『アンデッドガール・マーダーファルス』の魅力とは 著者・青崎有吾の博学さと19世紀ヨーロッパ文学の融合

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2023年08月17日 07:01  リアルサウンド

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  青崎有吾による『アンデッドガール・マーダーファルス』が独特で面白い。


  バトルとファンタジーが混在するライトノベル的な作品なのだが、そこにミステリーと歴史ものの要素が加わっている。19世紀末当時の時事ネタを絡めながらも、いい意味で通俗的なエンタメに着地しており、青崎氏の教養の深さを感じられる。


  さて、アニメが放送中の『アンデッドガール・マーダーファルス』だが、原作同様主に19世紀末のヨーロッパが舞台になっている。


  19世紀末は多くの通俗文学がヨーロッパで隆盛した時期であり、シャーロック・ホームズはこの時代を代表する存在である。『アンデッドガール・マーダーファルス』には超有名どころのホームズやルパンを初め、数多くのヨーロッパ通俗文学に原典を持つキャラクターが登場するが、それらの原典については意外と知られていない。


  今回は『アンデッドガール・マーダーファルス』に登場する主だったキャラクターの原典について解説、もとい由無し事を書き連ねるとしよう。


■19世紀末ヨーロッパ―大衆文学が生まれたその時代


 『アンデッドガール・マーダーファルス』には19世紀(一部20世紀初頭)のヨーロッパで生まれた通俗文学をルーツとするキャラクターが大量に登場するが、更に内訳をいうなればイギリス、アイルランド(当時はイギリスの植民地)発祥が圧倒的に多く、フランス発祥のものが続いている。


  イギリスものが多いのには歴史的な必然性がある。


  まず、これらの通俗文学はすべて小説が原作だが、ヨーロッパでもっとも小説という文学形式が発達したのはイギリスである。


  18世紀以降における英文学は小説の発達により活況を呈した。「近代小説の父」と呼ばれるサミュル・リチャードソン(1689-1761)と「イギリス小説の父」と呼ばれるヘンリー・フィールディング(1707-1754)が先鞭をつけ、ウォルター・スコット(1771-1832)とジェーン・オースティン(1775-1817)がそれをさらに発展させた。彼らの作品は映画やテレビドラマで幾度となく題材になっている。


  18世紀のイギリスは、こうした「真面目な文学」のみならず、大衆受けを狙った文学作品も生み出した。ホレス・ウォルポールの『オトラント城奇譚』(1764)をはじめとする、「ゴシック小説」と呼ばれる作品群がそれにあたる。ゴシックをルーツとする代表作が本作でもネタになっているメアリー・シェリー(著)『フランケンシュタイン』(1818)である。


  19世紀に入るとイギリスはヴィクトリア女王のもと、未曽有の好景気に沸いていた。その結果、中産階級に余暇を楽しむ経済的余裕が生まれ、同時に政府の教育改革によって義務教育の範囲が拡大され識字率が劇的に向上。当然の帰結として文字を読めるようになった者たちのなかで、高等教育を受けていない中産階級の人々が“軽い読み物”を求めた。その需要に応える形で、軽い読み物を提供する作家たちが登場した。


  ジョージ・ギッシング(1857-1903)の『三文文士』は商業主義に毒された時代の文筆家を主人公としている当時としてはタイムリーな一作である。(時代背景を知りたい方はナイジェル・クロス(著)『大英帝国の三文作家たち』に詳しいので参照されたし)


  このあたりは太平の世だった江戸時代の日本で滝沢馬琴(1767-1848)を初めとする作家たちの通俗的な読本(よみほん)が流行ったのと似ている。(一説によると幕末日本の識字率は世界でもダントツ1位だったと言われている)。今でいえば漫画雑誌が続々新規刊行され連載少年漫画が人気を博するようなものだろうか。


 『アンデッドガール・マーダーファルス』の元ネタキャラクターがこの歴史的文脈により大量に生み出されている。一応の前置きをしたうえで、各元ネタ作品を紹介していこう。


■ガストン・ルルー(1868-1927)『オペラ座の怪人』(1910)


 『オペラ座の怪人』と言えば、日本の演劇ファンならばとりあえず劇団四季のミュージカルを思い浮かべるのではないだろうか。あの荘厳な音楽が鳴り響くと反射的に『オペラ座の怪人』のタイトルが頭に浮かぶ方も少なくないだろう。一般的に知名度の高いミュージカルはイギリス製であり、アンドリュー・ロイド・ウェバーの楽曲の方が原作よりも有名かもしれない。


  原作は小説で、作者はガストン・ルルーという新聞記者出身の作家である。主人公はパリの名門劇場オペラ座の地下に住む、万能の天才だが醜い風貌の怪人で、このオペラ座の怪人(エリック)、怪人が恋焦がれる美しいオペラ歌手のクリスティーヌ、クリスティーヌの幼馴染ラウルがメインキャラクターの怪奇ゴシックロマンスである。


  ミュージカル以外にもサイレント時代から幾度も映画化されているため、派生作品も多い。日本人にお馴染みのポップカルチャーではアプリゲーム『Fate/Grand Order』にオペラ座の怪人がプレイアブルキャラクターとして登場する。


■メアリー・シェリー(1797-1851)『フランケンシュタイン』(1818)


  世紀末の通俗文学が流行る前、ゴシック小説の文脈から登場した作品。幾度ともなく映像化されているが、原作は知らない、それどころか原作がそんなに古い小説だったとはご存じない方も多いのではないだろうか。


