試して分かった「Apple Vision Pro」の体験価値、可能性、そして課題

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2024年02月07日 12:41  ITmedia PC USER

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「Apple Vision Pro」にはいろいろな付属品がある。そのこともあって箱は案外大きく、シアトルから持ち帰るのが大変だった

 米ワシントン州シアトル近くの街に住む知人宅で、予約しておいた「Apple Vision Pro」を受け取った。まず2023年6月に体験した試作機と比較しながら、その初日のインプレッションをお伝えしたい。


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 なお、Apple Vision Proはまだ米国でしか販売されていない。また、商品のバックグラウンドにある技術の詳細について、筆者はAppleのエンドユーザー向けおよび開発者向けのWebサイトに記載されている情報しか把握していない。


 あくまでも、この記事は筆者が個人で購入した製品を使った上で執筆したもので、Appleへの取材を実施していないことをご承知いただきたい。


●こいつはやっぱり「完全にパーソナルなコンピュータ」


 事前に分かっていたことだが、Apple Vision Proは完全にパーソナルなコンピュータだ。いわゆる「パソコン(PC)」という意味ではない。オーナー向けにセミカスタムオーダーで届けられる製品という意味だ。届いた後のセットアップもオーナー個人に向けた“特別なコンピュータ”となるよう調整されている。


 既にお伝えしているように、ドイツの光学メーカーであるZEISS(ツァイス)と共同開発された「ZEISS Optical Inserts(光学インサート/レンズ)」もその1つで、ペアリングすることで処方せんに基づくレンズ特性を加味した視野になるよう自動調整される。


 全28種類ある「Light Seal(ライトシール)」も、顔や視野に適合するよう調整され、装着時に普段生活している視野に近い感覚を味わえるようになっている。補正レンズを入れるか入れないかだけで、ライトシールのサイズが変更になるほどだ。


 Apple Vision ProにはLight Sealのサイズが正しいかどうかをチェックするアプリがダウンロード可能だという。しかし、購入時に割り当てられた「33W」というシールがピッタリだったこともあり、他の機能確認を優先して今のところは試していない。


 なお、付属するLight Sealについて「合わないなぁ……」と感じた場合は、購入(または配送日)から14日以内に申し出れば、無料で交換可能だ。


 視線入力も微調整を行うと、小さなドットでさえ、ほとんど意識を集中させることなく見つめるだけで選べるようになる。なお、瞳孔間の距離計測は自動で行われる。


 ここまで視覚に対するパーソナルなフィッティングを行う仕組みを確立するだけでも、今後類似する製品をリリースするであろうライバルにとって、大きな“ハードル”になるだろう。この手の製品を実際に使ってみると、顔へのフィット感や現実視野との一致度が、製品全体の体験レベルを感じる上でとても重要なファクターになっているのが分かるからだ。


 見方を変えると、このことはApple Vision Proが「お試し」(一時的な体験)をしづらい製品であることも意味している。一応、Apple Vision Proには少しだけ貸し出して買ってもらうための「ゲストモード」があるが、当然ながらAppleが用意したカスタムオーダーに近いフィーリングを得ることはできない。


●装着感への配慮とその限界


 Apple Vision Proのセットアップは、視線入力の最適化から始まる。先述の通り、筆者はOptical Insertsを一緒に注文していたため、付属するペアリングコードをカメラにかざしての最適化も行った。このペアリングを行うことで視野が最適化され、視線入力も正確に行うことができる。


 視線回りのセットアップが終わったら、他のApple製品と同じように「Apple ID」を入力する。その後のプロセスも、他製品とおおむね同様だ。


 まず、Apple Vision Proを“褒める”ことから始めよう。


 上記のように、本機は視力矯正が必要な人にも配慮された設計となっている。Optical Insertsを外してから本機を装着すると、自動的にインサートなしの状態での最適化が行われ、「インサートあり」の時とは別に記憶してくれる。


 なので、コンタクトレンズを使っている人なら、目の具合に合わせて「Optical Insertsなし(コンタクトレンズ着用)」「Optical Insertsあり(コンタクトレンズ非着用)」と使い分けることもできる。スペックの異なる2種類のOptical Insertsを用意して、それぞれに合わせた視線入力の調整を記憶して選ぶことも可能だ。


