「模倣犯」は脚本開発に2年半、台湾ドラマ急成長の理由を名プロデューサーが語る

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2023年12月25日 18:32  cinemacafe.net

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湯昇榮さん
「悪との距離」「次の被害者」「模倣犯」など話題の台湾ドラマを次々と世に送り出し、台湾の映像業界で一目置かれる名プロデューサー・湯昇榮さん。製作の舞台裏を聞くと、見えてきたのはグローバルに展開するための脚本開発へのこだわりと、ローカル色を取り入れたストーリーの多様化だった。

配信サービスの普及でグローバル化に方向転換
――近年の台湾ドラマは飛躍的にクオリティが上がったと感じます。その背景には、文化コンテンツの産業化や国際化を促進する「台湾クリエイティブ・コンテンツ・エイジェンシー 」(以下、TAICCA 読み:タイカ)や台湾政府によるサポートがあるとうかがっています。現場で感じる変化があれば教えてください。

まず、これは世界的なトレンドですが、Netflixのようなストリーミングプラットフォームの台頭によって視聴者の鑑賞スタイルが変わりました。テレビと違い、見たい時に、見たい速度で見られる。こうしたビジネスモデルによって、好まれるジャンルが明確になったと思います。

台湾のドラマはここ10年間で大きな変化を遂げました。とりわけこの5年間で、さまざまなジャンルの作品が作られるようになったと思います。約5年前にTAICCAのような機関ができてからドラマ製作へのサポートが強化されましたし、政府も政策面の改善を進めています。

――最近の映画やドラマのヒット作を見ると、ホラーや社会派ドラマ、LGBTQ+など、ジャンルが多岐にわたっています。台湾の市場でうけるジャンルと海外展開を狙ったジャンルに違いはありますか?

まず映画に関していえば、台湾の観客に人気のジャンルはホラーです。ラブストーリーも人気ですね。

次にドラマの話をすると、台湾ならではのジャンルとしては、BLドラマがあります。ニッチな視聴者層ではありますが、世界的に関心の高いテーマでファンも多く、LGBTQ+の要素がある作品は海外市場をさらに開拓できる可能性のあるジャンルだと考えています。

海外向けでいうと、クライムサスペンスですね。手ごたえを感じたのは、私が代表を務める製作会社・瀚草影視が6年前に手掛けた医療サスペンス「麻酔風暴2」のあたりから。この作品はヨルダンでの撮影を敢行し、海外にも版権が売れました。もともと台湾の人も、日本や米国のクライムサスペンスはよく見ていたのですが、製作会社には予算がないし、撮影手法やストーリーの語り方もよく分からなかった。そこで私たちは何年もかけて研究を重ね、「次の被害者」(2020年)、「模倣犯」(2023年)の2作で自信を深めました。

もう一つ大事なジャンルは、社会的テーマを取り上げた作品です。「悪との距離」(2018年)を製作した時から、ああいう社会の一面を切り取った作品は台湾の視聴者にうけると信じていました。台湾ではケーブルテレビがほぼ全家庭に普及しており、ニュースチャンネルだけでも10数チャンネルある。ニュースを視聴する習慣があるので、社会の動きを追うことに関心が高いのです。ですから「模倣犯」にも社会的テーマを盛り込みましたし、こうした作品を製作することで、世界中の人に台湾の姿を見てもらうチャンスが生まれると信じています。

脚本家の創作活動を支える取り組み
――TAICCAとの協力で実現した作品の例と、TAICCAによる支援の意義や成果についてどのように考えていますか?

韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)のように、TAICCAは台湾において大事な存在で、瀚草影視はTAICCAとファンドや脚本開発で協力関係を結んでいます。2022年には台湾の新進監督や作品を支援するファンド「合影視」(Tomorrow Together Capital)を設立しました。今年金馬奨にノミネートされたホウ・シャオシェン監督のプロデュース作『老狐狸』(『Old Fox』のタイトルで今年の第36回東京国際映画祭で上映)はこのファンドを使って製作した作品です。

もう1点、TAICCAがすばらしいのは脚本開発をサポートしてくれることです。最近では「次の被害者2」で協力をいただきました。ほかにも脚本開発が進んでいる映画やドラマの企画がいくつもありますが、まだお話できる形にはなっていません。TAICCAは、台湾のクリエイターが生活に困らず、よりよい環境で創作に臨めるように、まず脚本開発費を提供してくれるので非常に助かっています。

TAICCAとは脚本家のワークショップも行っています。昨年、一昨年は、Netflixのオランダの脚本家にご協力いただき、台湾で初めて大規模なワークショップを行いました。台湾の脚本家が大勢参加し、米国ドラマの脚本執筆のノウハウを学びました。

――「模倣犯」についてうかがいます。原作自体は少し前に書かれた小説ですが、今の時代に合った巧みな改編をされていたと思います。脚本開発には、どのくらいの時間をかけたのですか?