  メアリー・シェリーは当時としては非常に珍しい女流作家で、ロマン派詩人パーシー・ビッシュ・シェリー(1792-1822)の妻にあたる。作品の舞台はスイスから始まり、北極点まで至る壮大な物語である。主人公はスイス人のヴィクター・フランケンシュタインという科学者で、物語の骨子はこの科学者と科学者が生み出した人造人間との戦いが中心となる。一般的にこの人造人間の方が「フランケンシュタイン」と誤解されているが、この人造人間は作中「クリーチャー」としか呼ばれておらず終始名無しである。


 『アンデッドガール・マーダーファルス』のクリーチャーは「ヴィクター」と呼ばれているが言うまでも無く、造物主のヴィクター・フランケンシュタインに由来する名前である。


  あまりにも多く派生作品が制作され、原型を留めておらず、それらの多くは原作との乖離が激しい。どんなものなのか映像作品で知りたい方はケネス・ブラナー監督・主演の『フランケンシュタイン』(1994)がかなりのアレンジを含みつつも一応、原作に比較的近い。


  原作ともども気になる方は是非、確認していただきたい。


■モーリス・ルブラン(1864-1941)「アルセーヌ・ルパン」シリーズ(1905-)


  我が国で良く知られた『ルパン三世』シリーズを初め、数々の作品で元ネタになっている世界一有名なフィクションのキャラクターの一人である。神出鬼没の怪盗紳士であり、変装の達人で様々な顔を持つ。頭脳明晰であり、怪盗でありながら探偵役として活躍することもある。ルブランの原作でも(作者のルブランが無許可で勝手に)ホームズと対戦しており、『アンデッドガール・マーダーファルス』のホームズ対ルパンは原典オマージュになっている。


■コナン・ドイル(1859-1930)「シャーロック・ホームズ」シリーズ(1887-)


  世界一有名な探偵であり、世界一有名なフィクションのキャラクターであろう。『アンデッドガール・マーダーファルス』には助手のワトソン先生もレストレード警部も宿敵のモリアーティ教授も仲良く登場する。


  本国イギリスだけでなく、数多くの派生作品が生み出され、21世紀に舞台を移した『SHERLOCK』、『エレメンタリー ホームズ & ワトソン in NY』から日本が舞台の『シャーロック アントールドストーリーズ』、清末の香港が舞台の『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』まで時代や舞台を置き換えたものだけでも数えるのが億劫なほどの作品が生み出されている。


  わが国で生み出されたルパン派生作品の『ルパン三世』でもアニメでホームズとルパン三世が対決している。最近のアニメでは19世紀末のイギリス舞台にしたファンタジー『ノケモノたちの夜』に「同時代の有名人」としてホームズとワトソンが登場する。もはや実在の人物なのでないかと錯覚しそうである。ホームズについて語るとネタがあまりにも多すぎてキリが無いので、このぐらいで遠慮しておくこととする。


■ジェームズ・マルコム・ライマー、トーマス・ペケット・パースト『吸血鬼ヴァーニー』(1847)


■シェリダン・レ・ファニュ(1814-1873)『カーミラ』(1872)


■ブラム・ストーカー(1847-1912)『ドラキュラ』(1897)


 この3作品はいずれも吸血鬼ものである。東ヨーロッパの吸血鬼伝承を元ネタとする吸血鬼小説の第一号は1819年に発表されたジョン・ウィリアム・ポリドリ(1795-1825)の短編『吸血鬼』と言われている。吸血鬼ものは『吸血鬼ヴァーニー』、『カーミラ』で発展し、『ドラキュラ』で最高点に至った。ゴシック的な『吸血鬼ヴァーニー』、百合風味たっぷりで幻想的な『カーミラ』、いかにも通俗的でエンタメ的な『ドラキュラ』と三者三様に吸血鬼ものの発展ぶりを示している。


  以降、山ほどの映画、小説、コミックの題材になっている。坂本眞一氏の漫画『DRCL midnight children』はストーカーの『ドラキュラ』を原案としている。


  ところで、余談ついでに誤解と解かなければいけないのだが、「ドラキュラ」は≠吸血鬼である。「ドラキュラ」はブラム・ストーカーの『ドラキュラ』に登場する「ドラキュラ伯爵」というキャラクターの固有名詞であり、吸血鬼そのものの事は指さない。吸血鬼に該当するのは「ノスフェラトゥ」や「ヴァンパイア」である。文豪と同名のイケメンが異能力でバトルする『文豪ストレイドッグス』にブラム・ストーカーが登場するが、同作のストーカーは吸血鬼になっている。


  また『アンデッドガール・マーダーファルス』には実在の人物として切り裂きジャック(生没年不明)、アレイスター・クロウリー(1875-1947)も登場する。切り裂きジャックは世紀末のロンドンで暗躍した連続殺人鬼だ。どこまでが本人でどこまでが模倣犯なのかはもはや歴史の闇の中だが、少なくとも5人の娼婦を限りなく猟奇的な方法で惨殺したとされている。


  日本の漫画、アニメにもたびたび登場し、最近の作品では『ゴールデンカムイ』『終末のワルキューレ』に姿を見せている。アレイスター・クロウリーは19世紀末から20世紀の初頭に活躍した近代魔術の大家である。


  アニメ、漫画好きにとっては『とある魔術の禁書目録』でお馴染みであろう。『アンデッドガール・マーダーファルス』ではオカルティックな能力など持っておらず、すべてタネも仕掛けもある奇術であると設定されている。同時代だと文豪サマセット・モーム(1874-1965)の小説『魔術師』に登場する魔術師はクロウリーがモデルと言われている。


(文=ニコ・トスカーニ)


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  • 昔、パソコンゲームで植木鉢の生首を育てる育成系があったんだけど、ソレ思い出しちゃうんだよね(^△^
    • イイネ!1
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