「ジェイ、どう?」 オフィスの視察かと思ったら面接だった

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2024年01月31日 08:11  @IT

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 国境を越えて活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。前回に引き続きSansanのJay Pegarido(ジェイ・ペガリド)さんにお話を伺う。幾つかの企業で経営者としての視点を学び、海外企業とのやりとりにも精通したジェイさんが、若いエンジニアに伝えたいこととは。


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 聞き手は、アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広。


●無職から一転、マネジャー、そして社長に


阿部川 “Go”久広(以降、阿部川) 2009年にSprasiaに入社してからのことを教えていただけますか。


Jay Pegarido(ジェイ・ペガリド 以下、ジェイさん)入社してから3年ほどたって実績を積み、私はIT部門のマネジャーになりました。そろそろ次のチャレンジを、と考えていたところ、社長から呼ばれ「自分たちのビジネスをアジアの他の地域で展開したい。やってくれないか」と持ちかけられました。


 Sprasiaという会社名は“Spread in Asia”(アジアに広がる)を縮めて作った造語で「ITのテクノロジーをアジアに広める」のがミッションでした。最初はインドネシアに拠点を作ることを考えていたようでしたが、私のスキルセットを100%活用できること、言語やコミュニケーションにおける利点もあることから、フィリピン(に拠点を作ること)を提案しました。社長も同意してくれて、2012年にセブに最初のオフィスを構えることになりました。


阿部川 新会社の社長ですね、ご自身でビジネスを動かしたり、会社を経営したりするのは初めての経験ですよね。当時何歳でしたか。


ジェイさん 33歳でした。(日本語で)「Sansan、ですね」(笑)。


阿部川 なるほど(笑)。Sprasiaの現地の社長としてどのようなことに取り組んだのですか。


ジェイさん いろいろしましたよ。オフィスを探したり、メンバーを採用したり。それまでフィリピンの労働に関する法規などを詳しく知らなかったので、それらへの対応にも気を付けました。エンジニアのトレーニングもしましたね。現地で教えられるのは私だけでしたから、大変でした。


阿部川 会社を一から立ち上げたのですから、営業、マーケティング、人のトレーニング、雇用と、全てやらなければならなかったのですね。


ジェイさん そうですね。開発部隊を作ることが目的だったので、顧客のニーズに応じて、製品を開発したり、機能を追加したり、拡張したり、カスタマイズしたりできなければなりません。そのために毎日トレーニングしました。業務は、日本企業から業務委託を受けてフィリピンで製品を作り、それを日本に提供する、といったものでした。


 仕様書は日本語なので、それを英語に翻訳してエンジニアたちに説明し、その上で私たちが使っている技術の内容やネットワークのこと、データベースのこと、などを全て一人で教えないといけませんでした。採用も進めつつ、給与の支払いや経理のシステムもやらないといけない。アウトソースできるとはいえ、最終的には全体を管理しないといけませんでした。


 ジェイさんの八面六臂(ろっぴ)っぷりがすごいですね。特に感心したのが日本語の仕様書を英訳した上で開発を進めたところです。ただでさえ言葉の壁で誤解が生まれやすいのに、従業員に教育しながらこなしてしまうなんて……。「ジェイさんがいるなら仕事を任せよう」と思うのも納得ですね。


阿部川 それは恐ろしく大変ですね。でもきっと、この4年間はとても貴重な時期だったでしょうね。マネジメントの視点を持って業務全体を見渡せるようになったのではないでしょうか。


ジェイさん おっしゃる通りです。これは自分にとって大きな転機だったと思います。最初の2年間はエンジニアリングやプログラミングの業務が主でしたが、徐々にマネジメント寄りに、仕事がシフトしていきました。私はプロジェクトマネジャーの資格を持っているわけではありませんが、関わる仕事が全て実践でしたので、効果的にスキルを向上させられたと思っています。良いオンザジョブトレーニング(OJT)を受けられました。


●シンガポールからセブへ


阿部川 2014年にはシンガポールでSprasiaの支社を立ち上げます。


ジェイさん はい。私はそこでゼネラルマネジャーを勤めました。


阿部川 これもまた新しい仕事の環境ですね。日本での仕事も、セブでの仕事も、シンガポールでの仕事も経験できたのですね。それぞれの場所で、違った業務や、マネジメントを学ばれたのではないでしょうか。


ジェイさん それぞれの拠点で特徴が違いますからね。シンガポールはどちらかというと営業とマーケティングが中心で、日本にクライアントがいて、フィリピンは開発拠点といった感じです。


阿部川 2016年には、International Systems Research Cebu(ISR)のセブ拠点を設立されます。シンガポールからセブに戻ったわけですね。


