「舞台に立ちたい」冠二郎さん、旧知の関係者が語る“最後の仕事”の舞台裏

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2024年01月12日 17:00  週刊女性PRIME

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冠二郎さん

 芸能界で長年「アニキ」と慕われ、演歌でありながらパンチのある歌声で知られた歌手の冠二郎さんが1月1日、心不全のため逝去した。享年79歳。

最後の仕事で見せていた姿

 1967年にデビューし、その後「アイ・アイ・アイ・ライク・演歌」というユニークなフレーズで知られる『炎』などでヒット。1991年からは3年連続でNHK紅白歌合戦にも出場。

 2015年には『週刊女性』誌上でデビュー時より5歳サバを読んでいたことが報道されたものの、愛嬌のあるキャラクター性もあり、バラエティー番組などのブレイクの起爆剤ともなった。

 2016年には31歳年下の歯科衛生士、味菜子さんと結婚する。当時冠さんは72歳、味菜子さんは41歳。お互い初婚だった。

 その後、2020年くらいから糖尿病や虚血性心不全などで体調を崩し、心臓に負担がかかるからと好きなサウナもやめ、仕事もセーブして療養生活に入っていたという。

 冠さんに最後の仕事を依頼したという、旧知の芸能プロダクション社長はこう語る。

2022年7月に新宿で行われた、演歌のイベントに出演してもらいました。体調がよくないとは伺っていたのですが、『いいよ、久しぶりに舞台に立ちたいから』とおっしゃってくださった。

 昼夜2公演だったのですけれども、昼の部で舞台を降りる際に、よろけてつまずいてしまったのです。

 ご本人は非常に恐縮されていて、楽屋で『夜の部も大丈夫ですよ』とおっしゃっていたのですが、大事をとって出演を休止にさせていただきました。最後まで『申し訳ない』と繰り返されていた。本当に義理堅い方だなあと、忘れられません」(芸能プロダクション社長)

 同イベントで共演した演歌歌手の金嶋昭夫さんもこう振り返る。

「舞台に上がるまでマネージャーさんと奥様が付き添っていらっしゃいました。何度か『大丈夫ですか』とお声がけさせていただいたのですが、終始笑って『大丈夫ですよ』と。堂々たるお姿で昼の部を歌い上げてくださいました。このステージが最後のお仕事になったようなのですが、そんな偉大な先輩と共演できたことに嬉しいながら胸が詰まる思いです」

後輩芸能人から慕われ、妻からも愛される存在

 冠さんといえば、面倒見のよいことでも知られた。

「豪快な性格ながら、威張ったりすることがなく、芸能人にも一般の人にも態度を変えることがなかった。

 冠さんの演歌は『炎』を始めとしてノリがいいから、今でも大衆演劇の舞踊ショーの曲によく使われています。本人も『じゃんじゃん使って』と、喜んでいました。

 後輩の芸能人たちにとても慕われており、冠さんを囲む会は『かんむり会』と呼ばれていた。メンバーは、純烈をはじめとした冠さんにとっての“若手”や、女性アナウンサーなど、多岐にわたる面々がいたといいます。その存在に冠さんも『うれしいね、ありがたいね』と、とても誇りに思っていましたね」(前出・芸能プロダクション社長)

 また、妻の味菜子さんとは親子ほどの年の差があったものの、そのおしどり夫婦ぶりも有名だった。

「実は味菜子さんとは、彼女が6、7歳のころに一度会っていたそうです。味菜子さんが大人になってから知人の紹介で再会。冠さんはまったく覚えていなかったそうですが、味菜子さんは冠さんのことを鮮明に覚えていたそうです」(前出・芸能プロダクション社長)

 仲の良さが高じて、2020年にはデュエット曲『あなたは男でしょう』を発表する。

「買い物へ行くにもいつも一緒でしたし、地方公演にもペアの湯のみ茶碗を持参して使用するなど、本当に仲が良かった。『女房は、俺が死んだら私も死ぬ、なんて言ってくれたんだよ』とノロけていましたね」(前出・芸能プロダクション社長)

 演歌界の「アニキ」は、星となった今も、仲間や家族を見つめてくれていることだろう。

(取材・文/木原みぎわ)

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  • 『燃えろ!!ロボコン』のEDを歌っていたな。八代亜紀はラッキーマン、細川たかしは『おそ松くん』、吉幾三は『ゲゲゲの鬼太郎』と、演歌歌手もアニソン歌ってたもんだ。
    • イイネ!3
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