ジム・オルークが石橋英子と語る、音楽を取り巻く「少し変」なこと。音楽体験を拡張する環境と文脈の話

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2023年09月22日 19:10  CINRA.NET

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Text by 山元翔一
Text by 原雅明

どんな音楽であれ、自宅なのか、散歩中なのか、満員電車のなかなのか、イヤホンやヘッドホンで聴くにしても、はたまたクラブなのか、野外フェスなのか、サウンドシステムを通じて聴くにしても、「聴く環境」によって音楽の感じ方に変化を感じたことがある人は、きっと少なくないだろう。

9月30日、10月1日の2日間にわたって長野県・五光牧場オートキャンプ場で開催されるリスニング野外イベント『EACH STORY』は、来場者の音楽体験を拡張するような「聴く環境」づくりに力を入れている。

今年は、ジム・オルーク、石橋英子、山本達久によるトリオ「カフカ鼾」や、Matthewdavid、ファビアーノ・ド・ナシメントらが出演。1日のなかで四季の移ろいを感じさせる自然豊かな環境で、エレクトロニックミュージックや即興演奏、ジャズ、アンビエントなどといった音楽を、こだわりのサウンドシステムで浴びられる貴重な機会となる。

2022年に出演したデヴェンドラ・バンハートは『EACH STORY』を「世界で一番美しいフェス」と評したそうだが、その「美しさ」とは白樺の森に囲まれた会場の環境のみを指していたわけではないだろう。では何が、世界を飛び回る音楽家にそう思わせるのか。

CINRAではその秘密を探るべく、名義を変えながら4年連続で『EACH STORY』に出演するジム・オルークと石橋英子にインタビューを実施。音楽ジャーナリスト/ライターの原雅明、『EACH STORY』オーガナイザーの大形純平とともに話を聞いた。

―『EACH STORY』は音楽家に対して、どういう場所・環境を提供しているとおふたりは感じますか?

石橋:通常フェスだと、ステージ前に寄せてくるお客さんの期待にある程度応えるというか、その場にいる人たちを楽しませなくてはいけない気持ちのほうが、音楽を演奏する意識より上回ってしまうことが多いんですね。

『EACH STORY』はお客さんが散らばっていて、みんな好きなように過ごしているのもあって、「ただ音楽がそこに存在している」というような感覚で演奏できる環境なんじゃないかなと感じます。

ジム:別のフェスよりお客さんはたぶん、来る前に、期待があまりない感じ。でも、それはいい意味です。たとえば別のフェスだと「この人を観る」っていう感じがある。『EACH STORY』は知らない人を楽しみにする雰囲気が少しある。それで好きです。

ジム:別のフェスは「次の人は知らない、食べもの買いに行こう」だけど、『EACH STORY』はみなさんが「あ、次は知らない、でも楽しみ」っていう感じ。それは少し珍しいと思う。それはフェスの会場づくりからの影響もあるでしょう。あっちは食べもの、あっちはステージっていう形じゃない。食べもの、ライブ、DJ、全部がここだけにある。

石橋:そうだね。あっちに行ったりこっちに行ったりしないっていう。

―お客さんがいてもいなくても変わらないぐらい音楽がより自然な状態にあるというか、そういう感覚なんですかね。

ジム:うん、そうです。

石橋:すべてが自然と一体化しているというか。もちろん演奏すれば緊張しますけど、「つねにお客さんと対峙しなくちゃいけない」って感覚ではない。

石橋英子(いしばし えいこ)

日本を拠点に活動する音楽家。ピアノ、シンセ、フルート、マリンバ、ドラムなどの楽器を演奏する。Drag City、Black Truffle、Editions Mego、felicityなどからアルバムをリリース。2021年、映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当。2022年、『For McCoy』をBlack Truffleからリリース、アメリカ、イギリス、ヨーロッパツアーを行なう。2022年よりNTSのレジデントに加わる/ Photo by Makoto Ebi(『EACH STORY 〜THE CAMP〜2022』より)

原:去年、僕は初めてDJとして参加して、石橋さんとジムさんたちの演奏も見たんですけど、ステージの前に割と大きな池がありましたよね。

一般的な感覚では、お客さんが集まってくる特等席みたいな場所に池があって、みんな池越しにちょっと離れたところから演奏を眺めている。あのシチュエーションがおもしろいなと思ったんですけど。ああいうのって演奏する側からするといかがでした?

