立花もも厳選 作者不明の本格探偵もの、読者家がこぞって推す作家……今最も気になる小説家たちの新刊レビュー

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2023年09月28日 07:00  リアルサウンド

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 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版された新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を集めました。(編集部)


『八角関係』覆面冠者 論創社

〈不可能犯罪の魅力を満載した 作者不明の本格探偵小説 雑誌連載から72年の時を経て初の単行本化!〉――この帯文句を見て、気にならない人っているんだろうか。裏には〈早過ぎた“技巧派”の探偵小説、ここに顕現!〉とある。気になりすぎて、買ってしまった。そして一気に読んでしまった。ここで紹介しているということは、おもしろかったということである。


 舞台は、河内家の屋敷。父の遺した莫大な遺産を、秀夫・信義・俊作の三兄弟は仲良く等分し、同じ屋敷で暮らしている。それぞれに、妻もいる。名は鮎子、正子、洋子。正子と洋子は姉妹なのだが、洋子のほうが姉である。ちょっとややこしい。さらに洋子と正子も三姉妹で、長女の貞子が夫の丈介とともに、別館に越してくることとなる。だいぶややこしい。さらにさらに、秀夫は正子に、信義は洋子に、俊作は貞子に、さらに鮎子は丈介に、想いを寄せている。これが、作中で言うところの、〈三角関係が四つ組み合った八角関係〉。ややこしさの極みである。事件が起きないわけがない。


 ある雪の日、秀夫がナイフを胸に突き立て死んでいるところが発見される。自殺かと思われたが、やがて次々と同じ死に方をする者が現れ、連続殺人事件の見方が強くなる。だがどの事件も、他殺は不可能に思われる密室事件。この謎解きは読みごたえがあって、古き良き探偵小説という趣なのだが、いかんせん登場人物がみんなしょうもない。警察官のくせに第一容疑者の鮎子を「彼女がそんなことするはずがない!」と強硬に庇う色ボケ丈介に、時代の価値観もあってなのか、貞子への想いを募らせすぎてクソ男の本性を露呈していく俊作。困った困ったと言いながら、不貞を重ねる男女たち。いやもう、ここまで本能に忠実だといっそ清々しいな!?と、その人間模様もだんだんおもしろくなってしまった。好みは分かれるかもしれないが、ミステリ好きなら読んで損はないのでは。



『やさしい共犯、無欲な泥棒』光原百合 文春文庫

  タイトルに惹かれて手にとったその本は、昨年8月に逝去された著者のものだった。共犯、という言葉にまとう罪の香りと「やさしい」はちょっとちぐはぐだ。対価を支払わずに盗む泥棒と無欲はもっと繋がらない。その、一見矛盾しているような、ちぐはぐとした感情と自称を結びつけて物語のきらめきに変えるのが光原百合という作家なのだと、今作を読んで思った。


  おっちょこちょいで未熟なローカルラジオのパーソナリティが、地元に関連する謎を解き明かしていく「黄昏飛行」。どんな難病も治すかわりに、もっとも愛する人の記憶を奪う薬をめぐる「花散る夜に」。大学のミステリ研究会に所属する個性的な面々が、遭遇する謎を解き明かしていく表題作。どれも語り口は柔らかく、とくに女性が主人公の物語は健やかな少女らしさが満載だ。光原さんはきっと、とても優しくて、何事にも誠実な人だったのだろう。だからこそ、人と人とが織りなす日常の隙間には、誰かを傷つけてしまう瞬間がどうしたって生まれてしまうことも、知っておられたのではないだろうか。その仄暗さを抱えながらもいかに日々を歩んでいくか、どの物語もその切実さを描いているような気がする。元気いっぱいに、でも淡々と。その筆致で導かれる救いが、胸に沁みる。


  ラストには「何もできない魔法使い」という、著者が初期に書いた童話が収録されている。〈作家の魂があらわれているような美しい小品を、著者あとがきにかえて掲載します〉というのが編集者註。すばらしかった。いちばん、好きだった。そして、著者の生前、熱心な読者ではなかったことを悔やんだ。できれば生きているうちに、著者に声が届くうちに、読める本は読んでおきたいな、と感傷にも浸る。


解説に収録された有栖川有栖による追悼エッセイも必読。



『猫の木のある庭』大濱普美子 河出文庫

  大濱普美子の小説はいい、とこの1〜2年で何人もの信頼できる読者家の方から聞く機会があった。読まねば、と思っていたところに刊行されたのがデビュー作品集である今作である。こちらも短篇集で、幻想的な雰囲気に満ち満ちている。


  表題作は、著者にとって初めて活字になった小説だそうで、初めてがこれなのか、と言葉を失ってしまう。書道の先生をしている主人公が、都心から電車で40分ほどの郊外で老夫婦からはなれを借り、拾い猫との暮らしを始める。庭には、老夫婦がネコの木と呼ぶ細い一本の木がある。主人公の猫が妙に気にかけるその木の根元には、その家で暮らした歴代の猫たちが眠っているという。その木が、鳴るような気がするのだ。鈴のような音で、主人公の猫を呼んでいる。だけど主人公は、それを老夫婦に言うことができない。


  同作をはじめ、収録されている短編はすべて、現実をベースにしながらもどこか夢との境界線を溶かしていくようなものばかりだ。なかでも、亡くなった夫人から譲り受けた靴に甘い幻想を見せられて、身体をぶくぶく太らせていく女を描いた「フラオ・ローゼンハイムの靴」がとても好きだったが、どの物語も「けっきょくどういうことだったのか」は語られない。時間がぽんと飛んだり、明瞭に描かれないまま主人公に重要な変化が訪れていたり、決して読む人にラクをさせない小説でもある。だが、難解かといえば決してそうではなく、行間からただよう匂いや情景の美しさに、いつのまにか私たちも、境界線の溶けたあわいをゆらゆら漂うことになる。そうだ、読書の楽しみとはこういうものだった、と思い出させてくれる一冊である。



『七月七日』ケン・リュウ、藤井太洋ほか 東京創元社

  こちらは日中韓の作家十人の作品で成る、アンソロジー。表題作はケン・リュウのもので、もうじき離れ離れになってしまう愛し合う二人の少女に、七夕伝説を重ねたもの。他の9作家もそれぞれ、伝説や神話などにインスピレーションを得て書かれていて、短編そのものもおもしろいが、どういう着想でそれぞれの物語が生まれたかの解説が全編に付録されているのも、とても興味深い。


 「巨人少女」(ナム・ユハ)をはじめ、済州(チェジュ)という島に伝わる神話・伝承をモチーフにした作品が多いのも興味深い。「……やっちまった!」(クァク・ジェシク)のあとがきに、説話が多彩なことで名高い神話の島なのだという解説があるが、物語を越えて、その島そのものにも興味がわく。そして、同じ島に惹かれながらも、どの題材を選び、どんなテイストで紡いでいくかで、物語の個性はこんなにも広がっていくのかということにも。小説を書きたい、と思っている人たちにも、興味深い学びになるんじゃないだろうか(少なくとも私は、なった。倣えるかどうかは別として)。


  『猫の木のある庭』もそうだが、幻想的な短篇集というのは、余韻に浸りながら進めるので、どうしても読むのに時間がかかる。よって『七月七日』とあわせて紹介するのも刊行時期からやや遅れてしまったが、時間をかけて味わえたことはなによりの贅沢であった。


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