キャリア20年のF1エンジニア・小松礼雄に聞く「いいドライバーの条件」過去No. 1は誰?

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2023年12月31日 17:21  webスポルティーバ

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ハースF1・小松礼雄 インタビュー後編(全2回)

 ハースF1チームで技術部門を統括するエンジニアリングディレクターとして活躍する小松礼雄氏。2003年のB・A・Rホンダからキャリアをスタートさせ、ルノー、ロータスのエンジニアを経て、2016年のチーム結成時にハース入り。インタビュー後編では、フェルナンド・アロンソやキミ・ライコネンらチャンピオン経験者をはじめ、数多くのドライバーと二人三脚で仕事をしてきた小松氏に「いいドライバーの条件」を聞いた。

* * *

【100%を出しきる準備の力】

ーーF1ドライバーは速く走るのは当たり前ですが、エンジニアの視点で「いいドライバーの条件」を教えてください。

小松礼雄(以下、小松) F1のレベルまでくると、みんな速いですし、運転が上手なんです。大事になってくるのは、どうやって常に自分のベストの状態をもってくることができるのか、ということ。それは、メンタルとフィジカルの両方において。自分自身をきちんと理解して、能力のすべてを発揮するための準備ができるかどうか。それがプロのドライバーでは非常に重要だと考えます。

 これはすべてのアスリートに言えるかもしれません。たとえば、サッカーの中田英寿選手は「準備の天才」と言われていたようですが、イタリアのセリエAに行く前から現地で活躍するためのトレーニングをして、言葉や文化を勉強していました。そして移籍した途端にイタリア語でしっかりと会見していました。プレーヤーとしての能力はもちろんですが、自分のパフォーマンスを発揮するための準備をする能力が段違いだったと思います。

 F1で7度の世界チャンピオンに輝いたミハエル・シューマッハ選手がそうですね。マシンを速く走らせ、自分のフィジカルのコンディションをキープするのは当たり前。能力を100%発揮するために、彼は他のドライバーが遊んでいる時でもトレーニングをしていました。そのうえで、どうやったらチームのスタッフを仲間に引き込んで、チームをいい方向に導けるのかを考えて行動していた。そのあたりの能力が重要だと思います。

ーーその他にも重要な能力や条件はありますか?

 それは、2023年からハースのドライバーを務めるニコ・ヒュルケンベルグが示してくれています。彼はウイリアムズ、(アストンマーティンの前身チームの)フォース・インディア、ザウバー、ルノーなど、さまざまなチームのマシンを乗っていて経験が豊富ですし、マシンに乗ってすぐにいろいろなことを感じられる。すごくいい感性があるんですね。さらに感じたことをきちんとエンジニアに伝える能力があります。要は、コミュニケーション能力が高いんです。

 このコミュニケーション能力が非常に重要です。いくら天才的に速くても、クルマの状況を的確な言葉でエンジニアに伝える能力がないと開発は前に進んでいきません。

【ルノー時代のアロンソがナンバーワン】

ーー小松さんはこれまでに複数のチームに所属し、多くのドライバーと一緒に仕事してきています。すごいと感じたドライバーは?

 ナンバーワンはルノー時代のフェルナンド・アロンソ選手です。雨でもドライでも速いし、どんなクルマでも能力を100%引き出してしまうんです。

 2010年にルノーで一緒に仕事をしたロバート・クビサ選手も印象的です。当時、僕はロバートのチームメイトだったヴィタリー・ペトロフ選手の担当でしたが、ロバートは速さがあり、レースに対する情熱もすごかった。

 ロバートは将来のワールドチャンピオンになると思いましたね。彼が加入する前年(2009年)にアロンソはチームを離れてしまいましたが、僕たち技術陣がいいクルマを提供することができれば、ロバートはタイトルを狙えると思いました。