ジム:少し安心です(笑)。

石橋:お客さんには失礼かもしれないですけど。

ジム:いままで誰かが池に入ってないのは少しびっくりした。たぶん強いお酒がないんでしょう(笑)。

大形(『EACH STORY』オーガナイザー):池の奥にステージをつくったのは、この会場と出会ったときに、東京ドーム13個分の広大な敷地を見渡し、一番美しく見える場所にステージを作りたいと思い池越にステージをつくりました。

傾斜のある後方からは池越のステージ裏には八ヶ岳の最高峰の赤岳がそびえます。だいたいのイベントって運営側が、運営しやすいようにステージをつくる。野外だと特にそうなんですけど、だからこそ違う考え方でやりたくて。また、夜になると水面を活かした照明も映えるだろうと。

大形:ちょうど開催したときはコロナの真っ最中だったから、お客さんがステージに密集する状況をなるべく避けられないかと考えて、ステージとお客さんのあいだにワンクッション置くというような意図もありました。おそらくそのことによって、より演奏しやすい、リラックスできる環境づくりができているんじゃないかなと。

あと、「音楽はそこにあるもの」という感覚をイベントづくりで形にしてみたかったんです。池があることによってそのメッセージが伝わっているのかもと感じていますね。

石橋:自分は田舎に住んでいる割に、そんなに「自然、最高」みたいな生活送ってないんですけど、やっぱり野外で演奏してると、広いパースペクティブを持って自分の音楽を伝えられるような気がします。

人の演奏を見ていても、音楽そのもの、そのミュージシャンが存在していることを意識させられるというか、「なぜ彼らは演奏しているのか」ということまで考えさせられるような、そんな印象を受けます。

『EACH STORY 〜THE CAMP〜2022』石橋英子 BAND SETより(Photo by Makoto Ebi)

ー即興的な音楽、実験性の高い音楽が、自然豊かな開放的な空間で鳴らされることについて、どう感じますか?

ジム:即興の場合、お客さんがいる空気を感じるけど、ほとんどお客さんを感じずに演奏している状態になる。やっぱり一緒に演奏する人だけを感じる。

お客さんが邪魔になる、無視するの意味じゃなく、音楽の世界に100%入ることができれば嬉しいです。もちろん「曲をやる」のとは演奏そのものが違ってきます。即興は本当に100%、「いま」の演奏に入らなくてはいけない。音楽によって、そういうゾーンになることが大事。

石橋:そうだね。実験的な音楽を『EACH STORY』のような環境でやることもそうですけど、そもそもフェスでそういった音楽があまり呼ばれない。

ジム:即興はフェスでやるのは普通に難しい。『EACH STORY』に限ったことではないです。

ジム・オルーク

1969年シカゴ生まれ。Gastr Del SolやLoose Furなどのブロジェクトに参加。一方で、小杉武久とともにMerce Cunningham舞踏団の音楽を担当、トニー・コンラッド、アーノルド・ドレイブラット、クリスチャン・ウォルフなどの作曲家との仕事で現代音楽とポストロックの橋渡しをする。1997年、超現代的アメリカーナの系譜から『Bad Timing』、1999年、フォークやミニマル音楽などをミックスしたソロアルバム『Eureka』を発表、大きく注目される。1999年から2005年にかけてSonic Youthのメンバー、音楽監督として活動し、広範な支持を得る。2004年、Wilcoの『A Ghost Is Born』のブロデューサーとして『グラミー賞』を受賞。アメリカ音楽シーンを代表するクリエーターとして高く評価され、近年は日本に活動拠点を置く / Photo by Makoto Ebi(『EACH STORY 〜THE CAMP〜2022』より)

石橋:フェスで即興演奏をするのは私たちにとっても、お客さんにとっても、主催者側にとってもチャレンジングではあるとは思いますね。自分がお客さんだったらそういった何が起こるかわからない音楽のフェスに行きたいと思いますが。

ジム:たとえばシンガーソングライターの場合、ライブをはじめる前に、いいライブかどうかお客さんのなかに少し考えがある。「あの曲好き」「この曲好きじゃない」。

でもカフカ鼾の場合、私たちもいまからつくるので知らない、いいライブになるかどうかわからない(笑)。だからこそお客さんのエナジーが本当に大事です。お客さんから受け取るエナジーがなければ本当に——

