【今週はこれを読め! エンタメ編】意識のない母との濃密な関係〜朝比奈秋『植物少女』

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2023年02月06日 19:11  BOOK STAND

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 一人の乳児が大人の女性となるまでの長い時間が、母親の入院する病室という空間で起きる出来事を中心に瑞々しく描かれていく。主人公の美桜は、自分を出産する時に脳出血を起こし、植物状態になったまま生き続けている母を持つ。最初の記憶は、母方の祖母と父に連れられて行った病室である。ベッドの上で座らされた母の膝に乗せられ、母乳をもらっている。吹きつける鼻息、石鹸と消毒薬に混じる皮脂の匂い、柔らかい感触。その表現の生々しさと、意識のない母親が授乳できることに、驚きと戸惑いを感じずにいられない。

 母は自分の意志で動くことも話をすることもないが、血が通っていて温かく、時には欠伸やくしゃみもするし、口元に食べ物を持っていけば咀嚼をする。病室には、同じようで少しずつ違う状態の患者たちがいて「ベッドから生えた植物」のように座っている。母親が大好きな美桜は、当たり前のようにそこを訪れ、食事をさせたり、一緒にベッドに入ったり、絵本を読み聞かせたり、生身の人形のように扱ったりする。大人たちが母の状態について医学的な説明をしたり、言い争ったりする会話を耳にしながら、美桜は成長していく。

 思春期をむかえると、その関係も変化していく。植物状態になる前の母を知る祖母や父と距離を感じるようになり、何を話しても答えることのない母に、残酷な感情が込み上げてくることもある。学校でのいじめや、父の恋人の存在に悩む美桜に、何も言ってはくれないが、存在し息をするだけの母だからこそ教えてくれるものがある。

 意志を持たない母との濃密な関係と、生命の不思議な力強さに圧倒された。同じ病室に入院している少年が意識のないまま大人の体に成長していく姿も印象深い。現役の医師である著者は、前作『私の盲端』(朝日新聞出版)でもその専門知識を生かし、大腸癌により人工肛門を持つことになった大学生の身体感覚を克明に描写した。生命を維持する仕組みや人間が生きて存在する意味について、深く考えたくない、見たくないと、どこかで感じていたのだが、閉じていた目を開こうと思うきっかけを著者は作ってくれた。生きていることに対する本質的な心地よさと喜びのようなものを、思い出させる力がこの作品にはある。

(高頭佐和子)


『植物少女』
著者:朝比奈 秋
出版社:朝日新聞出版
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