NHK『ひきこもりラジオ』のアナウンサーは、なぜ「当事者を支えたい」と言うのをやめたのか

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2024年01月27日 11:11  週プレNEWS

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番組プロデューサーの石井直人さんとMCを担当する栗原望さん


今や全国に100万人以上いるとされる「ひきこもり」の人々。報道などでセンセーショナルに取り上げられることも多い当事者たちの実態について、その生の声をラジオで届けている貴重な番組が、NHKラジオ第1の『みんなでひきこもりラジオ』だ。

2020年5月に特別番組として不定期の放送が始まり、現在は月イチのレギュラー放送のほか、収録の模様をテレビでそのまま放映する『テレビでひきこもりラジオ』も好評を博するなど、じわじわと取り組みの輪を広げている。

報道でもドキュメンタリーでもない、この「ひきこもりの、ひきこもりによる、ひきこもりのための番組」(番組紹介文より)について、番組プロデューサーの石井直人さん、MCを担当するNHKアナウンサーの栗原望さんにインタビューを行った全3回にわたる記事の2本目では、リスナーから愛される栗原さんがMCを務めるうえで意識していることを聞いた。

【画像】石井直人さんと栗原望さん

■MCは「覚悟のある人」が必要だった

――初回からずっとMCを担当されていますが、栗原さんが抜擢された経緯は?

栗原 たまたま空いていたんだと思います(笑)。この番組を企画したのが『クローズアップ現代』の取材チームなんですが、実は僕も2020年にコロナ禍のひきこもりを取材するときに同行していまして、ラジオが始まる際、「じゃあ栗原さんがいいんじゃないか?」となったのだと思います。

『クローズアップ現代』で初めて当事者の方を取材したときに、すごく恐る恐る話をうかがっていました。でも、その取材姿勢は大切だよねとディレクターやデスクは言ってくれて。そういったことがあったから、たまたま近くにいた僕に白羽の矢が立ったのではないか、とは思います。「ぜひ、あなたに!」みたいな感じではないです(笑)。

石井 なるほど(笑)。いや、こちらは「ぜひ、君に」と思っていましたよ。

栗原 あ、ほんとですか。

石井 最初は不定期の特番でしたが、プロデューサーとしては、これは確実に聴かれる番組になるだろうと考えていて。

――それは放送前から?

石井 前からです。だって、ひきこもりの人たちはラジオをよく聴いてくださっていて、投稿もたくさんしてくださっていたんです。その方々に呼びかけて、しかも楽しい番組だったら、絶対にたくさんの声が集まるはずだと思いました。

だから、1回限りではなく続いていく番組になるだろうと。で、続いていくならば簡単にはやめられない。「当事者の声が集まる場を作りたい」と言っていたスタッフのみんなには、その覚悟が必要でした。なのでMCを決めるときにも、ずっとやっていく覚悟のある人がいいと思いました。

しかも栗原さんの場合、『クローズアップ現代』のディレクターからの推薦もありました。「取材でも当事者の言葉をまっすぐに受け止めていたから、ぜひ」と。それでアナウンス室にも確認をとって、やれそうだとなったのでお願いしたわけです。ただ、一回目の放送はアナウンサーの先輩たちが気にしてみんな聴いていたね(笑)。

栗原 アナウンス室の室長まで聴いていました。普段は僕の放送はたぶん聴いてないのに(笑)。でも、僕はひきこもりの取材をしていて、これは被災地の取材に近いものがあるなとは感じていたんです。

僕は『ニュースウオッチ9』で被災地の取材をしたり、アナウンサーとしての前任地が福島の放送局だったりして、震災の遺族の方々の取材をすることもありました。そういうときって結局、ただお話を聞くことしかできないんですよ。鋭く掘り下げるなんてことは意味がないんです。被災した方の隣に座って、一緒にお茶を飲みながら、ただただお話を聞く。でも、それが重要ではないかと思っています 。

だから、僕にこの番組に合う資質があったのかはわかりませんが、そのときの経験から得たものが今も影響しているのだろうなとは思います。

■「ハブになれたらいいよね」

――それがひきこもりの人たちから寄せられたメッセージをひたすら読む、という今の番組の構成につながった?