石橋:演奏に影響する部分は大きいと思います。どうしても鏡になってしまう部分はあるから。

ジム:そうそう。でも同時に鏡を無視する。「無視」は強すぎるけど、鏡があることをほとんどまっすぐ忘れる。でも忘れても感じる。そういうライブをするのはフェスではときどき難しい。

石橋:即興演奏って。ちょっとしたことで変化していくものです。よくも悪くも。

でも演奏する側の意識も、別に上手くやってやろう、成功させようと思ってやってるわけでもないから、説明が難しいんですけど。あのように池があって、お客さんとの距離が物理的にあり、お客さんも好きに楽しんで、という環境はいいことしかないような気がします。

原:いま思い出したんですけど、ジムさんが90年代前半に初めて来日したとき僕もコンサートに行ったんです。

プリペアドのギターとテーブルギターか何かでやっていたと思うんですけど、そのときのジムさんはギタリスト/インプロバイザーというよりも、エレクトロニクスの作品をつくっているスタンスに近いものを感じたんですね。演奏する主体の人っていうよりも、「エレクトリックギターという音響装置」をいじってる人みたいなイメージだった。

石橋:もともとジムさんは、電子機器やコンピューターに子どものときから興味があって、電子音楽はライフワークみたいに若いときからやっていたんですよね?

ジム:そうそう。私の人生のなかで、たぶん一番いつもあるのは電子音楽。原さんの質問に答えると、たぶん即興とアウトサイダーミュージック、私の世代が初めてロッククラブでやったと思う。

デレク・べイリー、ヘンリー・カイザー、ジョン・ゾーン(※)は、アートスペースかロフトで演奏していた。私に関してあのときは、「ライブができるならどこでもやるよ」のスタンスだった。あのときは気づいてないけど、私だんだん「あえてやろう」のスタンスになりました。

ジム:この音楽を本当にみなさんに見せるためには、みなさんのところ、「ピープル・スペース」でやらなくてはいけないと考えていました。そういうわけで「え? こういう音楽をここで?」とわかりにくかったと思う。

原:たしかにそう。アートスペースとかギャラリーみたいなところでやってもおかしくないようなパフォーマンスを、わざとライブハウスでやっていた。それはやっぱり違うお客さんの層に聴かせたいっていうところもあったんですか。

ジム:あのとき、即興好きのお客さんは全員私より年上で、若い人がいなかった。実はいま、もう1回同じ状態になったと思う。いま東京で即興のライブを観に行けば、お客さんほとんどは年長の人でしょう。あのときは、即興音楽を新しい世代に紹介する人があまりなかった。でももう一度、誰かが紹介をはじめるでしょう。そう思う?

石橋:はい。

ジム:英子さんも同じ意見です(笑)。でも原さんのオブザベーション(観察)は本当におもしろい。

ーアートスペースやギャラリーのような場所からライブハウスのような場所へ、即興音楽が演奏される場所を意識的にズラしていったジムさんのスタンスは、『EACH STORY』の現場で起こっていることにも通じる話のような気がします。

ジム・オルーク+石橋英子 / 『EACH STORY 〜THE CAMP〜2021』より(Photo by Makoto Ebi)

原:ジムさんは覚えているかわかんないんですけど、昔、坂田明さんとジムさんが対談をして僕が司会したことがありました。2007年、坂田さんの『ズボンで』をジムさんがプロデュースしたときです。そこでジムさんが言ってたことがいまも印象に残っているんです。

インターネットがメインになって、みんなデモグラフィック(※)になっていって、自由で壁がなくなっちゃったけど、それはあんまりいいことじゃない、と。あとみんなコミュニティやコミュニケーションが大事って言うけど、必ずしもそれが音楽で一番のことじゃないっていう話も。それといまの即興についての話って、ちょっと重なるところがあるなと思うんです。

原:いまってあの頃よりもさらにデモグラフィックなこと、コミュニティを大事にすることって強くなっていて、それがフェスやイベントの基盤になってたりするところもある。ジムさんはいまどう考えますか。

ジム:あのときからもちろん世界が変わったけど、いまは私が世界のことが少しわからない。いまの新しい若いお客さんにあまり会ってない。私にとって彼らはほとんど抽象的な存在。

少し変なのは、何でも聴きたければ、読みたければ、見たければ、簡単にリーチできるようになったけど、文脈が少し消えたと思う。文脈がなければ、それからどこに続いていくのかがわからない。

たとえばミュージシャンでも、この音楽は歴史的にこういうところから影響を受け取って、この人の影響を受け取って、この人に影響を与えてって、そういう地図みたいなものがなければ、もう自分の道を見つけることは難しい。

ジム・オルーク+石橋英子 / 『EACH STORY 〜THE CAMP〜2021』より(Photo by Makoto Ebi)

ジム:さっきの即興の話とも重なるのは、実はいまほとんどのお客さんがだんだん文脈なしで聴く。彼らが音楽と一緒に……ちょっと待って英語でも忘れた。「関係」じゃない……。

石橋:相互作用、相互的な関係がない?

