「後継者はいなくても、ここまで来たら最後まで頑張るよ」熊本県阿蘇郡で“在来種”の葉たばこを作る農家たちの情熱

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2023年08月21日 13:01  マイナビニュース

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たばこの原料となる葉たばこには、いくつか種類があるのをご存知だろうか。



国内生産量のほとんどを占めるのが「黄色種」や「バーレー種」だが、少量ながら「在来種」と呼ばれる葉たばこの生産も続いている。その割合はわずか“0.04%”程度。主に煙管(きせる)用たばこの原料として使われている品種で、煙管の愛煙家が限られている分、生産量もやはり限定的となるのは自然な流れだ。



しかし、在来種の歴史は浅くなく、種を植えれば誰でも生産できるなどという代物でもない。むしろ生産量の絶対数が少ない分、在来種を育てる農家には繊細な職人技が求められるようだ。



今回は熊本県阿蘇郡を訪れ、在来種を育てる葉たばこ農家に話を聞いた。

○■“在来種”の葉たばこを作る農家たちの情熱


「ここまで来たら、最後まで頑張ろうと思ってるよ。だって、この仕事が好きだもん」



そう口を揃えるのは、阿蘇郡高森町で葉たばこ農家を営む古庄謙一(72歳)さんと野尻善人さん(70歳)だ。古庄さんは父の代から、野尻さんは祖父の代から葉たばこ農家を営んでいる。



「わしは20歳からたばこ作りを始めたから、今年でもう52年になるわな。他所で働こうかとも思ったけど、親父が一所懸命に葉たばこを作りよるんよ。その姿を見てるとどうしてもね。それに、わしも5人兄弟の長男だったから。昔は長男が跡取りという慣習があったもんでね」(古庄さん)



「私は昭和25年生まれなんですけど、葉たばこを作り始めたのが昭和41年。当時、熊本県が農業の後継者を育てる全寮制の学校を運営していて、そこを卒業してから16歳で葉たばこ農家の道に進んだんです」(野尻さん)


もともと阿蘇郡は葉たばこ栽培が盛んで、彼ら曰く、今より多くの葉たばこ農家がいたという。古庄さんも野尻さんも葉たばこは「在来種」一筋だったが、それには地形が深く関係しているようだ。



「ここは九州山地の分かれ目の山間部じゃけんね。こんな標高が高いところでは、在来種しか適合してないんですよ。葉たばこといえば、メインは黄色種だけど、うちは気象条件的に在来種が合っているんだよね」(野尻さん)



在来種は黄色種などと比べて葉肉が薄くて軽いものが求められている。黄色種のように日当たりのいい平地で直射日光を浴びてしまうと、葉が不必要なまでに分厚くなってしまうのだという。しかし高森町のような山間部は日当たりもほどほどで強風も吹かず、葉へのストレスを最小限に抑えることができる。


今では希少種のような扱いとなっている在来種だが、歴史を遡れば江戸時代から煙管で使う刻みたばこの原料として広く栽培されてきた。葉は自然の風によって乾燥させており、その手法は基本的に現代でも変わらない。いわば伝統製法だ。

黄色種の場合、葉の収穫が終わってしまえば、あとは大きな乾燥機で自動的に程よい状態まで乾燥させられる。しかし、在来種の場合はより葉が繊細で、収穫後も一枚一枚手作業でハウスに吊るし、乾燥が足りなければ窓を開けて風通しを促し、さらなる熟成が必要だと思えば窓を閉じて湿度を高めなければならない。


在来種を育てる農家たちは毎朝晩にハウスを訪れ、乾燥状況をこまめに確認し、出荷に適した状態になるまでハウス内の温度・湿度をきめ細かく調整し続けなければ台無しになってしまう恐れがある。


古庄さんや野尻さんのようなキャリア50年のベテランでも、やはり乾燥作業は毎年気を揉むようだ。



「梅雨の時期は特に、1日でも目を離したら終わりだね。簡易的な送風機を使うことは許されているけど、それはあくまで応急処置。在来種はハウス内での乾燥が基本だから、ハウスで細かく管理しないとどうしようもないんだよ」(古庄さん)


「ただ何も考えずに乾燥させるだけだと、葉に“グリーン”が残っちゃうんですよ。ここのあたりは緑色になってるでしょ。葉をゆっくり熟成させたり乾燥させたりして調整することで、緑色が徐々に薄くなっていくの。そうすると、葉たばこの味わいもムラがなく、品質もいいものになるんですよ」(野尻さん)


在来種の種まきから出荷までにかかる手間は計り知れないが、古庄さんによると「たばこはこちらが情熱を注いだ分だけ、ちゃんと応えてくれる」のだという。



「一般的な農作物の場合は、ある程度はちゃんと成長するけど、たばこは絶対に放ったらかしはダメ。暑い日は日射病にもかかるし、出荷するまでは目を離せないから労働力は相当なものだよ。だけど愛情を込めれば返してくれるし、だからわしはたばこ作りが好きじゃけん」(古庄さん)


かつては隆盛を誇った葉たばこ農業だが、今ではそのニーズとともに規模も縮小。結果、九州で在来種を育てている農家は12人にまで減ってしまった。古庄さんも野尻さんも、息子たちへ後を継がせることは考えておらず、ここで彼らの葉たばこ作りが途絶える可能性も高い。


野尻さんは「隣近所のたばこ農家もみんな辞めていっているから、寂しさはありますよ。うちだって、私の代で終わりかもしれないしね」と認めながらも悲観的な表情は浮かべない。



「なんにしても元気な間は葉たばこを作ろうと思っていますよ。まだ仲間が残っているしね。いつもみんなで『もっとこうしたらいい葉たばこが作れる』って意見を出し合っているんですよ。そこにやりがいがあります。今も残っている葉たばこ農家はみんな70歳を超えているけど、誰も辞めようとは思っていません。ここまできたら、最後まで作ってやろうって言ってますよ」(野尻さん)(猿川佑)

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