時東ぁみ、来年で20年目の芸能生活を語る「デビュー時は『地獄が始まる』と思ってなかった(笑)」

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2023年11月27日 10:41  webスポルティーバ

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「元祖メガネっ子アイドル」時東ぁみさん・インタビュー後編

◆時東ぁみさん・前編>>「肌が白い参加者は私だけ」「白だしで体脂肪を落とした」

 時東ぁみさんがフィットネスの世界に足を踏み入れたきっかけは、不妊治療の一環だったという。そして無事に子どもを授かったあとも2カ月後にはトレーニングを再開し、その10カ月後には大会に出場。初挑戦でいきなり5位入賞を果たし、出産で悩みを抱える女性たちに勇気と希望を与えた。

 そのパワフルな行動力は、芸能界で10代から鍛え上げられた賜物(たまもの)だという。「忙しすぎて記憶がない」くらい働きまくっていた当時の話も聞いてみた。

◆「元祖メガネっ子アイドル」時東ぁみさん・大会&私服&フィットネス写真(46枚)>>

   ※   ※   ※   ※   ※

── 時東さんは、2022年に出産を経験されましたが、トレーニングを始めたのはそのあとからですか?

「いえ、違います。2016年に結婚をしたんですけど、なかなか子どもができなくて、2年ぐらい不妊治療をしていたんです。やっぱり(妊娠には)体質の改善も必要だということで、トレーニングをしようと思いました。

 そんな時、トレーナー界のレジェンドである山本義徳さんのYouTubeにゲスト出演させていただいて、それがご縁でトレーニングをスタートしたんです。2019年6月ぐらいですね。まったくの初心者だった私を指導してくれた山本先生には本当に感謝しています」

── では、不妊治療の一環として始めたわけですね。

「そうですね。おかげで生理痛もなくなりましたし、トレーニングの効果はあったのかなって。それまでは普通に健康だったので『やる意味はあるのかな?』と思っていたのですが、身体を整えるという意味でも、やってよかったなって思っています。実際、子宝にも恵まれましたし、出産の際も安産でしたからね」

── よかったですね。出産後はまたトレーニングを再開したということですが、以前の体形に戻るのか心配する方が多いと聞きます。

「たしかにお腹がだんだん大きくなってきて『これ、戻るの?』と心配することもありました。産後、トレーニングを始めたのは2カ月後ぐらいですかね。でも、その10カ月後に大会に出たんです。やればできるんですよね」

── すごいですね。

「周りのトレーニングをなさっている方々も、実はけっこう(体型を)もとに戻しているんです。だから出産前に身体をしっかり整えておいて、産後にトレーニングを再開すれば、もとに戻ると思います。現在不妊治療をしている方、妊娠中で身体が変わってきて不安な方、産後の自分の身体に心配されている方々に『戻れるよ』って姿を私自身が見せられたんじゃないかと」

── 時東さんの姿に勇気と希望をもらえると思いますよ。

「そうだとうれしいですね。あと、妊娠中のケアも大事。やっぱり皮膚が伸びるので、お腹はもちろん、胸や内股にはマメにクリームを塗ってください。それだけでリカバリーが違いますから」

── 現在、トレーニングはどれくらい行なっているのですか?

「子どもが産まれる前は週2〜3回、行くことができたんですけど、今は週に1回、行けたらラッキーという感じですね。もちろん物足りないのはありますが、トレーニングや食事の指導を受けてきたおかげで、日常生活も含め、自分のペースで身体が作れるようになりました。

 なにより妊活のために始めたトレーニングですし、その成果を実感しているので、今、不妊に悩んでいる方々がトレーニングをする応援をしていきたいんです。自分もきちんとキレイに保って、経験を伝え、多くの人が健康になってもらえたらと願っています」

── 生活や人生がトレーニングとリンクしているのはすばらしいことです。バイタリティ豊富な時東さんも芸能界デビューして19年目になりますね。

「そりゃ歳をとりますよね(笑)」

── 2005年にメガネがチャームポイントのアイドルとしてデビューしましたが、あの当時はかなり忙しかったんじゃないですか。

「忙しすぎて記憶がないんですよ。スケジュールをこなすだけというか、変な話、笑っていればよし、みたいなところも絶対にあったと思うし。当時を考えれば、今は本当に充実していますね」