ジム:はいはい。そういう関係がいまあまりないと思う。私が感じるニュアンスは、いまのお客さんは受け取るだけがほとんど。でも、これは本当に変な話。いまは昔に比べて自分の音楽つくるのは本当に簡単。インターネットでソフトをダウンロードすればいい。でも音楽をもっと探す、もっともっと聴くことをしない。自分でつくる、それが彼らの反応。

石橋:プレイリストをつくったり、私はこういうものを聴いるってことを簡単に発信できる時代になったけど、それはあまり音楽そのものと実は関係がなくなってるという気がします。

―SNSやストリーミングサービスによって、リスナーと音楽の関係性は近くなったようにも見えますけど、おふたりはそうではないんじゃないかと考えている。

ジム:でもそれは世界の話、日本だけの話じゃない。インターネットを見てると、「私がつくった新しいの、すごくいい」と言っている若い人がいる。そうやって自分のことを褒めるの、少し恥ずかしい(苦笑)。そういう行動をよく見かける。少し変と思う。でもいまは逆に本当に音楽とのリレーションシップをあんまり見ない。

ジム・オルーク+石橋英子 / 『EACH STORY 〜THE CAMP〜2021』より(Photo by Makoto Ebi)

石橋:音楽家がつくった状況でもありますよね。音楽家が音楽を簡単につくれてしまうことも影響してると思うんですよね。

―おふたりの話を整理すると、「音楽とのリレーションシップ」をリスナーが築きにくくなっている背景には、どんな音楽、どんな先人から影響を受け取ったのかという「地図」がない、そういった「文脈」が意識されない音楽がつくられることも関係しているのではないか、と。

ジム:でも、私があんまり世界と接していないので、それは私のひとつの見方。私の若いときを思い出すと、「この人は誰と一緒にやったのか」を調べたりしていたけど、「好きなものはもっともっともっと聴きたい」っていうエナジーはいまあまり見えてこない。

それで原さんの質問に答えると、たぶん昔の話より意見があまり変わってないけど、状況が変わったのは間違いない。もうどういう状態になったのかわからない。ほとんどわざと私が「はい、バイバイ」ってやったので(笑)。

原:いま、石橋さんは「音楽家がつくった状況でもある」とおっしゃいましたけど、それはとても身近に感じることですか。

石橋:そうですね。ジムさんがやってきたことを考えると——たとえば、フランク・ザッパのレコードを最初買ったときにそのスリーブを見て、フランク・ザッパが影響を受けた人たちを知って、探してその人たちの音楽も聴いた。

ジムさんは90年代に、先輩たちがやってきた実験的な音楽が聴きたい人に届かない状況のなかで橋渡しの役割を担って、自分が受け取ってきたものを、その人たちに尊敬の気持ちを返すことをした。

音源をリリースしたり、恩返しみたいな活動をされてきたと思うんですけど、そういうことがいま、あんまり見ることができない。自分が受け取ったものを返すみたいな、そういう謙虚さがだんだん失われてきているのかなと感じます。

原:ジムさんは早くからそういうことをやって来ましたよね。

石橋:たとえばSNSで自分の宣伝だけじゃなくて、自分が尊敬する人、自分が影響を受けた人の宣伝をするってことはできると思うんですけど、そういうことやってるミュージシャンがあまりいないなって感じます。

ジム:あんまりいない。

―逆に言うと、ジムさんは「地図」と言っていましたが、音楽の歴史のなかで自分の作品や自分の存在を俯瞰する視点を持つこと、受け取ったものを還元するような音楽家の姿勢、文化的なサイクルが重要なんだということですよね。

ジム:これは、少しおじさんの話になる(笑)。まずはひとつの問題は、私が若いとき大好きだった現代音楽、即興、電子音楽、それ本当にアングラの音楽だった。ポップスの世界とは本当に関係ない。

