日本のイラストレーションの歴史と重なる雑誌「季刊エス」「SS」展示会から見えた新たな版元「パイ インターナショナル」の展望

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2023年08月04日 12:01  リアルサウンド

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 原宿にあるデザインフェスタギャラリーで、8月6日まで「季刊エス」「SS」の展示会「イラストフェスSP」が開催されている。その展示内容といえば、イラストレーターの望月けいや茶々ごま、『テガミバチ』の浅田弘幸、『青の祓魔師』の加藤和恵、『神風怪盗ジャンヌ』の種村有菜や『明日ちゃんのセーラー服』の博など、第一線で活躍する漫画家やイラストレーターの作品展示が行われ、多数のクリエイターから寄せられたコメントが掲示された豪華極まりない内容なのだ。


  このファン垂涎の展示会を見ると、エス編集部が歩んできた歴史そのものが、日本のイラストレーションの歴史と重なることがわかる。今回は、そんな雑誌を刊行する(株)パイ インターナショナル社長の三芳寛要氏、そして「季刊エス」「SS(スモールエス)」編集長の天野昌直氏にお話を伺った。


独立して「季刊エス」を創刊

――「季刊エス」はどのような経緯で創刊されたのでしょうか。



天野:2003年に私が創刊し、今年でちょうど20周年を迎えます。当時、美術出版社で「美術手帖」の別冊「コミッカーズ」の編集長をしていました。ここから私が独立して、飛鳥新社で出版したのが「季刊エス」です。初期の「コミッカーズ」は漫画の描き方を紐解く雑誌でしたが、「季刊エス」は漫画、アニメ、イラスト、ゲームなどのジャンルを横断して、キャラクター&ストーリーで形作るビジュアル表現を総覧した雑誌です。その後、何度か出版社が変わり、「SS」は7月20日に発売された74号から、「季刊エス」は9月15日に発売される83号から、パイ インターナショナルによって発売されることになりました。


――天野さんがわざわざ独立してまで、新しい雑誌を手掛けようと思った動機は何だったのでしょうか。


天野:1990年代後半、従来のイラストレーションとは違うタイプのイラストが注目されました。そういった機運を雑誌で伝えていこうと思ったんです。代表的な手法は、ゲームメーカーのカプコンで、「マンガリアル」と呼ばれていたそうですが、漫画っぽいデザインに、リアリティを込めて表現する作風。例えば、キャラの目が大きくて漫画的だけれど、フォルムは立体的で、人物を構成する肌、眼球、髪、そして衣装も布と革の質感を明確に描き分けるといった手法です。漫画的なキャラクターが、実在感を持って迫ってくる。今でいうVRを想像してもらえると良いかもしれません。漫画的な絵が実際に存在しているかのように感じられるんです。それは当時の「コミッカーズ」の読者層である漫画ファンにも、新しい潮流として注目されていました。


  また、絵に描かれた場所が実在しているように感じられる田中達之さんの作風も、空間的な意味でのマンガリアルだと言えると思います。こういったリアルな作風の他にも、漫画と絵本の間のような作風、デザイン的でグラフィカルな手法、透明感を強調したカラーリングなど、様々な方向に漫画的な絵が発展をしはじめました。その中でも、現在のイラスト界に最も影響を与えたのは、マンガリアルだと思います。


――マンガリアルを象徴する作家といえば、具体的にどなたが挙げられるのでしょうか。


天野:当時のカプコンではあきまんさんや西村キヌさん、BENGUSさんたち。そして、今回の展示会にコメントを寄せていただいた、村田蓮爾さん、寺田克也さんが代表的な作家だと思います。1990年代、この方々の登場でイラストの表現が大きく変わったといわれ、現在活躍している作家にもその影響を公言する方がたくさんいます。「コミッカーズ」の読者アンケートでも、そういった作家を誌面で紹介して欲しいという意見がありました。当時は、こうした新しい潮流の作家を紹介する雑誌は他になかったため、「季刊エス」では彼らのイラストを丁寧に紹介しようと考えたんです。