 実機での体験は、2023年6月から大きく逸脱するものではない。しかし、こうして製品を手にすると、(やや言い過ぎかもしれないが)価格に見合うだけのコストをかけていることは十分に伝わってくる。


 湾曲させた前面ガラスやアルミフレーム、ニットと2つのループワイヤーで支えるストラップの構造、そのストラップをホールドする金具の構造など、あらゆるところで惜しみなくコストがかけられていると感じる。


 外光を遮って没入感を高めるLight Sealは、軽量のフレームにニットを張ったもので、装着時に蒸れにくいよう工夫されている。肌に直接触れるパッドも分離可能で、個別に洗うことができる。


 好みに応じて、頭の上にも通せる「Dual Loop Band(デュアルループバンド)」も付属する。


 手軽に着け外しでき、細かくフィットするという意味で、ニットを用いた標準バンド(Solo Knit Band:ソロニットバンド)は優れている。その時の状況に応じて、ダイヤルで締め具合を調整できるのがいい。


 一方で、動き回りながら使う場合はDual Loop Bandを使った方がいい。調整は手軽とは行かないものの、ズレにくい。


 ちなみに、実は2023年に体験した際は、ニットを用いたバンドに頭頂部で支える補助バンドが使われていた。製品版では、2種類のバンドを付属することで対応することにしたようだ。


 まだ湿度の高い環境で使っていないが、レンズの曇りは今のところ経験していない。内面での反射はさずがにゼロではなく、真っ黒の中に高輝度の領域があると、ハレーションを確認できる。もっとも、その程度は安価な製品よりは少ない。


 本機の有効視野角(FOV)は公開されていないが、使っているLight SealのサイズとLight Seal Cushion(Light Seal用のクッションパッド)の厚みに依存する。筆者の場合、オプティカルインサートを使っている上、「W+」という厚めのクッションパッドが適合するので、90度よりも少し広い程度だろうか。周辺がボカされているため、本来見えるエリアはもう少し広いのかもしれない。


 左右の目で見る視野が重なる領域が比較的自然なため、あまり視野の狭さは感じない。実用性も低いとは思わないが、FOVの広さを売りにする製品と比べれば、ここはやや弱いポイントであることは確かだろう。


 とはいえ、マイクロOLED(有機EL)ディスプレイによるグラフィックス表示の細かさは格別だ。メガネを使わずに済むことも含め、その品質はとても良い。この手のデバイスが嫌い(苦手)な人でも、一度は試してほしい。


 しかし、この体験レベルの高さと本体の質感は褒めたいが、重さに関しては明らかに改善が必要だ。顔へのフィット感を追求した作りは素晴らしいが、それでもなお、どうしても“重い”と感じる。公式スペックによると、本体が600〜650g(装着するLight SealやLight Seal Cushionによって変動)、バッテリーが約353gとのことで、全部合わせると1kgほどになってしまう。


 個人的には長時間での利用も気にならないが、人によっては間違いなく首が疲れる。今後、世代を重ねる中で、最も高い優先度で改良すべきは“軽さ”だと思う。


●どこまで「視覚」と「聴覚」を支配できているか?


 Apple Vision ProのLight Sealは、鼻部分の遮光に布を使っており、フィット感を阻害せずにギリギリまで遮光できる。このことは「Immersive Mode(没入モード)」時の体験を優れたものにしてくれる。


 本製品を起動すると、複数のカメラで捉えた周辺の画像を的確に立体視できる。少しぜいたくをいえば、カメラ間の映像をつなぐ部分でわずかに空間がゆがむ瞬間があるものの、近くにある被写体の周辺がゆがむといった現象はほとんど感じられない。


 周辺の空間認識という意味では、本製品を装着したまま家中を歩き回ることができるはずだ。解像度とコントラストが低く感じられることを除けば、特におかしなことは感じない。


 実際の視野と表示の一致という観点では、Metaの「Quest Pro」や「Quest 3」とは比較にならない。トーンカーブや色温度、全体の明るさなどで多少の違いが出てしまうが、一致させようという努力は十分に感じられる。


 一方、Apple Vision Proが描写するグラフィックスの精細度は、リアリティー(現実味)があるかどうかはともかく、肉眼の視野に近い。筆者のように、日常的にメガネを使っている人間からすると、矯正視力による視界よりもむしろ細かいほどだ。