でもいまは「ジャンル」になった。昔は若い人が「私、ガレージバンドやろう!」って言ってたけど、いまは「電子音楽やろう!」っていう別のオプションがある。

電子音楽をやってる若い人が自分のレコードで出すときに、「今日は私を新しいレコードを出す。いままでで私のベスト。I'm really proud of this one!!」って言う。自分に関してそういう話ができるのは本当にわからない。「本当に?!」って(笑)。謙虚さが本当にゼロじゃないか、恥ずかしくないかと思うのは、たぶん私が厳しいアイルランド人の育ちだから。

ジム・オルーク / 『EACH STORY 〜THE CAMP〜2022』石橋英子 BAND SETより(Photo by Makoto Ebi)

ジム:でも同時に私そういう人、実際には会ったことはないので、SNSで見かけるほとんど抽象的な、変な映画のキャラクターみたいな感覚。実際に会ってないけど、存在がある。それ本当に不思議(笑)。

石橋:本当にそう思っているかどうかわからないし、もしかしたら書かなきゃいけないから書いてる可能性もありますよね。

ジム:ほとんど皮肉はゼロ。それ本当に本当に変。私は実際のところは知らない。オブザベーション(観察)的にそういう感じを見るので。実は少し怖い。

―SNS上で見かける音楽家の音楽に対する態度が、リスナーと音楽の関係にも影響を与えているのではないか、というのは興味深いです。

ジム:たとえばBandcampをはじめたときに、「これは完璧に私の電子音楽を本当に聴きたい人と簡単にシェアできる」と思った。Bandcampでは50人くらいの聴きたい人に「はい、もし欲しければどうぞ」」っていう感じ。本当に謙虚なやり方。

ジム・オルーク / 『EACH STORY 〜THE CAMP〜2021』ジム・オルーク+石橋英子より(Photo by Makoto Ebi) / ジム・オルークのスタジオ「Steamroom」のアカウントはこちら(Bandcampを開く)

ジム:「ほらほら、私の新しいの聴いて!」みたいな新しいレコードの文化はやりたくない。私のBandcampにある音楽は本当に50〜60人だけが聴きたいものだと思う。ふははははは(笑)。

石橋:そんなことはないと思いますけど。

ジム:いや私見た、誰が買ったかわかる(笑)。

石橋:ジムさんはこう言いますけど、同時にお客さんのことリスペクトする行為だと思うんですよね。一見すると「聴きたい人だけ聴けばいい」という態度にも見えるかもしれないけど、実はそうじゃなくて。自分で探して聴いている人へのリスペクトがあるというか。

ジム:はい。

石橋:ちゃんと聴いてくれるはずだって信じているし、そういう人をリスペクトしている態度だと思う。

ジム・オルーク+石橋英子 / 『EACH STORY 〜THE CAMP〜2021』より(Photo by Makoto Ebi)

ジム:少し変なのは、たとえば、現代音楽には「好き(な)はず」のニュアンスがある。でも、それは全然正しくない。現代音楽も、いい音楽、ダメ音楽がある。ノイズ音楽も「好き(な)はず」。ノイズ音楽ですから応援してください、じゃない。その世界にもダメ音楽がある。本当にごめんなさい、別の話になった(笑)。

石橋:そうだね。もちろんちゃんと聴いている人もいるし、でも一方で「情報で聴いてる」というか、一つひとつを丁寧に聴いてレスポンスをするんじゃなくて「こういう音楽を聴いてるからかっこいいよね」みたいな態度が見受けられるってことね。そういう音楽に関して。

ジム:うん。でもたぶん、いまの世界の影響もある。「批判はダメ」のニュアンスがある、いまの世界。批判は悪いものじゃない。でもいまはSNSで、人はあまり批判上手じゃない。いいか、反対だけ。

石橋:SNSだと短い文章で書くから「批評」ではなく、ただ褒めてたり、非難になったりしがちってことですよね。

ジム:たぶん原さんはよくわかってると思うけど、だんだん評論家の代わりにリポーターだけになってる。いまは雑誌と新聞は本当の評論家はいない。コンテンツリポーターだけ。たぶん原さんはすごいフラストレーションが昔からあるでしょう。

原:あります。紹介をする部分ももちろん必要なんですが、批評はジムさんのいう文脈の蓄積と、それをどう見ている、聴いているかという視点が必要で、そこが抜け落ちていることは多々ありますね。

