
『イニシェリン島の精霊』(1月27日公開)
1923年、本土では内戦が続くアイルランドの小さな孤島イニシェリン。住民全員が顔見知りのこの島で暮らすパードリック(コリン・ファレル)は、ある日突然、長年の友人コルム(ブレンダン・グリーソン)から、一方的に絶縁を言い渡される。
全く理由が分からないパードリックは、妹(ケリー・コンドン)や風変わりな隣人(バリー・コーガン)の力を借りて事態を解決しようとするが、コルムはかたくなに彼を拒絶。ついには、これ以上関わろうとするなら自分の指を切り落とすと宣言する。
『スリー・ビルボード』(17)のマーティン・マクドナー監督が、人の死を予告するというアイルランドの精霊・バンシーをモチーフに描いた人間ドラマ。
最初は、こんな話で2時間持つのか、一体これはどういう話なのだともやもやするのだが、次第に、ホラーともコメディーともつかず、予想外の展開を見せる、不条理で異様な心理劇に引っ張られ始める。
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単に恋人同士や夫婦にも見られる仲たがいの様子を描いているようにも見えるが、コルムの行き過ぎた異常な行為に誘発され、ついにパードリックもやり返す様子を見ていると、ある意味、これは“小さな戦争”であり、アイルランドの内戦をミクロ化して描いた寓話(ぐうわ)なのかもしれないと思えてきた。
内容的には、舞台劇向きとも思われるが、背景となるアイルランドの孤島の風景は映画でしか表現できないもの。また、ジョン・フォードの映画を参考にしたというドア越しや窓越しのショットも印象に残る。『スリー・ビルボード』もそうだったが、この映画にもどこか西部劇を思わせるところがある。
普段は、エキセントリックな役を演じることが多いファレルが、情けない顔をして徐々に追い詰められていくところが面白い。
先のゴールデングローブ賞では、作品賞、主演男優賞(ファレル)、脚本賞を受賞し、日本時間の3月13日に発表されるアカデミー賞でも、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞(グリーソン)、助演男優賞(コーガン)、助演女優賞(コンドン)、脚本賞(マクドナー)、作曲賞(カーター・バーウェル)、編集賞にノミネートされている。
『ミスタームーンライト 1966 ザ・ビートルズ武道館公演 みんなで見た夢』(1月27日公開)
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1966年、ザ・ビートルズ、伝説の日本武道館公演はどのようにして実現したのか。武道館公演の舞台裏で活躍した人たちの貴重な証言と、当時の映像とともに振り返る。彼らはビートルズに対して、何を思い、何に突き動かされたのか。
また、50人以上の各界著名人の証言や思いを通して、ビートルズがどのようにして日本で人気を得たのか。そして、今も彼らが愛される理由とは何なのか、などを検証していく。映画のキャッチコピーは「日本における新たなザ・ビートルズ史を描くドキュメンタリー」だ。ナレーションを満島ひかりが担当。
「ビートルズの日本での仕掛人」と言われる、東芝音楽工業のディレクター・高嶋弘之(高島忠夫の弟で、高嶋ちさ子の父)、東芝音楽工業の石坂範一郎(先年亡くなった息子の敬一も音楽ディレクター)、この人がいなければ来日実現はなかったと言われる協同企画エージェンシーの永島達司、その部下の石黒良策、小倉禎子。
最初にビートルズを取材した『ミュージック・ライフ』誌の星加ルミ子、音楽評論家の安倍寧、湯川れい子、藤本国彦、朝妻一郎、日本テレビ・ディレクターの佐藤孝吉、ホリプロ創業者の堀威夫、チューリップの財津和夫、加山雄三ら、興味深い人物が次々に証言する。(敬称略)
ビートルズ来日にまつわる人々のエピソードは、『ウェルカム!ビートルズ 1966年の武道館公演を実現させたビジネスマンたち』(佐藤剛)や、『ビートルズを呼んだ男−伝説の呼び屋・永島達司の生涯』(野地秩嘉)といった本に詳しいが、活字ではなく、彼らの肉声で証言を聴くと、とても生々しいものとして感じられる。
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そして、ビートルズの来日は、必然と偶然が重なり合って起きた一つの大事件であったことがよく分かる。
ところで、羽田空港からビートルズを乗せたキャデラックは、パトカーに囲まれながら台風一過の早朝に首都高速道路を疾走していく。そこに、突然「ミスター・ムーンライト」と叫ぶ、ジョン・レノンの圧倒的な歌声が響き渡る、という映像がある。
これは日本テレビで放送された武道館公演のオープニング映像で、見る者に強烈なインパクトを残した。多分、この映画のタイトルは、そこから取られていると思われるが、肝心の「ミスター・ムーンライト」が一度も流れないのが、ちょっと不思議だった。
(田中雄二)