津久井やまゆり園事件が起きた相模原市、骨抜き「人権条例案」に批判の声

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2023年12月22日 19:01  弁護士ドットコム

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2016年7月に知的障害者施設の入所者19人が殺害された「津久井やまゆり園事件」が発生した相模原市で今、「人権尊重のまちづくり条例案」が揺れている。


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市から諮問を受けた「人権施策審議会委員会」が2019年11月から検討を始めて、3年以上が経った2023年3月、やまゆり園事件を「ヘイトクライム」と明記した答申が、本村賢太郎市長に手渡された。



当時の記者会見で、本村市長は「やまゆり園事件を経験した市として、誰一人取り残さない、疾病や障がいの有無で差別することがないように、皆が地域の中で生きていける多様性のある社会を作っていきたい」と意気込みを見せていた。



ところが、市が2023年11月に公表した条例案の骨子では、ヘイトクライムと明記されなかったため、「答申から大きく後退している」「差別をなくそうとする意志が見えない」といった批判が上がっている。



さらに、条例制定を見守ってきた市民や団体、ヘイトスピーチ規制に詳しい専門家からも「こんな内容の条例ならいらない」という声まであがっている。相模原市で今、何が起きているのか。(ライター・碓氷連太郎)



●差別に厳しい「画期的な答申」だった

相模原市では2016年7月、元職員が入居者19人を殺害し、26人に重軽傷を負わせた「津久井やまゆり園事件」が起きている。



また、2019年4月の統一地方選挙で、日本第一党から3人が市議会選に立候補した際、関係者が相模原市内で、「外国人は危険なんだ」「北朝鮮人を叩き出せ」と叫んだり、抗議した女性を複数の運動員が取り囲んだりした。



このときに初当選した本村市長は「ヘイトスピーチということはあってはならない」「条例制定も含め、前向きに検討していきたい」と語っている。本村市長の思いがあったからこそ、条例制定への道が拓けたといえる。



その後、市から諮問を受けた憲法学者やNPO関係者、公募市民を含む9人の市人権施策審議会委員は、2019年11月から23回にもわたる審議会を開催して答申を作成した。



やまゆり園事件を「ヘイトクライム」として明記することや、不当な差別を受ける対象を「人種・民族・国籍、障害・性的指向、性自認、出身(被差別部落)」とすること、独立性を持つ専門的第三者機関として「相模原市人権委員会」を設置し、委員会が被害者救済のために対応するなど、差別に厳しいものだった。



こうした内容から、市民だけではなく、障がい者に対する施策を検討するDPI日本会議などからも「画期的な内容だ」といった評価の声があがっていた。



●答申を無視したことは「不合理だ」



今年3月の記者会見で本村市長は「相模原市人権推進指針により実効性を持たせるべく、しっかり庁内で検討させていただきたい。市民の意見もたまわり、来年度中に議会に提案したい」と語っていた。



それから半年以上経った11月、市は「相模原市人権尊重のまちづくり条例(案)」を発表した。



ところが、やまゆり園事件を「ヘイトクライム」と明記せず、「本市においては、平成28年に神奈川県立津久井やまゆり園で多くの尊い命が奪われるという、大変痛ましい事件が起きた」と記されていた。



また、対象もヘイトスピーチ解消法にならって「本邦外出身者」に限定。差別的言動があれば、勧告、命令を発して、従わない場合、氏名は公表するものの、罰則は削除されている。



さらに、新たに設置される人権委員会は、「関係者等への調査や調整、加害者への説示などができる仕組みを設けること」とされていたが、「被害者の家族や関係者は差別事案について、当該市民等に代わって、市長に対し解決するために必要な助言又はあっせんを行うべき旨の申立てをすることができる」に変更された。



そして、差別的事案について「人権委員会が市長に声明を発出するよう求めることができるようにすること。市長は、その求めに応じない場合は、人権委員会に理由を説明しなければならないこと」という部分はなくなっていた。



答申の成立を見守ってきた師岡康子弁護士は「憲法学者2人を含む審議会が3年以上かけて問題ないと判断した結果が『答申』に示されており、それを行政が無視するのは、不合理だ」と憤る。



●有識者「人権委員会の独立性を保つことは可能だ」

条例案の骨子発表後の11月28日におこなわれた人権施策審議会では、出席していた市人権・男女共同参画課長に質問が相次いだ。



なぜ、やまゆり園事件をヘイトクライムとしなかったのかと問われると、同課長は「(ヘイトクライムには)確定した定義がない」と回答した。



さらに人権委員会の役割が後退したことについて、「救済はあっせん、助言に含まれる」「説示は助言に盛り込めるし、相手の内心に踏み込んでしまうから条例での使用は適さない」などと説明した。また、「人権委員会は市長の付属機関のため、声明の発出を求めることはできない」とも語っている。



市が根拠にしたのは、地方自治法138条の3だ。



「普通地方公共団体の執行機関の組織は、普通地方公共団体の長の所轄の下に、それぞれ明確な範囲の所掌事務と権限を有する執行機関によつて、系統的にこれを構成しなければならない」「普通地方公共団体の執行機関は、普通地方公共団体の長の所轄の下に、執行機関相互の連絡を図り、すべて、一体として、行政機能を発揮するようにしなければならない」



しかし、国際人権法や人権政策にくわしい神奈川大学名誉教授の山崎公士さんは、たとえ首長の付属機関であっても、独立性を持たせることは可能だと話す。



「地方自治法上、人権委員会は行政の付属機関にあたるので独立性を全面に出すことはできないのは事実です。しかし、委員会は調査や調整を踏まえた意見を提出することができるという条項を条例に盛り込み、市民が人権を侵害され差別される事案が起きる、もしくは起きるかもしれない可能性が濃厚な場合には、市長の諮問がなくても市長に提言できることとするなどの工夫は可能です。また付属機関であったとしても、独自の事務局を置いている川崎市の人権オンブズパーソンのように、独立性を保って活動することはできます」(山崎さん)



●条例案の骨子についてのパブコメを「2024年1月9日」まで募集

12月17日の夕方、小田急線相模大野駅前で、20人以上の人たちが「やまゆり園事件を繰り返さない 相模原に反差別条例を」「ヘイトクライムを繰り返させない人権条例制定を」などと書いたプラカードを掲げて、気温が急降下する中でスタンディングをしていた。



参加していた女性の1人は取材に「即時撤回と答申を活かした修正ができないなら、条例はいらない!」と強い口調で話した。行き交う人の関心は高く、主催した反差別相模原市民ネットワークの田中俊策さんによると、用意したチラシがほとんどなくなったという。



スタンディングに集まった人たちが訴えていたのは、12月1日から募集が始まったパブリックコメントに意見を提出することだ。「答申を無視しないでほしい」「答申どおりの内容に作り直してほしい」などの声を市に届けてほしいと、力を込めて呼びかけていた。



このパブコメは、来年2024年1月9日まで募集されていて、相模原市民でなくても送れる。反差別相模原市民ネットワークだけでなく、外国人人権法連絡会や障がい者に対する施策を検討するDPI日本会議などからも、答申に基づく条例制定を求める要望書が市に寄せられている。



市民や当事者からの声を無視して「条例制定」をゴールにするのか、それとも山崎さんも「NPOと公募委員、研究者が現状を踏まえながら慎重に審議を重ねて、燦然と輝くものを生み出した」と評価する答申を活かして、市民を差別から守るためのまちづくりを目指すのか。相模原市の姿勢が問われている。



●相模原市人権尊重のまちづくり条例(案)の骨子についてのパブリックコメント

https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/shisei/1026875/shisei_sanka/pubcome/1029648.html


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