「ボロクソ」で話題、漫画の「持ち込み」は運に左右? 元週刊漫画誌編集者が語るメリットとデメリット

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2023年11月08日 08:31  リアルサウンド

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イメージ(pixabayより)

 デビューを目指す新人の漫画家が出版社を訪れ、自作の講評を編集者から受ける――いわゆる「持ち込み」が、いま、SNS上で問題視されている。ことの発端は、ある漫画家の持ち込みに対する批判的なポスト(ツイート)だと思われるが、それに応じる形で、さまざまな“持ち込み経験者”たちが持論を展開させているのだ(賛否両論あるが、どちらかといえば、「編集者不要論」にも通じる否定的な意見の方が多いようだ)。


(参考:漫画家の“持ち込みボロクソ”問題、人気作家の見解はーー【推しの子】横槍メンゴ氏の優しい視点


 たしかに、数ヶ月かけて描いた自信作を、5分かそこらで、さっと目を通しただけの編集者から一方的に酷評されることも少なくない「持ち込み」というシステムは、漫画家サイドにしてみれば納得のいかない部分も大きいだろう。また、詳しくは後述するが、基本的に持ち込みの希望者は相手の編集者を選ぶことができないため、自分と相性の良い人物に作品を見てもらえるとは限らない。


 しかし、その一方で、たとえば『進撃の巨人』の諫山創のような、現在のコミックシーンを牽引している人気漫画家の多くが、この持ち込みをきっかけとしてデビューしているというのも1つの事実であり、そういう意味ではなくしてはいけないシステムなのだと私は思う。少なくとも、漫画の道を志している人たちに対して、自由な門戸は常に開かれているべきではないだろうか。


 そこで本稿では、あらためてこの持ち込みについて考えてみたいと思う。


■一度くらい「酷評」されても諦めることはない


 まずは「持ち込み」のメリットだが、それは、一言でいえば「プロの編集者の意見が直接聞ける」ということになるだろう。しかしこの「プロの意見」というものが曲者であり、果たしてそれをどこまで信じていいのか、という問題はある。


 なぜならば、編集者も1人の人間なので、基本的なスキルとは別にそれぞれの“好み”というものはあり、同じ作品を見ても、Aという編集者とBという編集者では、全く異なる評価を下す場合もなくはないのだ。じっさい、(名前を挙げるのはやめておくが)「某誌の敏腕編集者が、持ち込みに来た後(のち)の有名漫画家の才能を見抜けなかった」というような事例はいくつもある。


 つまり、基本的に「相手の編集者を選ぶことができない」という持ち込みのシステム上[※]、必ずしも自分と相性の良い編集者と出会えるとは限らず、そういう意味では、漫画家志望者としては、一度くらい酷評されたとしても、それはあくまでも「一編集者の個人的な感想」として冷静に受け止め、さっさと同じ作品を持って別の出版社へ足を運ぶくらいの気概が必要だろう。


※……通常、持ち込みの日取りは、漫画家側が希望した日時に手が空いている編集者が応対するという形で決まるため、お互いどういうタイプの人物と出会えるかは運しだい、ということになる。


 とはいうものの、仮に5社以上の出版社を回ってみて、全ての編集者から同じような厳しい意見をいわれた場合は、それが現時点における自分の実力だと考えた方がいいかもしれない(かといって、すぐに漫画の道を諦める必要はないと思うが)。


 なお、今回、SNSに投稿されたさまざまな“持ち込みの経験談”を見てみると、パワハラめいた態度で新人漫画家に接する編集者が一定数存在するのも事実のようだ。あらためていうまでもないことだが、きちんと作品を読んだ上での「厳しい意見」と、人を人とは思わない「パワハラ」は全く異なるものなので、その手の編集者はいますぐ態度を改めるべきだと思う。


■「投稿」という、もう1つの手段


 ちなみに、プロの漫画家になるためのルートとして、「持ち込み」の他にも、「新人賞への応募」――すなわち、「投稿」という手段がある。「週刊少年ジャンプ」の手塚賞・赤塚賞、「アフタヌーン」の四季賞あたりがよく知られているところだろうが、こちらの場合は、前述のような、「相性の良い編集者と出会えるかどうかは運しだい」という問題はほぼ回避できるといえよう。


 具体的にいえば、新人賞の下読みは基本的には全ての編集部員が行うため、当然、その段階で光るところがある作品は、誰かの目に止まるということになる。つまり、「持ち込み」のように、「1人の編集者の意見が全て」になってしまうおそれはまずないのだ(ゆえに、受賞する/しないに関わらず、担当編集がつく確率はこちらの方が高いといえるかもしれない)。


 ただし、デメリットもないわけではなく、そのまま原稿を家に持って帰ることができる「持ち込み」に対し、「投稿」は、審査が終わるまでの長い期間(おそらくは数ヶ月から半年以上)、原稿が返却されないのである。また、前者はその場で編集者の講評を聞くことができるが、後者は、選外になった場合、「どこが悪かったのか」を知らされることはない(注・一部の新人賞は、希望者にのみ、評価シートを同封して原稿を返却している)。


■編集者は常に新しい才能を求めている


 いずれにせよ――これもまた、最近SNS上で話題になったことではあるのだが――どんなに未熟な部分があったとしても、「1つの漫画作品を最後まで描き切る」というのは、並大抵のことではないのである。そして、その作品を見ず知らずの他人に見せるというのは、とても勇気がいることなのである。それゆえに私は、全ての“持ち込み経験者”を心から尊敬する。


 おそらく、ここ何日かのSNS上での騒ぎを見て、持ち込みに行くのを躊躇している若い人も少なくないかと思うが、ほとんどの漫画編集者は常に新しい才能を求めているものなので、あまり深刻に考えることなく、試しに一度、どこかの編集部のドアを叩いてみるといいのではないだろうか。


[付記]本稿ではあくまでも旧来のスタイルの「持ち込み」について書いた。近年では、リモートで講評を受けられるケースや、同人誌即売会などでの出張編集部もある。また、SNSの個人アカウントで持ち込み作品を募集している編集者もいるので、漫画家側の選択肢は以前よりも増えているといえよう。


■著者プロフィール
島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。「週刊ヤングサンデー」編集部を経て、「九龍」元編集長。近年では小学館の「漫画家本」シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。また、最新刊となるインタビュー集『コロナと漫画〜7人の漫画家が語るパンデミックと創作〜』(小学館クリエイティブ)が発売中。


このニュースに関するつぶやき

  • コミティアで順に出張編集部を廻っていけば良いじゃん。
    • イイネ!1
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