「まるで二俣川駅のよう」ふかわりょう、南川朱生(ピアノニマス)対談 大人になってやっと気づいた「鍵盤ハーモニカ」の魅力

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2023年09月30日 12:11  リアルサウンド

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 鍵盤ハーモニカという楽器を覚えているだろうか。


 パイプを吹きながら鍵盤を叩いて音を出すあの楽器だ。小学校の頃に音楽の授業で使用した人も多いのではないだろうか。もしかしたら“ピアニカ”という商品名のほうが馴染み深いかもしれない。


 そんな楽器に惚れこんでプロ奏者となり、研究家としても活躍しているのが南川朱生氏だ。彼女が書き下ろした『鍵盤ハーモニカの本』(春秋社)では、過去の膨大な資料に基づき歴史を掘り下げ、また偏愛たっぷりに魅力が綴られている唯一無二の内容となっている。


  今回は、南川氏とふかわりょう氏によるスペシャル対談企画が実現。ふかわ氏は、鍵盤ハーモニカを使って一言ネタを披露した時期もあった。現在では楽器としての魅力に心を惹かれているという。お二人に鍵盤ハーモニカの魅力を存分に語り合っていただいた。


なぜ小学校では、鍵盤ハーモニカを“持たされた”?


ーーふかわさんは鍵盤ハーモニカに初めて触れたのはいつごろだったのですか?


ふかわ:原体験は小学生の頃です。音楽の教育のなかに組み込まれていた世代だったので、欲しい・欲しくないに関わらず配布されたものでしたね。


南川:学販品として、さんすうセットなどと共に購入させられるんですよね。今でも日本の多くの小学校で鍵盤ハーモニカが配布されています。


ーー鍵盤ハーモニカは小学校低学年から持たされることが多いのですね。


南川:基本的には1-2年生で鍵盤ハーモニカ、3-4年生以降はリコーダー、5-6年生で合奏をやるという流れです。


ふかわ:思い出すのは小学校の鼓笛隊です。4年生から入ることができて、最初は鍵盤ハーモニカから参加するんです。僕の通っていた学校では花形の指揮は女子生徒と決まっていたので、男子は太鼓やシンバルが昇格コース。それ以外が鍵盤ハーモニカ。その時は正直、早く昇格したかったですね(笑)。


南川:鍵盤ハーモニカは、その他大勢の楽器という印象が強いですよね(笑)。


ーーなぜ、鍵盤ハーモニカは学校で導入されたのですか。


南川:詳しくは『鍵盤ハーモニカの本』で書いているのですが、鍵盤ハーモニカが教育現場に導入されたのは、教育業界、政府、楽器メーカーなど、いろいろな思惑が複雑に絡み合って「教育で役に立つかもしれない」となって普及していってたんです。


ふかわ:各所の思惑をすべて体現した楽器が鍵盤ハーモニカだったんでしょうね。ただ、教育現場で普及したがゆえに、楽器本来の魅力に気付くのにちょっと時間がかかってしまったところはあると思います。


南川:はい、みんなが知っている当たり前の楽器となったことは良いことなのですが。


ーー南川さんは、小学生の頃に鍵盤ハーモニカを配布された経験はありますか。


南川:いや、小学校の頃はドイツにいまして。鍵盤ハーモニカは配布されませんでした。原体験は、高校生になって学園祭でバンドをやるときです。キース・エマーソン(※イギリス出身のキーボーディスト。さまざまなジャンルで活躍した)のようにキーボードを2台弾きたかったのですが、2つ用意できないのでひとつは鍵盤ハーモニカを使ったのが最初です。


■“持たされた”か“否か”で大きく変わる鍵盤ハーモニカへの思い


ふかわ:では小学校で鍵盤ハーモニカを持たされた経験はない?