原作に書かれている事件について、設定されている当時の時代背景をいろいろ調べる必要がありました。そして得られた結果を分析し、取り込める要素は今回の脚本にも取り込み、キャラクター設定やストーリー構成も再考したのです。脚本完成までに約2年半の時間をかけ、今の台湾にローカライズした「模倣犯」を作り上げました。

台湾のクリエイターたちに宿る日本の“養分”
――日本のコンテンツのどんなところに魅力を感じますか? かつて台湾では日本漫画などを原作にしたドラマが数多く制作されていましたが、今では台湾における影響力を見ても、韓国のコンテンツに押されています。

漫画やアニメ、小説など、日本は世界で最も重要なクリエイティブの発信地だと思っています。私は日本のドラマを見て育ちましたし、推理小説や漫画など、日本のコンテンツは今も魅力的です。「おしん」の大ヒット以降、大勢の日本のアイドルやドラマが私たち台湾のクリエイターの養分となっています。

ここ10年ほどで皆、韓国ドラマを見るようになりましたが、日本から吸収した養分は今でも生きていますし、日本にはまだまだ大勢のクリエイターがいる。「模倣犯」も宮部みゆきさんの過去の小説ですが、物語の核となる部分は、改めてドラマにする価値が十分あると思いました。ドラマ化の機会を下さった宮部さんには、とても感謝しています。

現在も、複数の日本とのプロジェクトが進行中です。日本と台湾だけではなく、世界中の視聴者にも理解してもらえるようなテーマの作品を発信していきたい。日本と台湾でヒットすれば、世界でも通用すると思っています。

実は私が小さい頃、母が10年間、日本で働いていたことがあるんです。兄も日本の大学を卒業しました。家族が長い間日本にいたので、私も80年代、90年代の日本をよく知っています。

ローカルの多様なストーリーを生む背景
――湯さんのプロフィールを拝見すると、以前はテレビ局で客家や原住民に関する番組などを製作されていたそうですね。その経験も今のドラマ制作に活かされていますか?


私自身、客家人なので、自分のルーツには非常に関心があります。学生時代は原住民のサークルに入っていましたし、母はホーロー語(台湾語)を話す所謂“本省人”。私にはいろいろな背景があるのです。小さい頃は「眷村」(戦後、中華民国政府とともに大陸から台湾に渡った軍隊とその家族が住んでいた集落)に住んでいたこともあります。こうした経験や背景から刺激を受けましたし、移民や外国人労働者の問題、民族といったテーマに関心を持つようになりました。

2021年に製作した「茶金 ゴールドリーフ」は、改めて客家というルーツを見つめて製作したドラマです。多額の予算をかけた作品で、台湾で大きな反響を得ました。日本でも美術家の奈良美智さんがTwitterで言及してくださいました。

世界共通で視聴者が見たいのは物語に流れる感情やキャラクターです。そこにローカル色ある独自の背景を加えると作品が多様になって面白くなります。ストリーミングサービスが普及し、ローカルの視聴者のニーズも増えているので、もっと多くのジャンルのストーリーを打ち出していきたいと思っています。

――日本では映画やドラマの制作現場の労働環境の厳しさやハラスメントの横行が問題になっています。台湾ではいかがですか? プロデューサーとしてどんな取り組みをされているのか教えてください。

この業界で長く働いていますが、ここ3〜5年で大きく変わったと思います。既定の労働時間内に作業を終えることや労働環境の安全を保つためにも、撮影に入る前にスタッフ全員が講習などを受けなくてはなりません。

我々のチームは女性が多いので、女性が働きやすい環境づくりにはとても気を配っていますし、いつでも訴えを聞ける体制にして、対処するようにしています。

映像業界の仕事はハードです。時間的にも、集中力が必要という点でも、生活面でも十分な目配せが要る。産業の健全性を保つため、しっかり取り組まなければなりません。こうした対策をしっかり行って初めて、スタッフ一同が共通認識を持ってグローバルに展開していけると思います。


このインタビューは、台北で開かれた文化コンテンツ産業の大型展覧会「2023 TCCF クリエイティブコンテンツフェスタ」(Taiwan Creative Content Fest)の合間に行った。TCCFを取材して感じたのは、台湾の文化コンテンツ産業にとってグローバル化は、市場という意味だけではなく、国際社会に台湾の存在感を示すためにも非常に重要な意味を持つということ。エンターテインメント性と台湾ならではのローカル色を両立させたドラマ作りにおいて、湯さんの脚本へのこだわりと、公的機関からの手厚いサポートが印象的だった。

やはりTCCFに参加していた深田晃司監督にもお話をうかがうと、「日本の場合は脚本開発への助成が少なく、安価に抑えられてしまいがち。少ない報酬や短い期間で脚本執筆を迫られることも多い」といい、経済的に一番リスクの高い脚本開発の部分をサポートすることの重要性を指摘。「たとえば韓国のエンターテインメント作品の粘り強さというか、脚本上の練り込まれ方を見ると、実はエンターテインメント作品こそ、脚本開発って重要なのかもしれませんね」と語ってくれた。

台湾から今後、どんな厚みのあるドラマが生み出されるのか、これからも注目したい。

プロフィール

湯昇榮(フィル・タン)

プロデューサー、監督、記者など、映像業界で25年以上のキャリアを持つ。プロデュースした「次の被害者」「悪との距離」「火神の涙」「茶金 ゴールドリーフ」はいずれでもネットフリックスで数10週にわたりランキング1位に輝いたほか、「模倣犯」は台湾ドラマ史上初めて世界の非英語作品ランキングで2位に入った。
〈協力:台湾クリエイティブ・コンテンツ・エイジェンシー〉



(新田理恵)
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