が(That Tokyo sky)」と変えて歌った「Always Remember Us This Way」、「The Edge Of Glory」、「Angel Down」と至高の楽曲群が続いていく。この後に披露された「Fun Tonight」は、そのタイトルや軽快な曲調とは裏腹に、自らが抱える傷やネガティブな考え方と向き合うことをテーマとした楽曲だ。だが、前半はピアノの弾き語りで、後半はバンド演奏によって再び会場をダンスフロアへと導いたこの日のパフォーマンスは、もはや負った傷を自らの一部として受け入れ、その上で心からパーティーを楽しんでいるかのようだった。やがて、再び客席へと舞い降り、ステージへと帰還した彼女は「Enigma」によって、大団円を迎える。


 スクリーンに映るのは、前半では息苦しさの象徴であったかのような灰色の世界の中で、優雅に風に揺られ、自由を謳歌しているかのようなガガの姿。それは、きっと自らを苦しめる痛みを受容し、調和を成し遂げた今の彼女自身を表しているのだろう。“FINALE”と銘打たれたこの最終パートでは、再びレザーのジャケットを身に纏った彼女が、力強い眼差しと共に改めて戦いへと身を投じていく。「Stupid Love」でのダンサーとの一糸乱れぬパフォーマンス、驚異的な歌声、ありったけの特効によって徹底的に「愛」と対峙した彼女は、楽曲の終わりに再び床へと倒れてしまう。だが、今回は暗闇を迎えることはなく、そのまま「Rain On Me」を歌い出す。痛みや苦しみを不条理に降り注ぐ雨に例え、「覚悟はできている/どうぞ降って(I’m ready, rain on me)」と全てを受け入れながら踊り続ける今の彼女の姿はあまりにも強く、眩しく、そして美しかった。


 鳴り止まない熱狂の中で最後に披露されたのは、今のガガにとって最新の楽曲である「Hold My Hand」。燃え盛る炎をバックに「私の手をとって(Hold my hand)」と力強く歌う彼女が伸ばした右手は、いつの間にか黒く、鋭い鉤爪となっていた。その姿は、彼女を苦しめていた「激しい痛み」が、受容という長き戦いの果てに、彼女にとっての「武器」となったことを意味しているのだろう。まさに見事なエンディングだ。


 自らの痛みや苦しみと対峙するどころか、その体験を巨大な会場で、何万人もの大観衆の前で演じてみせることによって、新たな芸術作品へと昇華させてしまう。それどころか、あまりにも徹底的かつ容赦なく表現したことによって人々に深い共感を与え、「Born This Way」のようなアンセムにさらなる圧倒的な説得力と感動を与えてしまう。構造としては残酷だが、世界屈指のアーティストとしても、様々なコミュニティに支持される世界的なポップアイコンとしても、あまりにも完璧としか言いようがない。


 大団円のカーテンコールを終えた後、一人ステージに残ったガガは、手でハートマークを作り、深いお辞儀をし、改めて観客への感謝の想いを示しながら去っていった。だが、姿が見えなくなる直前で立ち止まり、こちらを振り返った彼女は、無言のままで最後のダンスを決めた。


 あまりの美しさと格好良さに再び熱狂する数万人の観客。改めて、これほど完璧なアーティスト/ポップアイコンがいるだろうか。(ノイ村)


    ニュース設定