南川:はい、そうなんです。


ふかわ:ここですよ、ここ。南川さんは小学校で鍵盤ハーモニカを持たされなかったから、音色の魅力に自然と向き合えたのではないですか。僕は与えられちゃったから鍵盤ハーモニカを。その違いはホントに大きい。強制的に持たされて魅力になかなか気づがないことは他にもいっぱいあると思いますが、鍵盤ハーモニカは最たる例かもしれません。


ーー確かに興味関心を持つ前に与えられた楽器というのは、なかなかその魅力に気づかないことがありますね


南川:ふかわさんは、慶應義塾大学ラテンアメリカ研究会に所属されていたそうですね。鍵盤ハーモニカはその時に初めて購入されたと聞きました。


ふかわ:ラテンアメリカの研究会で、ボサノヴァユニットを組むことになったんです。最初はフルートをやってみたんですけど、肺活量を使うものだから、頭がいたくて仕方なくて。その代わりはなんだろうと探していたとき、小学校のときにやった鍵盤ハーモニカの音色を思い出したのです。ただ、持っていた鍵盤ハーモニカは、水色のボディに“ふかわ”とひらがなで書かれたもので(笑)。それはそれで面白いかと思ったのですが、その時にホーナー社製の鍵盤ハーモニカに出会って購入したんです。


ーー今日お持ちくださった鍵盤ハーモニカですね。


ふかわ:はい、使ってみたら本当に音色が良かった! 哀愁というのかな。小学生の時の鍵盤ハーモニカとは音色が全然違う。これでボサノヴァのメロディを吹くと、クラシックギターとの相性もとても良かったんです。


南川:そうだったんですね。テレビでネタを披露されているときにお見かけしたのは、ホーナー社の鍵盤ハーモニカじゃなかったので意外でした。


ふかわ:「小心者克服講座」など大学の頃からネタをやっていたのですが、小道具として使ってたのは、ボサノヴァユニットの後で。テレビで使ってた鍵盤ハーモニカは、用意してくれたものを使っていたこともありました。


■進化する必要がなかった鍵盤ハーモニカ 未熟さゆえの愛おしさ


ーーふかわさんは今でも鍵盤ハーモニカを吹かれるんですか?


ふかわ:最近は全然吹いてなくて、今日実に10年以上ぶりです。でもやっぱりこの哀愁の音色はいいですね。


南川:ふかわさんがお持ちのものは、今は廃番になっているドイツ製の「メロディカ」ですね。


ーー南川さんは、今日たくさん持ってきてくださいました。


南川:鍵盤ハーモニカは、メーカーや年代、機種によってどれも音が違うんですよ。


ふかわ:オクターブもそれぞれ違うんですか。


鍵盤ハーモニカを吹く、南川氏。初めて聴く音色にふかわ氏も驚きを見せていた


南川:さまざまです。例えばこれはバス。さっき仰っていた鼓笛隊を想定して作られたとみられています(と、音を出す)。


ふかわ:いい音でるなー。厚みや素材もいろいろあるんですね。


南川:国産の鍵盤ハーモニカでも初期型は結構音色重視なんです。ただ量産が決まり毎年小学1年生が入学するたびに売れていくようになると、楽器として発展させる必要がなくなったんですよね。


■鍵盤ハーモニカは二俣川駅に似ている


ふかわ:「頑張る必要がない」というのは、僕、結構好きなんですよ(笑)。話が逸れますが、二俣川駅に行ったことあります? あそこって運転免許試験場があるから、沿道に並ぶ店はそんなに本気を出さなくても客足は確保されているんです。


ーーそうなんですか(笑)


ふかわ:免許の更新は面倒なので気が重いのですが、いつからかたまに行きたくなる自分がいたんです。何を求めているのだろうと考えてみると、街のぬるま湯感というかその独特の雰囲気が肌に合うことに気づいたんです。鍵盤ハーモニカは、まさにそんな雰囲気に似たものを感じます。放棄はしてないし、投げやりでもない。でもそこまで必死ではない感じとか(笑)。


南川:初めてそのような感想をお聞きしました。とても面白いです(笑)。小学校で使われている水色やピンクのいわゆる普及型の鍵盤ハーモニカは、長い間大幅には形状が変わっていませんからね。


ふかわ:そう、まさに僕が小学生の時に使っていたものと変わらない。


南川:私は、鍵盤ハーモニカの魅力のひとつは未熟さにあると思っているんです。未熟さというのは、ひとつに需要が満たされていたことで、ずっと形が変わらなかったという楽器の構造的な部分。それとシーンも未成熟なので、勉強したいと思ったときにちゃんとした本がなかったり、自虐ではありますが奏者も未熟だったりする。音楽業界の中でも総合的に未熟なのですが、私はむしろそこに可愛さを感じているんです。完璧じゃないからこその可愛さというか。