ジェイさん なぜセブに戻ったかというと、東京やシンガポールよりも自分のキャリアを高められると考えたからです。また、私は常に「何か人に役立つようなことをしたい」と思っています。起業すれば人を雇う必要があります。つまり、いろいろな人に雇用機会を提供できます。ですから会社を起業する機会に恵まれたとき、セブでやってみようと決意しました。


阿部川 ジェイさんの話を聞いていると、新しい仕事や機会が常に周りからやってきているように思います。「何々をやりたい」というよりは「これをやってみないか」と外から誘いが来る。現在のSansanの仕事も、私にはそのように思えますがいかがですか。


ジェイさん うーん、(日本語で)「運命でしょうか」。ちょっと分かりません(笑)。


 起業のきっかけは、ISRの社長との出会いです。セブ島で社長から「ここで起業してみる気持ちはないか」と言われました。ISRはクラウドのセキュリティを担う会社なのですが、当時、開発の拠点をアジア地域に設立したいと考えていたそうです。その中で私を見いだしてくれた、ということで申し出を受けることに決めました。


 主な仕事は、独自のクラウドセキュリティ製品の開発で、大変面白いものでした。会社の代表ですので、開発はもちろん、業務の全てのことに責任を持ち仕事を進めなければなりませんでした。ただ、経験を積んだエンジニアが多かったのでそこまで難しさは感じませんでした。約30人の社員をマネジメントするのは忙しい仕事でしたけれども。


 ISRは米国に市場がありましたから、それをカナダにも広げたいと考えていました。幸運にも、ゼネラルマネジャーとしてISRカナダを設立する機会に恵まれました。2017年の終わりぐらいだったと思います。


●視察かと思ったら面接だった


阿部川 カナダやフィリピン、米国、そして日本でさまざまな経験を得たのですね。そして現在はSansanです。


ジェイさん これも縁でしょうか。以前の同僚がSansanでコンサルタントをしていました。彼から「日本の企業がフィリピンでビジネスをしたいと思っている」という話を聞きました。それがSansanだと聞いてびっくりしました。日本にいたときから、名前を知っている企業でしたから。


 日本から部長が5人、セブに視察にやってきました。少しカジュアルな感じの訪問で、オフィスの候補を見て回りました。私は同行してガイドをしていたのですが、途中でカフェに寄ったときに、一人が日本語で「ジェイ、どう?」って聞いてきたのです。そこでこの視察のもう1つの目的が面談だったということに気付きました。5人の部長を前にして、ノーは言えません(笑)。


 もちろん、5人の部長が来たから、ということではありません。Sansanのサービスに大変興味がありましたし、企業としてもサステナビリティへの価値の置き方や、気候変動への取り組みなどに大変共感していました。だからオーケーしたんです。


 やぼかもしれませんが、仮に部長が1人だけでも、なんならもっと下の役職の人が来てお願いしていたとしてもジェイさんはOKしていたと思うんですよね。自分に期待されている、挑戦にはなるけれど、期待に精いっぱい応えたい。そう思ったのではないでしょうか。一昔前、「ノーとは言えない日本人」なんて日本人の受け身な気質をやゆする表現がありましたが、ジェイさんの場合はきっと「ノーとは言わない」のでしょうね。


阿部川 でも5人も部長が来たらびっくりしますよね(笑)。それだけ期待されていたということでしょう。そして2023年1月に、Sansanに入社されます。海外開発拠点設立準備室の副室長(2023年5月当時)とありますが、これはセブだけではなく、他のアジアの地域にもビジネスを拡張するということですよね。


ジェイさん その通りです。Sansanは10年以上前から、海外展開をしていますが、グローバル市場での需要に対応するためには、より強い開発拠点と開発チームがフィリピンに必要だと考えたのです。


阿部川 なぜフィリピンなのでしょう。


ジェイさん フィリピンには大変多くのITエンジニアがいます。加えて、皆バイリンガルで基本的に英語が話せます。エンジニアリングに対する技術的なスキルセットの水準も、非常に高いと思います。そして何より、日本から距離的に近いので、行き来がしやすい。最後の理由は、私がいることですかね(笑)


阿部川 なるほど(笑)。現在はどのようなお仕事をされているのですか。


ジェイさん (2023年5月当時)法的には会社の設立から3カ月程度ですから、会社運営の細かい部分で整えなければならない点は多々あります。メンバーの採用活動、政府への登記などの各種登録、経理、財務、給与などのバックオフィス機能なども順次整備しています。