――村田さんや寺田さんたちの活動は、2000年代以降の小説の表紙絵にも影響を与えましたよね。のちにライトノベルにもつながったと思います。


天野:小説の分野では、天野喜孝さん、安彦良和さん、いのまたむつみさんがそれ以前に大きな活躍をされていましたよね。でも2000年代くらいから、1枚の絵に価値を見出して、本やパッケージを購入する気運が一気に高まったと感じます。この頃はインターネットが絵描きに発表の場を用意して、イラストを描く人たちがどんどん知られるようになりました。その流れで、2000年以降はライトノベルはもちろんですが、ハードカバーの小説にも漫画的なイラストを起用した表紙が格段に増えたと感じます。寺田さんや村田さんが一枚の絵のクオリティを高めて、「この一枚が欲しい!」と思われるほどに魅力的に見せた影響だと思います。


――なぜ、そういった表現が熱狂的に受け入れられたのでしょうか。


天野:寺田さんがデフォルメのことを「イメージの凝縮」と仰っていたのが印象的です。普段の状態を誇張して「現実離れした表現」にすることではなく、むしろ逆で、あり得ないものを「現実的に見せる表現」ということ。1枚の絵に、その世界観の広がりを想像できるほど、キャラクターの衣装や小物、背景など、いろんなイメージを詰めていく。1枚に作家の思い描いた世界が凝縮されているんです。だから、イラストを見ただけで、まるで映画を見るように作品世界に惹き込まれていく。そんな表現が見事でした。読者も想像力を喚起され、心を揺さぶられる体験をしたのでしょう。


特にこだわりあるのが読者投稿ページ

――「季刊エス」と「SS」は、どのように棲み分けをおこなっているのでしょうか。


天野:表現をしたい人に向けているという点では共通しているのですが、「季刊エス」は主にプロ志向の人をターゲットにしています。だから第一線で活躍しているイラストレーターや漫画家さんの特集をおこないます。一方の「SS」は、絵を描き始めようとする人たち、絵を描いて交流したい人に向けています。年齢層も自然と若くなり、実際、「SS」に投稿してくるのは中高生が多く、小学生も増えています。初めてイラストを描こうとする層に向けた技法の手ほどきも紹介しています。


――「SS」のページをめくってみると、投稿のコーナーにかなりのページを割いていることがわかります。SNS全盛の時代に、これほど読者投稿に力を入れているのはなぜでしょうか。


三芳:ここが、当社が「季刊エス」「SS」の事業を承継することを決めた一番の理由なのです。子どもたちは2つの壁にぶつかって絵を描くのを止めるといいます。1つは技法や技術の壁。もう1つは仲間の問題。周囲に自分と同じように絵を描く仲間がいるとは限らないのです。ところが、投稿して作品が掲載されると、同じような年代の同志が日本中にいることが実感でき、勇気づけられるわけですね。エス編集部のスタッフは、「雑誌投稿はコミュニティを形成する重要なツールであり、それを守りたい」と言っていました。この発言が凄く、僕の心に響いたんですよ。


天野:「SS」の投稿ページは、まさに雑誌を成立させる一番の柱です。パイに移籍してから、16ページほど拡充しましたが、これで従来比より160人〜200人くらい多く掲載できます。編集部としては、少しでも多くの人を載せたいという思いからです。そして、紙媒体の魅力は子どもが親やおばあちゃんに絵が載ったと報告して、つながりを作りやすいことです。ネットより本のほうが感心されるそうです。


  多くの投稿作の中から選ばれて掲載されるので、実力を試すことにもなります。SNSとも実は親和性が高く、「載ったよ〜〜!!」とTwitterで報告される方もたくさんいて、絵の活動の中の、イベントの一つにもなっています。掲載サイズには大小の差があるので、より大きく載りたいという目標を持つ投稿者さんも多くおられます。


購買するのはどんな読者が多いのか


――「季刊エス」「SS」の読者はイラストに関心を持たれる方が多いと思いますが、具体的にどんな方が多いのでしょうか。


天野:絵を描く「表現」に興味のある人が多いと思います。もちろん自身で描く人も多くおられます。私たちが企画した「SSお絵描き合宿」が7月にあったのですが、雑誌で参加者を15〜20人くらい募集して、栃木県日光のログハウスに全国から集まってみんなで絵を描きました。10〜20代が半分くらいで、30歳以上の人も来ます。北は青森県、南は長崎県まで地域も幅広く、世代も地域も超えて絵を通じた交流ができました。