ふかわ:可愛さは重要なポイントだと思います。繰り返しになりますが1人1台の儀式がなかったら、もっと感動的な出合いをしていると思うんですよ鍵盤ハーモニカとは。そういう意味では悲しい運命を背負った楽器ですが、その絶妙な感じが良い部分でもあるのでしょうね。


■世界中の有名ミュージシャンが愛用する理由


ふかわ:鍵盤ハーモニカって、アコーディオンやハーモニカの音色と聴き比べてみると、印象としてはかなり近いような気がします。空気の抜けている感じとか。


南川 私は長く聴いてきたので判別つくようになりましたが、なかなかわかりづらいですよね。音を聴くだけだと聴き分けが難しいかもしれません。


ーー鍵盤ハーモニカというくらいですものね。


南川:鍵盤ハーモニカの中には、フリーリードと呼ばれる、アコーディオンやハーモニカと同様にT字型の板片が金属板の上に並べられています。この板片の片側が空気の力で振動することで音が出る仕組みなんです。


ふかわ:音が近いのも納得ですね。「なぜ人は楽器を演奏したがるのか」と考えたとき、やっぱり「言葉にできない感情を、楽器を介して表現したい」という気持ちもあると思うんです。そんな人の悲しさ、切なさを届けるのに鍵盤ハーモニカはすごく相性が良いのではないでしょうか。


南川:その感覚、すごくわかります。


ふかわ:ピアノやギターだと音が減衰している感じがあるのですが、鍵盤ハーモニカは余韻はなくて、パッと音が切れる。そこがまた特徴のひとつだと思います。余韻のない音色が、哀愁すぎず、キュートさがブレンドされている気がします。


南川:フリーリードの音色って、バイオリンのように抑揚が付き過ぎるわけでもなく、電子楽器ほどピコピコしてない。そのちょうどよい中間さがキュートさにつながっているのかもしれません。


ーー南川さんは鍵盤ハーモニカを両手で弾くことが多いですよね。


南川 両手で弾くと、アコーディオンではできないポジションが可能になるので、幅広い演奏ができるようになるんです。


ふかわ:一般的には片手で弾いているイメージは強いですが、両手弾きをする人が増えるといいですね。呼吸は大変そうですけど。


南川:はい、自分を鍛えることに尽きます(笑)。


ふかわ:残念ながら、まだまだ鍵盤ハーモニカって楽器の中でも舐められがちだと思うんです。たとえばバイオリンやクラリネットだと、音が出るまでが大変じゃないですか。でも鍵盤ハーモニカはすぐに音が出る。それに学校から与えられてしまった軽い感じがある。そこが鍵盤ハーモニカの悲しい運命だと思うんですけど、だから奥深さにもっと気付けるといいんですけどね。


南川:世界のジャズやロックの巨匠たちも鍵盤ハーモニカを取り入れているんです。


ふかわ:楽器として魅力を感じて世界中のミュージシャンが使っていると。


南川:そうなんです。


ふかわ:でも日本の場合、狙っている感が少し出ちゃうかも。


南川:しかも、「鍵盤ハーモニカなのに、すごいよ」みたいな枕詞がついちゃうんです。


ふかわ:そこがね(笑)。


南川:枕詞がなくても、本当は十分すごいんです。


■鍵盤ハーモニカが教育現場から消える日がくる?


ーーもしかしたら大人になっても押し入れのなかに鍵盤ハーモニカをしまったままの人が多いかもしれませんね。


南川:そうですね。本書を通して私がお伝えしたいのは、鍵盤ハーモニカ自身が、あなたの息吹に触れることを望んでいる可能性があるということ。彼らはそう意志を持っているとしか思えません。ですので、そんな鍵盤ハーモニカたちをこれを機にもう一度吹いていただけたら嬉しいです。


ふかわ:最近、短歌が流行っているじゃないですか。学校の授業だとテンションあがらなかったけど、大人になってフラットな気持ちでスマホから短歌を投稿すると、急にモチベーションがあがったりする。そういう潜在能力は、鍵盤ハーモニカにもあると思います。


ーー南川さんは鍵盤ハーモニカの現状をどう捉えていますか。


南川:近い将来、学校教育としての鍵盤ハーモニカはなくなるかもしれません。鍵盤ハーモニカが普及できたのは、元々はハーモニカが築いてきたポジションを奪えたからなんです。でも新型コロナウイルス以降、衛生面が問われはじめてタブレット端末が教育現場で広まっています。かつてハーモニカが虐げられたように、鍵盤ハーモニカが教育現場から消えていくことがもう始まっているように思います。


ふかわ:でも、そうなると配布されないからこその楽器本来の魅力に気付いてもらいやすくなるのでは?