栗原 そうですね。でも最初はもっといろいろやっていました。

石井 そこにはいろんな葛藤がありました。企画の意図としては、生の声がいっぱい集まる形式にしないと番組としてのパワーが足りないから、そのままでいきたい。でも一方、こういう問題に向き合う番組としては、専門家を呼んだり、経験者をゲストにしたりとかしたほうがいいのでは、という不安もある。で、実際にさまざまなやり方にトライしながら、やっぱり当事者の声をいっぱい紹介するほうがいいよね、となっていって。

そもそも番組を聴いているのも、メッセージを送ってくださるのも、当事者の方々なわけです。だからメッセージを通して、励ましの言葉だったり、アドバイスを求めているわけじゃないということを率直に言ってくださるんです。そういう声こそが大事だろうと思ったので、自然と今のかたちに落ち着いていきました。

栗原 個人的に決定的だったのは、『クローズアップ現代』の頃から取材でお世話になっているソーシャルワーカーの方に言われたことばです。コミュニケーションにおいてはジャッジしないことが大切だとおっしゃっていたんですね。つまり、番組で専門家が評論を始めた瞬間、当事者は「ここはジャッジされる場だ」と思ってしまう。だから、僕らがやるべきことは評論でも取材でもなく、ただ話を聞くだけで、それこそが大切な姿勢なんだと言ってくださったんです。

――その方からは、「支えたい、と言わないほうがいい」とも言われたとか。

栗原 そうなんです。2回目の放送で、僕がぼそっと、「当事者の皆さんを支える番組になればいいと思っています」と言ってしまったら、 「それは違うと思うよ」 と言ってくださって。じゃあ、いったい何をすべきなのかというのは今も課題ですが、「そういうことではないんだ」と指摘されたのは大きかったです。

それに話を聞くだけなら、自分でもやれるなと思えて。たしか石井さんとは、「ひきこもりの方々のハブになれたらいいよね」とも話しましたよね?

石井 そうですね。こちらが受け取って何かを返すのではなく、リスナーにメッセージをつなげる役割というか。

栗原 僕がメッセージを聞いてどう反応するかは重要じゃなく、自分はリスナーに聞いてもらうためにいるんだという発想の転換ができたのは、個人的にすごく良かったです。

■「ラジオのみんなが聞いてくれました」

――だから番組でメッセージを読んだあとに、栗原さんは「ラジオのみんなが聞いてくれました」とおっしゃるんですね。

栗原 そうそう。あの感覚です。

――栗原さんを通してリスナーにメッセージを届けているような言い方で、すごく印象に残っていました。

石井 昔、中高生向けの番組で悩み相談を担当していたんですが、実はああいう悩み相談って、大人が答えを出すことの意味はほとんどないんですよね。例えば、「学校でいじめられている」という投稿が来たときに、どこどこに相談をした方が良いとか、何らかのアドバイスすることはできるけど、相談者が求めていたのは、それではなくて、同じような経験をしている人の声でした。

番組ではMCがリスナーに向けて、「同じような経験がある人がいたら、ぜひ声をあげてください」と言ってみた。すると、実際にすごい数の投稿が寄せられたんです。で、そうやっていろいろな人の、いじめの経験を紹介していくと、番組の中でリスナー同士が励まし合ったりするようになったんです。だから、栗原さんにもそういう役割を担ってほしいと思っていました。

――それが「ハブになれたらいいよね」だった。

石井 ただ、そういうことができるパーソナリティはなかなかいません。お悩み相談ってけっこうな重さなんです。ましてや、この番組はひきこもりの皆さんのすごくツラい経験を聞いていく内容ですから、正面から受け止めるとパーソナリティもツラくなってしまう。すると番組を聴いている人もツラくなって、どんどん悪循環にはまってしまいます。だから、栗原さんのようなMCができる人は貴重なんです。