 特に採用は重要で、2024年中に100人のエンジニアを雇用する計画があるので、今、大忙しです。ただ、それは「100人のエンジニアに就労の機会を提供できる」ということですから、そのような機会に恵まれたことをとてもうれしく感じています。


阿部川 起業家精神にあふれた人にとってはとても素晴らしい機会ですね。大企業となってもそのような機会を提供できることがSansanの強みなのでしょう。


●「自分の直感を信じてリスクを取る」


阿部川 エンジニアに向けて何かアドバイスをいただけますか。


ジェイさん はい。1つ目に言いたいこと、というより私が心掛けていることなのですが、(日本語で)「ただ生きることだけではなく、何か価値のあることをやるということです」。


 『RICH DAD POOR DAD』(邦題「金持ち父さん貧乏父さん」)の中でロバート・キヨサキ氏は、「ビジネスを起こすということは、パラシュートを付けずに飛行機から飛び降りるようなものだ」と言っています。実際には、パラシュートがあったとしても、地上に落ちるまでに開かないこともあり得るので、この言葉の意味としては“Leap of Faith”(「大丈夫だと信じてやってみる」といった意味合い)だと思います。私の場合、人生とは自分自身を発見し、成長するための旅のようなものです。


 次に、私は自分の可能性をもっと広げたいと考えています。そのためには「何か意味があること、インパクトがあること、あるいは人と違うこと」をしなければなりません。これまでいろいろなチャレンジの機会を頂き、いつもパラシュートなしで飛び降りるような気持ちになっていましたが(笑)、やってみないと結果は分かりません。これが2つ目のアドバイスです。


 3つ目は「(やってみようと)決断すること」です。むしろこれが最も伝えたいことかもしれません。自分の直感を信じてリスクを取るということです。最終的に、自分を一番知っているのは自分ですから。また、大きなリスクに賭けるから、大きな成果も期待できるのだと思っています。


 ここ、とても共感します。うまくいかなくても、失敗しても、自分で決めることに価値があると私も思います。今までそれを「誰かに責任をなすりつけないこと」と考えていましたがジェイさんの話を聞いて「自分を信じること」なんだと思い直しました。ああ、良い話を聞けました。


編集鈴木: フィリピンのエンジニアについて教えてください。英語を話せる方が多いので、例えば米国などで仕事をした方が日本よりも給与が高いのではないかと思うのですが、ジェイさんの周りではどの国で働いている方が多いですか。


ジェイさん: フィリピンの人は米国、日本だけでなく世界中のどこにでもいますね(笑)。IT業界でいうと日本が憧れの的です。円安が影響する部分はありますが、給料は米国と比べても安いとは思いません。ああ、でも医師や看護師などは米国の方が給与は高いかもしれませんね。


 日本が憧れられているのは、日本とフィリピンのパートナーシップが非常にうまくいっていることと、日本貿易振興機構(JETRO)など貿易を通じて「日本政府がフィリピンに対して投資している」というイメージが影響していると思います。また、フィリピンでは、昔から洗濯機やテレビなどで“Made in Japan”(日本製)が人気です。そのイメージは今でも強いです。カメラが欲しければ(日本企業の)NikonやCanonのカメラを買おうとなります。


編集鈴木: 最後にフィリピンのオススメ料理を教えてください。


ジェイさん: セブでは豚の丸焼きが有名ですね、「レチョン」と言います。ファストフードですが、「ジョリビー」のチキンもおいしいですよ。今度セブにいらっしゃるときにはぜひご連絡ください。


●Go’s thinking aloud インタビューを終えて


 「腹(“肚”とも書く)が据わる」「腹を据える」という表現がある。廣木道心氏(自身が知的障害のある息子の父親でもあったことから、育児中パニックを起こした子どもを傷つけることなく、自身も傷つくことのないやり方を経験。そこから福祉や日常の介助に武道を生かす「護道」を提唱している)の動画を見ると、腹の据わった人が正座や蹲踞(そんきょ)をしていると、どんなに力のある人が押しても倒れない。廣木さんいわく「地面を押しているのと同じだから(微動だにしない)」。


 英語の“commitment”は辞書を引くと「約束」「言質」「義務」「責任」と出ているが、文脈によっては「腹を据える」あるいは「覚悟を決める」とも訳せる。ジェイさんは仕事へのコミットメントをたびたび口にした。腹を据えて仕事をしている証左(しょうさ)だろう。自分に適した仕事がないかと探すより、腹を据えて今の仕事に取り掛かるか、あるいは自ら今までなかった新しい仕事を作り出す。すると不思議なことに、転職の機会は向こうからやってくる。それがまだ来ていないとすれば、まだまだ腹を据えて事に当たってない証拠だといえば、時代遅れだろうか。


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