今季限りでGT500活動休止のミシュラン。その背景とスーパーGTに突きつけられた大きな課題

1

2023年06月08日 17:30  AUTOSPORT web

  • 限定公開( 1 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AUTOSPORT web

2008年にGT500に復帰して以来、ニッサン陣営とコンビを組んできたミシュランタイヤ。今季限りでGT500を離れることに。
 スーパーGT第2戦の富士戦が終わった直後、2023年限りでのスーパーGT500クラスの活動休止を発表したミシュラン。あまりに突然の発表、そしてニスモの2台がランキングトップ2に並んで好調に見えていただけに、その発表はスーパーGTファンだけでなく、国内モータースポーツ界に大きな衝撃となった。発表リリースで詳細は明らかにされていなかった休止の背景を、ミシュランの小田島広明モータースポーツダイレクターに聞いた。

 5月10日にミシュランが発表したリリースでは『ミシュラングループがレースサポート体制を再考する中で決定された』とあり、スーパーGT500クラスへの明確な休止理由の明記がなかったが、スーパーGT第3戦鈴鹿の現場で取材に応えた小田島ダイレクターが細かくその理由を説明した。

「まずはそもそもミシュランのモータースポーツの活動の意義・意味についてですが、ミシュランとして開発したい技術や試してみたいことをモータースポーツという極限の場で実験をして、その技術を別のカテゴリー、そして最終的にはみなさんに買って頂く市販タイヤの技術として転用する形になります。その究極の実験の場がミシュランにとってのモータースポーツです。一般的にモータースポーツというと、ブランドのPRが目的になりますが、ミシュランとして一番大事なのは最先端の技術がどのようになるかを試す場としてモータースポーツを使っています」と、小田島ダイレクター。

 その中で、ミシュランはJTCC(全日本ツーリングカー選手権)、そしてスーパーGTの前身であるJGTC(全日本GT選手権)に参戦し、GT500クラスでは2003年に離れたものの、2009年にHASEMI TOMICA EBBRO GT-Rで復活し、その後ニッサン陣営とタッグを組んで2011年、2012年、2014年、2015年とドライバーズタイトルを獲得し、現在まで参戦を続けてきた。

「GT500は他のタイヤメーカーと同じ土俵で同じ技術対比をした時に、自分たちの立ち位置を測ることができます。自分たちのどういうところが優れているのか、どういう部分が負けているのか。GT500のタイヤ開発は基本的にいくら開発してもいいというレギュレーションに近いですので、走ったタイヤに対して我々のマニュファクチャリングのリカバリーのスピードとか対応力とか、技術的な部分で『いつかはできる』ではなくて、『どうしたらどのくらいのレスポンスで達成できるのか』というものを測っていくのに、GT500はすごく役立っているカテゴリーです」

「しかも、そこに用いる技術が本当に高いレベルのものが必要です。今のGT500のクルマのベースは(DTMと共同の)クラス1規程が元になっていますが、ダウンフォース量も非常に大きくて、GTカーとしては世界一速いと言われていますし、重量換算すると、我々の計算の中では普通のフォーミュラカーよりも速い。私もいつも申し上げていますが、ミシュラン・グループのモータースポーツの中で一番、プライオリティが高いカテゴリーがスーパーGTです。そのフィールドで他社と対比したらどうかという実験の場としては、非常に重要な場ですし、それは今日でもこれからも我々は変わらないと思っています」

 ではなぜ、その重要な場からミシュランは離れる決断をすることになったのか。

「なぜ休止の決定をしたのかというと、我々ミシュランがモータースポーツを実験の場として使うといったところで、他のタイヤメーカーも同じだと思いますが、これから目指していかなければいけない中に、サステナビリティへのアプローチというのが重要になってきます」

「我々ミシュランとしてのロードマップの中に、2030年までに40パーセントの再生可能材料、サステナブル・マテリアル(持続可能な原材料/再生可能原材料)を使ったタイヤをあらゆるプロダクトに入れる。2050年にはそれを100パーセントにする。というロードマップがあります。それに基づいて開発をしていきますし、その開発の実験の場としてモータースポーツも使っていきます。その自分たちが目指すところで見た時に、スーパーGTはその実験の場としては、ミシュラン・グループの方針とは離れてしまう。スーパーGTで得られた知見が他に転用しにくいということになってしまいます。そう考えた時に、他の方向に進まざるを得ないという決定になりました」