  参加者同士で人生観を話し合ったり、好きなイラストの話をしたり、連絡先を交換し合う関係になったり。周りに絵を描く友達がいなくて独りで過ごしてきた人たちも、合宿に来れば、参加者に絵を描いてもらったり、自分の絵を披露して交流ができ、楽しい時間を過ごせます。そんな風に私たちは読者と交流を持つことが多いので、どんな人が雑誌を読んでくれているのか実感できています。


――いいお話ですね。イラストがもつ力を感じるエピソードです。「季刊エス」や「SS」の投稿を見ると、アナログで絵を描いている投稿者が目立ち、コピックや水彩絵具を紹介するページもあります。読者はアナログ的な技法に関心が強いのでしょうか。


天野:原画という物質感を味わえるアナログは、今改めて関心を持たれているようです。最近はデジタルで描き始めた人が、アナログに取り組むケースも増えています。アナログは原画の展示をするときの感動も大きく、絵を体験するという気持ちになりやすいと思います。もちろん弊誌では、デジタルもアナログも両方応援しています。ただ、なかなか商業的な場面だと、アナログで仕事をする機会は少ないと思います。


――ゲームなどのデジタルメディアはもちろんのこと、書籍用のイラストも、デジタルで入稿するのが当たり前になっていますからね。


天野:やはり雑誌自体が紙なので、ネットメディアと比較するとアナログの方が多い印象があります。創刊以来、読者に人気がある投稿者さんはアナログが多いです。弊誌は今や、アナログの絵が大量に見られる貴重な媒体かもしれません。ここでしか見られない作品も多く、注目されている面もあります。


投稿はプロへの登竜門

――かつて存在した雑誌「ゲーメスト」「ファンロード」の投稿コーナーは、プロへの登竜門的な一面もありました。「季刊エス」「SS」の投稿者出身のプロ作家もたくさんいますよね。


三芳:例えば、いわた きぬよさん、問七さん、フライさんたちは「季刊エス」「SS」に投稿をされていた作家です。こうした縁の深いイラストレーターの画集を当社は世界に向けて発信しています。各国との販売会社と直接取引し、本気で輸出しているのはうちが唯一だと思います。


――クリエイターにとっても、紙媒体の雑誌に載る魅力は大きいですよね。


天野:形として残るので、雑誌の表紙は記念にもなり、特別感があると聞きます。学生の頃に弊誌を読んでいたと言ってくださる作家さんもいて、表紙になることも、投稿が載ることも特別な意味を感じてもらえるような雑誌を目指しています。


――そういった天野さんのこだわりは誌面に反映されています。紙質も良いですし、印刷も鮮明で美しいですよね。


天野:ビジュアル主体の雑誌なので、やはり絵がきれいに見えるようには工夫しています。私たち編集部内でも、パソコンの画面で色を補正する作業ができる体制があります。「SS」は編集部メンバーですべてデザインをしていますし、エス編集部はデザイン事務所も兼ねています。エスの編集者は、実はほとんどが投稿者出身です。自分でも絵を描き、絵に思い入れが深いからこそ、作家さんの絵を綺麗に見せるための努力は惜しみません。


事業承継を決めた理由とは?

――全国的に書店が減少し、紙の雑誌が縮小しつつある中、パイ インターナショナルさんにとっても「季刊エス」「SS」の事業承継は思い切った決断だったと思いますが。


三芳:悩みましたよ。ただ、伸びしろがあるとは感じたのです。我々は画集を出版してきましたが、雑誌をやっている出版社のような、作家との濃密なつながりが作りにくい。ゼロから本をつくりませんかと依頼するのと、雑誌というメディアがあって取材を経た上で依頼するのとでは、作家さんの印象も違いますからね。幸い、「季刊エス」「SS」はそれまでに培われた作家との信頼関係と、幅広いつながりがありますから、これを活かさない手はないだろうと。