鍵盤ハーモニカを今一度触って欲しいと話す南川氏


南川:そうなんです。ハーモニカは教育現場から消えつつあっても発展・普及しています。では、鍵盤ハーモニカはどうなるのか。今は価値をあまり理解してもらえない状況ですが、数少ない楽器になれば、その良さに気付いてくれる可能性が高まるのではないかと期待しています。


ふかわ:鈴やカスタネットもそうですが、鍵盤ハーモニカも雑に箱のなかに放り込まれている可哀そうな存在ですからね。


南川:私は日本で要らなくなった鍵盤ハーモニカを途上国に送るボランティアをしていたのですが、楽しそうに演奏している子どもたちを見ると涙が出てきます。


ふかわ:そんなドキュメンタリーを見たい。南川さんには、世界中を旅してどんどん鍵盤ハーモニカを普及させてほしいです。


南川:はいぜひやっていきたいです。鍵盤ハーモカは喋らなくても心を通わせられるツールだと思っているので。


ふかわ:僕はDJのインスタライブで使ってみようかな。あと、鍵盤ハーモニカって逆再生するといい感じの音が出るような気がします。


南川 はい、そう思います! あとエフェクトをかけると楽しいですよ。


ふかわ:なるほど。音をマイクで録って、サンプリングして重ねても面白そう。そういう素材としてのポテンシャルも高そうですね。


南川:あまり気づかないかもしれませんが、鍵盤ハーモニカはテレビやBGMなど日常のさまざまな場所で音が流れているんです。決して煌びやかな楽器ではないですが、誰かの要望を少しずつ叶えてくれる名脇役のような存在として生き続けているんです。


ーー一過性のものではなく、本当の意味で鍵盤ハーモニカが日本に根付いていけばいいですね。そのきっかけが『鍵盤ハーモニカの本』になるかもしれません。


南川 おこがましいですが……(笑)。本書は、国内外の歴史だけでなく、鍵盤ハーモニカに取り憑かれたさまざまな人物にもたくさんスポットをあてています。「ググっても出てこない」偏愛たっぷりな鍵盤ハーモニカの本ですので、ぜひ手に取ってくだされば!


南川朱生(ピアノニマス)
1987年生まれ。日本を代表する鍵盤ハーモニカ奏者・研究家。世界にも類を見ない、鍵盤ハーモニカの独奏というスタイルで、多彩なパフォーマンスを行う。所属カルテット「Tokyo Melodica Orchestra」は米国を中心にYouTube動画が37万再生を記録し、英国の世界的ラジオ番組classic fmに取り上げられる。研究事業機関「鍵盤ハーモニカ研究所」のCEOとして、大学をはじめとする各所でアカデミックな講習やセミナーを多数実施し、コロナ禍で開発したリモート学習教材類は経済産業省サイトに採択・掲載される。東京都認定パフォーマー「ヘブンアーティスト」資格保有。これまでにCDを11作品リリースし、参加アルバムはiTunesインスト部門第2位を記録。楽器の発展と改善に向け多方面で精力的に活動している。趣味は日本酒とテコンドー。


ふかわりょう
1974年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学在学中の1994年にお笑い芸人としてデビュー。長髪に白いヘア・ターバンを装着し、「小心者克服講座」でブレイク。現在はテレビ・ラジオでMCやコメンテーターを務めるほか、ROCKETMANとして全国各地のクラブでDJをする傍ら、楽曲提供やアルバムを多数リリースするなど活動は多岐にわたる。著書に『スマホを置いて旅したら』(大和書房)、『ひとりで生きると決めたんだ』、『世の中と足並みがそろわない』(ともに新潮社)などがある。


(取材・文=米田圭一郎、撮影=林直幸)


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