── 辞めたいと思うこともありましたか。

「10代の頃は、いつ辞めてもいいと思っていました。ぜんぜん辞めさせてもらえず、ここまで来ちゃいましたけど(笑)。

 一番つらかったのは、実家に住んでいるのに、親が起きる前に家を出て、寝ている時間に帰宅する生活が続いていたことですね。暗い家に帰るのがすごく切なかったのを覚えています」

── 当時はコンプライアンスの定義もありませんでしたからね。

「楽屋でいつも泣いていましたよ(笑)。点滴を打ちながら現場に行き来したことありましたし、できることなら倒れてしまいたいって思うことも一度や二度ではありませんでした(笑)」

── えー、そうだったんですね。

「でもそんな時、一番元気をもらえたのが、ファンのみなさんの前に立つことだったんです。裏では大変だったけど、逆に一番解放される瞬間でしたね」

── なるほど。特に時東さんはグループ活動ではなくソロのタレントだったから、悩みを相談する仲間もいなかった。

「そうなんですけど、私はデビューのきっかけは『ミスマガジン』で、当時6人選ばれたんです。会う機会も多かったのですごく仲がよかったんですよ。当時は『地獄が始まる』と思ってなかったので、集まるとキャッキャッしていましたね(笑)」

── その後、まさか......(笑)。

「はい。でも、ミスマガジンのメンバーは今でも仲がよくて、連絡を取り合いますし、仕事の相談もしたりするんですよ。そうだ、当時はフットサルが流行っていたんですよ」

── 女性アイドルがチームを作って代々木第一体育館で大会をやっていましたね。

「そこにミスマガジンチームで参加していたんですけど、歴代の先輩方も含めたメンバーはもちろん、当時の監督やコーチ、スタッフの方々と現在もつながっていて、いまだに集まったりすることがあるんですよ」

── へえ、それはすごい絆ですね。

「芸能生活を振り返っても、すごく支えてくれているメンバーですし、私はグループ活動をしていませんでしたが、そこが自分にとってすごく大きな存在なんです。当時は"いいガス抜き"になっていましたから」

── そんな怒涛の日々だった、かつての自分に言ってあげたいことってありますか。

「当時はインタビューで『なにが欲しいですか?』と問われても『自由な時間がほしいです』と答えていたぐらいだから、ずいぶん追い詰められていたと思います(笑)。だけど、あの苦しいことを経験したからこそ今があるんだと実感しているので、『いっぱいつらいことを経験しろ』って思いますね。それでいいんだって。

 そうすれば、来年で20年目になりますが、長く芸能活動を続けられるからねって。苦しい日々は、基礎をつくる時間だったと思います。今の時代であれば、逃げてもいいと思うんです。けど、逃げたら歴史は終わってしまう。乗り越えると、意外とその先に道は拓けているんだよって、今の若い子たちには伝えたいですね」

── なるほど。それだけの経験をしていれば、トレーニングや食事制限も楽勝ですね。

「いやいや、それはまた別の話ですけど、あの当時よりはラクかもしれません(笑)」

── トレーニングもしかり、努力をした先には、新しい世界が広がっているということですね。

「そうですね。かつて私には、子どもができないという暗い道がありました。だけど、トレーニングをしたことで、広い道に行くことができたんです。

 だから、たとえば『別れた元カレを見返したい』といったきっかけでもいいので、まずはトレーニングを始めてみて、その先に大会という目標を立てたり、大会でないにしろ小さな目標を持つことができれば、きっと世界は広がるはず。そこは今後も経験者として、いろいろと伝えていきたいと思っています。

 見た目もキレイになるし、表情も明るくなって、メンタルも安定する──。いいことばかりなので、興味がある人は気軽にトレーニングにトライしてもらいたいですね」

<了>

◆「元祖メガネっ子アイドル」時東ぁみさん・大会&私服&フィットネス写真(46枚)>>


【profile】
時東ぁみ(ときとう・あみ)
1987年9月25日生まれ、東京都出身。2005年にミスマガジン2005つんく♂賞を受賞して芸能界デビュー。2016年に結婚、2022年に出産。身長153cm。B=85・W=58・H=85。

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