 天性の能力ではロマン・グロージャン選手がすごかった。でも、残念なことに彼はその能力を活かしきれなかった。2012年にロマンはロータスでキミ・ライコネン選手と組んでいて、その年のモナコGPでライコネンよりもコンマ7秒も速かった。当時のライコネンはドライバーとしてのピークこそ過ぎていましたが、まだまだ速かった。その彼でさえ、モナコではロマンにまったくかなわなかったですからね。

ーーグロージャン選手は精神的なもろさがあって、天性の速さを活かせなかった。メンタルの強さも大事ということですね。

 そのとおりです。ロマンがF1の世界で成功できなかったのはドライビングが原因ではありません。原因はメンタルですから、もったいなかったと今でも思います。彼は状況が悪くなると叫んで、自分を見失ってしまう。ドライバーはみんな繊細で、孤独なところがあります。ミスをして自信をなくしたり、チームに対する信頼がなくなったりすると、成績がガクンと落ちる。そういうドライバーをこれまでたくさん目にしてきました。

 エンジニアの視点であえて厳しく言わせてもらうと、なんでそんなにメンタルが弱いのかと感じることがあります。ほとんどのドライバーは子どもの頃からカートを始め、プレッシャーのかかるなかでずっと戦ってきて、頂点のF1までのし上がってきています。F1ドライバーになるまでに数多くの困難や重圧を乗り越えてきているはずなのになぜ、と。自分がチームの中心的な存在でなければ、力を発揮できないケースも多いです。その点、マックス・フェルスタッペン選手を見ていると、速さはもちろんですが、精神的にもタフ。それが彼の強さのベースになっていると思いますね。

【フェルスタッペンとアロンソが同じクルマで戦ったら?】

ーー最後に、今、現役選手のなかで好きなドライバーをふたりクルマに乗せられるとしたら、誰を選びますか?

 ひとりは絶対にフェルスタッペンですね。もうひとりはマクラーレンのランド・ノリス選手もいいですが、やっぱりアロンソかな。まさに夢のラインナップですね(笑)。アロンソは42歳になりましたが、今でも速いクルマを与えたら、すごい走りをすると思います。フェルスタッペンとアロンソが同じクルマでガチンコの勝負をしたらどうなるのか、興味がありますし、見てみたいです。

ーー答えるのが難しいと思いますが、フェルスタッペン選手とアロンソ選手が同じクルマに乗ったらどちらのドライバーが勝つと予想しますか?

 難しいですね(笑)。予選の一発に関しては、現時点では若いフェルスタッペンが勝つかもしれないですが、決勝は雨でもドライでも両方とも恐ろしいほど速いので、正直、わからないです。速さだけで言えば、フェラーリのシャルル・ルクレール選手もふたりに匹敵するレベルにあると思いますが、やっぱりミスが多い。フェルスタッペンとアロンソは速さと強さを兼ね備えています。

 あえて、どっちかが勝つと言うなら、フェルスタッペンかな。アロンソは昔(2007年)、マクラーレンでルイス・ハミルトン選手と組んでいた時代に、当時ルーキーのハミルトンに追い詰められ、精神的な弱さを露呈してしまったことがありました。でも、フェルスタッペンは2015年に17歳でデビュー以来、若さゆえのミスは何度かしたことはあっても、メンタルの弱さを見せたという記憶がありません。フェルスタッペンの死角はどこにあるのかなと思いながら、いつも彼のレースを見ています。


終わり

前編<F1エンジニアの仕事をハース・小松礼雄に聞く クルマを「おいしく」する苦悩と醍醐味>を読む

編集協力/川原田 剛


【プロフィール】
小松礼雄 こまつ・あやお 
1976年、東京都生まれ。高校卒業後、F1の世界を目指して渡英。ロンドンの英語学校で学んだのち、ラフバラ大学自動車工学部に進学。同大学の博士課程を経て、2003年にB・A・RホンダでF1のエンジニアとしてのキャリアをスタート。その後、ルノーやロータスでエンジニアとして活躍し、2016年に結成されたハースF1チームにチーフレースエンジニアとして加入。2023年はエンジニアリングディレクターとしてチームの技術面の責任者を務めた。

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