■コンペティションから、サステナブル・マテリアルを軸に自らのロードマップを作成

 かつてはコンペティションがないカテゴリーには参戦しないと言われていたミシュランだが、他社との競争よりも、環境を考えた自分たちが目指す方向に舵を向けることになったようだ。今後は、サステナビリティ・マテリアルを導入したタイヤでのモータースポーツに注力することになるという。

「MotoEは40パーセント、ル・マン24時間の水素自動車、ミッションH24に関しては53パーセントの再生可能マテリアルが導入されたタイヤを使用します。ポルシェの新型EV(電気自動車)ポルシェ718ケイマンGT4eパフォーマンスに関しても53パーセントのサステナビリティ・マテリアルが使用されたタイヤでの活動になります」と小田島ダイレクター。

 スーパーGTでは今季よりGT500の持ち込みタイヤのセット数は削減され、レースは5セット、そして来年は4セットで戦うことになる。この削減方向については小田島ダイレクターは理解を示しつつも、「エンデュランス/耐久性の部分では現在のハイパーカーを含めたマルチスティントのタイヤに開発は依存している」とも話す。

 スーパーGTのレース距離は現在は250〜450km。タイヤのセット数から1セットあたりの走行距離は100〜150kmで実質スプリントレースと言える。一方、WEC、ル・マン24時間では「2〜4スティント、距離にしたら500〜900km、それよりももっと行きたい。耐久性を試すステージとしてはそういう場がすでに我々にあります。もうひとつ大事なポイントとしては再生可能材料を導入したタイヤでその耐久性を実現していきたいですが、今のスーパーGTには入れられません」と小田島ダイレクター。

 ではスーパーGTでも再生可能材料を入れたタイヤの使用にすればいいのでは、とも思うが、それはコンペティションという前提がある限り、簡単ではなさそうだ。

「GT500に参戦しているタイヤメーカーで(再生可能材料についての)議論はありました。ただ、タイヤ競争の中で、レギュレーションでいかにプルーフ(たしかな証拠)を持って原材料を証明できるかというのは難しい」と小田島ダイレクター。

 たとえ今、GT500のタイヤにサステナブル・マテリアルを入れても、現在のタイヤパフォーマンスにはまだ至らないだけでなく、どんな素材がサステナブルと認められるかの基準が難しいだけでなく、サステナブルの原材料の判断はメーカーによっても異なる状況でもある。

「使っている素材がサステナブルかどうか。『これはいい』『これはダメ』など、素材をすべて明記しなければならない。いつかそういう時代が来るとは思います」と小田島ダイレクターは今後について話すが、少なくとも今のGT500への導入は現実的に難しいことは間違いない。

「個人的には今、スーパーGTでここまでのパートナーシップを構築できていることは、私個人、そしてウチチームとしても大事な財産です。その関係を活動として止めなくてはならない。そして今、非常にいい流れでいるタイミングで止めなければいけないというのは、非常に厳しい決断でした」と、個人的にも苦渋の決断だったことを強調する小田島ダイレクター。

「ただ、我々ミシュランの社員として、目指すものがある。実現していきたいアンビション(野望)がある。それは我々ミシュランのメンバーとして、理解はしています。目先の部分ではこのようないい関係が壊れてしまうのは残念ですけど、いい時もいつかは終わる。我々としては進みたい目標、夢がある。その夢に向かって物語が新しく始まるところですので、それに向かって進んでいくというのは、新しいモチベーションでもあります」と、複雑な心境を語った。

 これまでスーパーGT500クラスは自動車メーカー、そしてタイヤコンペティションが大きな魅力となって隆盛を支えてきてきた。一方、近年のGT500クラスには新規の自動車メーカー、新規のタイヤメーカーの参入が簡単ではなく、高いハードルがあるのも事実ではある。リソースの点から、ミシュランのGT300については「たとえ1台だったとしても、続けます」と小田島ダイレクターは明言したが、ミシュランのGT500クラス活動休止は、これからのGT500、そしてスーパーGTのあり方について一石を投じる、大きな転換点になる。

    ランキングスポーツ

    前日のランキングへ

    ニュース設定