原雅明 / 『EACH STORY 〜THE CAMP〜2022』より(Photo by Makoto Ebi)

ジム:私の仕事に関して、たとえばマスタリングエンジニア。私はエンジニアじゃない。でもときどき友達のためにやる。昔は本当にちゃんと勉強して、練習してやらなければなれなかったのが、でもいまはマスタリングエンジニアソフトを買って「私、マスタリングエンジニアです!」って言う。それと少し同じ(笑)。

石橋:それはミュージシャンに限らず、どのジャンル、分野でも同じようなところがありますよね。

ジム:そういうわけで、ちゃんといまの世界で本当に批評が大事。

原:でも『EACH STORY』には、文脈を知らずに聴いている人もいるじゃないですか。すごくオープンな感じがして、聴き方としてはいいなと思うところもあって。そこにちょっと逆に可能性もあるようにも感じたんですけど。

ジム:『EACH STORY』のお客さんはさっきの私の話とは逆。それはいい。SNSの罠にはまってないお客さん。『EACH STORY』のお客さん、本当に不思議な感じ。

ー『EACH STORY』には知らない音楽を楽しむ雰囲気があるとジムさんがおっしゃっていましたよね。そこにジムさんが言うところの「音楽とのリレーションシップ」を築いていくヒントがあるのかなと思いました。文脈も大事だけど、情報として消費するように音楽に接するのではなく、オープンなマインドや向き合おうとする姿勢が大事というか。

ジム:ひとつ大事なのは、世界と日本は本当に違う。日本はまだ『EACH STORY』みたいなフェスがある。リアルがまだ本当にある。たとえばときどき東京に行ってディスクユニオンに入ったらすぐ、昔の世界に戻れる。日本が文化をまだ少し守ってる。

石橋:レコード屋があるのは大きいですよね。『EACH STORY』のようなフェスがあるのも本当にありがたい。

大形:『EACH STORY』をつくるうえで、初めから考えていたのは、ちゃんと文脈があって音楽を聴く人も受け入れられる環境と、逆に音楽を知らない人が聴ける環境の両方をつくりたいということで。両極端にいるんですけど、どちらの受け皿にもなるようなイベントを意識している部分があった。

キュレーターとして『EACH STORY』のイベントづくりに携わるDJのShhhhh。今年もDJとして出演する / 『EACH STORY 〜THE CAMP〜2022』より(Photo by Makoto Ebi)

大形:緊張感を持って音楽を聴く人が「もうちょっとリラックスして音楽聴く環境もいいじゃん」って来て、感じてもらえたらいいなと思う部分もあって、逆に普段あまり音楽を聴かない、ライブは行かないけど、このイベントは雰囲気がよさそうだから行ってみよう、って人も一緒に同時に受け入れられる。

あの自然環境のなかで普段聴かないジャンルの音楽を聴いても、受け入れてもらえるんじゃないか、と。『EACH STORY』は「聴く環境と音楽」を意識していて、環境によって聴き方が変わると思っているんです。

石橋:それは少し海外のライブでのお客さんに近い感じだと私は思う。「なんかおもしろいことやってるから来た」といったような、年齢層も学生からお年寄りまで幅広くて、何をやっているかもわからずに単純に音楽を楽しんでいる人が多い点では、『EACH STORY』は海外のライブをやっている環境にすごく近いのかなって気もする。

ジム:いまの話から少し気づいたのは、池の別のいい点は、逆に池があるのでお客さんとしても緊張がない。

普通のライブやフェスだと、こういう人がいる(と言って両手を挙げてライブで盛り上がっている人のマネをする)、でもそうじゃない人は本当に緊張がある(と言って背筋をピンと伸ばす)。でも『EACH STORY』では、みなさん少し離れたところで「あ〜」ってリラックスしている。それはほかのフェスだとないって思います。

大形:ジムさんの言うどっちの側面もそこにありますね。ミュージシャンもお客さんもリラックスしてほしい、緊張感が和らぐようなイベントをつくりたい、フェス/レイヴじゃないイベントの形をつくりたいと両方を思っていたけど、あの池があることによって、勝手にそうなった部分もあるしれないですね。

石橋:とかいってジムさんがあの池に飛び込んだらおもしろいですよね。

大形:ちょっとやってほしいですね(笑)。

『EACH STORY 〜THE CAMP〜2022』より(Photo by Makoto Ebi)
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