栗原 もちろん、たまに強烈なメッセージを受け取ることもあります。それこそ、「もう死にたい」とか。それに対して当然、何か言えることはないかと考えるんですけど、「生きていればいいことありますよ」なんて言っても響くわけがないですよね。何か言葉を返そうにも、言えることなんてほとんどないんです。今のスタイルになったのは、番組をやっていく中で、そのことに気が付いてしまったからというのが実情です。計算じゃないんです。むしろ無力感のほうが大きくて。

でも、そういう状態でもSNSのコメントとか、リアルタイムでメッセージも来たりして、「ああ、みんな聴いているんだ」とわかって。だから、僕から何かを到底言えるわけはないけど、「その言葉をリスナーのみなさんは聴いてくれましたよ」とお伝えしている。とにかく、その事実だけは伝えたいということなんです。

■アナウンサーというよりパーソナリティ

――途中で「これはツラくて読めない」といったことはあったんでしょうか?

栗原 そうならないように意識していることがあるんです。基本的に番組へ届いたメッセージは放送前に読んでいます。ただ、そのときに声に出して読まないようにしているんですね。音読するのは放送が初めての状態にしています。

アナウンサーはニュースを伝えるとき、最低3回は練習します。まず原稿を黙読して、次に自分の声を設計するために音読する。そして3回目で本番に入ります。『みんなでひきこもりラジオ』では、この2段階目のやり方でメッセージを読んでいるんです。つまり、自分にインプットするための読み方をしているわけです。

これはケース・バイ・ケースなんですが、この番組のようなメッセージを事前に何度も読んでしまうと、自分の中でガードしてしまう言葉が出たり、変に噛み砕いて伝えようとして、なんかこう......。

――自分はわかっていますよ、みたいな感じが出てしまうというか。

栗原 それではダメだと思うので、ちょっとマニアックな話ですけど、こういった試行錯誤をしているんですね。だから、よく放送を聴いていただくと、文章が変なところで切れてしまっていることがあると思います。それはアナウンサーの読み方としては失敗なんですが、この番組では成立しているかなと。

石井 この番組ではアナウンサーとしての栗原さんではなく、パーソナリティとしての栗原さんを求めていますからね。アナウンサーは言葉の意味や重要度をわかったうえで声にしてもらわないと伝わらないですが、パーソナリティに必要なのは、うまく読むことよりも、とにかく、「ちゃんとメッセージを受け取りましたよ」と伝えることなので、今のやり方でありがたいと思っています。

栗原 これも昔の経験からですが、例えば遺族の方に被災の話を聞くときって、大きな声になるわけがないですよね。だから、こういうときはボソボソした声を出すしかないというのもあります。ニュースを伝えるアナウンサーとしてはあり得ないやり方ですが。

――でも、そのアナウンサーっぽくない読み方が、この番組にはすごく合っています。

石井 だから、栗原さんにはパーソナリティとしていてもらわないと困るんですよ。

――そうですよね。今や栗原さんだからとメッセージを送るリスナーもいるでしょうし。

石井 テレビでの再放送(『テレビでひきこもりラジオ』)でも、「もっと栗原さんを大きく映してほしい」という声がありますからね。

――おおお。

栗原 そんなの言われたことないです(笑)。

石井 いや、ほんとにそういうお手紙が来るんですよ。

栗原 でも、僕はやっぱりテレビの人間でもあるので、カメラがあると意識してしまって、「こんなにメッセージが来ていますよ」とかやりたくなっちゃうんですけど、この番組でそういった演出は余計ですから、これからもなるべくカメラのことは忘れてやっていきます。

石井 やはり「主役はリスナー」というのは変わらないですからね。栗原さんが変に神格化されてしまうのは良くないと思いますし、これからも「みんなの場」であってほしいと思っています。

――ありがとうございます。次回の記事では番組で盛り上がる意外なメッセージテーマについてお聞きします!

■みんなでひきこもりラジオ
【放送】NHK・R1 毎月最終金曜 夜8時5分から
聴き逃し:放送後1週間「らじる★らじる」
https://www.nhk.or.jp/radio/

取材・文/小山田裕哉 撮影/榊 智朗

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