――パイ インターナショナルさんにとってメリットが大きいわけですね。


三芳:「季刊エス」編集部と、書籍や画集の編集部共同で連載企画ができるかもしれません。雑誌の連載が書籍化され、海外に紹介されることもあり得るでしょう。私たちは、日本のクリエイターが生み出す素晴らしい作品を海外に輸出することに、大きな可能性を感じているんですよ。日本のあらゆる産業が衰退する中でも、漫画、ゲーム、アニメなどのコンテンツは未だに存在感を示せていますからね。「季刊エス」「SS」を当社が出版することで、日本文化の根幹になるエンジンを担えると自負しています。


展示会の見どころと展望



――「イラストフェスSP」は20年の歴史が詰まったエス編集部ならではの展示会です。見どころを教えてください。


天野:エス編集部の20周年なので、「季刊エス」「SS」と関わりの深い作家に協力してもらいました。漫画家やイラストレーターとして活動を始めた初期から取材している作家もいれば、もともと弊誌の読者の側だった人、イラストの投稿経験がある人もいます。それぞれの作家が弊誌との思い出を、文章やイラストで伝えてくださっているので、楽しんでいただければと思います。


――天野さんは今後、「季刊エス」「SS」をどのような雑誌にしていきたいですか。


天野:大抵のメディアは、作家が著名になってから仕事を頼むのが基本です。どこにおいても、注目されている人が起用されるもの。対して、私たちの雑誌は絵を描く人たちの始まりに立ち会っていることに存在意義があると思います。今やこういった媒体は他にありません。絵を描き始めたばかりの小学生や、初めて投稿してくれた人が、この先どんな絵を描いていくのかと、思いを馳せるのが編集者の楽しみでもあります。


  また、素晴らしい絵を描いているのに、なかなか理解されず、活動の場がない作家はいつの時代もいます。村田さんが印象深く語っていました。漫画的な絵をリアルに綿密に描き上げても、どこにも出す場がない。自分は何をやっているんだろう、と。今のイラスト界を築き上げた一人が、活動の初期にそう感じていたことは驚きです。でも、どこにも居場所がないということは、当然新しいわけですよね。そして、すぐに世に出ないということは、ずっと描き続けているわけですから、研鑽を積んでクオリティがあがる。エネルギーも溜まっていく。そういった作家こそ底力が大きく、パワーがあります。弊誌はそんな絵を応援していきたいと思っています。


  これまでイラストの歴史の中で、いろんな画風が新しいメディアとマッチングしてきました。ライトノベル、カードゲーム、MV…。それに応じて、イラストレーターの活躍の場は多彩になりました。それでも既存のメディアの枠に収まらない絵が常にあります。私たちは、そういった作品を見られる場を守っていきたいと思います。


――三芳さんはいかがでしょうか。


三芳:私たちは一貫して、“クリエイターのための出版社”を標榜してきました。「季刊エス」「SS」と一緒になることで、当社の事業の幅はますます広がることでしょう。雑誌と書籍の長所を上手く組み合わせて、世界中に優れたクリエイターを紹介する役割を担っていきたいと考えています。


『イラストフェスSP』開催情報

会期/2023年7月28日〜8月6日
時間/12:00〜20:00 ※最終日は17:00まで
会場/デザインフェスタギャラリー EAST 101(東京都渋谷区神宮前3丁目20-2)
入場/無料
HP/https://www.s-ss-s.com/c/s_pie_sp
SNS/https://twitter.com/kikan_s_ss
参加予定作家/赤倉、浅田弘幸、Anmi、いわたきぬよ、上倉エク、okama、小岐須雅之、奥浩哉、加藤和恵、久米田康治、小林系、坂本眞一、佐倉おりこ、時雨、白身魚 、新房昭之、鈴木ジュリエッタ、竹内絢香、種村有菜、ためこう、茶々ごま、出水ぽすか、寺田克也、問七、中村佑介、夏目レモン、ねこ助、林田球、平尾アウリ、博、藤ちょこ、フライ、古屋兎丸、細田守、ホノジロトヲジ、マツオヒロミ、ミギー、水屋洋花・美沙、みひろ、碧風羽 、六七質、村田蓮爾、望月けい、やまもり三香、友風子、夢ノ内千春、夜汽車、米山舞、よむ、れおえん、ワダアルコ(敬称略50音順)


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