 このことはApple Vision Proの右上にあるDigital Crownを回し、Immersive Modeに100%入ると理解できる。Appleは超高精細な360度映像を幾つか用意しており、このモードでは美しく落ち着いた風景の中に“包まれる”感覚を得られる。この時の感覚は、まさにリアリティーとしか言いようがない。


 この高精細なグラフィックス表示を用いてレンダリングされるバーチャルオプジェクトのAR配置も高精度だ。一度配置するとズレることなくテーブルの上に置かれ、他の部屋に移動した後に戻ってみると、きちんと同じ場所に同じオブジェクトが置かれていた。


 聴覚に関しても、アプリの映像が見える方向に合わせ、適切に聞こえるよう立体音響のエフェクトがかかる。例えば空間オーディオの映像を再生していると、その映像の方向に合わせて、全ての音場が展開される。複数のアプリが起動している場合は、それぞれの表示パネル(ウィンドウ)がある方向から音が聞こえる。


 これは「AirPods Pro」などのヘッドトラッキングなどでもおなじみの「空間オーディオ」を応用したものだが、複数動いているアプリの音声でも展開できるのは驚きだ。例えば「FaceTime Video」で誰かと話をしている際、相手の“顔”から声が聞こえるのはもちろんだが、表示パネルの距離を変えると、話者との距離(聞こえ方)も変化する。


 このために、AppleはUSB Type-C端子対応の「AirPods Pro(第2世代)」に超低遅延モードを用意した。しかし、超低遅延モードのないAirPodsシリーズでも同様の効果を感じることができた。


 視覚と聴覚に対する高い精度を伴うアプローチは、結果的にうまく行っているようだ。


●次世代コンピューティングへの“新たなスタート地点”


 Apple Vision Proについて、Appleはあくまでも米国内ユーザー向けの製品であることを徹底している。Apple Vision ProのWebサイトでも繰り返し書かれているので、認識している読者も多いだろう。


 「一度買っちゃえば何とかなるでしょ?」と思っている人がいるかもしれないが、実はそうでもない。例えば「日本在住」で登録されているApple IDを使うと、Appleが提供する各種サービスにアクセスできない。これはかなり厳密で、各種有料サービスの登録などに使うクレジットカード(あるいはデビットカード)についても、米国で発行されたものを用意する必要があるなど(※1)、使い続けること自体にいくつものハードルがある。


(※1)編集注:国際決済ブランドが付帯するクレジットカードやデビットカードは、カード番号の先頭6桁で決済ブランドとカードの発行会社を特定できる。当然、カードの発行会社を特定できるということは、発行国も判別できるということである


 日本語への対応だが、日本語の表示“は”できる。しかし、音声認識や文字入力には対応しない。Apple Vision ProはBluetoothキーボードに対応するものの、日本語入力はできない。日本語入力をセットアップしたMacを用意して連携登録し、そのデスクトップをリモート操作するという手も取れるのだが、若干“苦肉の策”ともいえる。


 Apple Vision Proは「AirPlay」に対応している。そのため、MacやiPhone/iPadの「コントロールセンター」から画面共有を行うと、Apple Vision Proの空間に画面が投影される。Macの場合は自動連携も可能で、一旦、ペアリングをしておくとMacをスリープから復帰させた際に再接続される。この際、Mac本体の画面は“消える”ため、大画面を楽しめるだけでなく、守秘性の高い情報を操作する際には役立ちそうだ。


 また、本機ではiOS/iPadOS向けのアプリがそのまま動く(一部を除く)。アプリの不足に悩むこともなさそうだが、先述の理由から日本限定配信のアプリは使えない。


 空間全体をディスプレイにするというアイディアは、こうして文章で伝えるとき、その本質を伝えることが極めて難しいという点でもどかしさを感じる。しかし、次世代のコンピューティングへの“入り口”に立っているという感覚は、誰もが覚えることだろう。


 現時点で試している本機専用のアプリは、どれもグラフィックスの質が極めて高いという点で画期的だが、一方で想像を超えるような使い方の提案はない。また、表示の自由度は部屋の広さに依存するため、広い部屋(空間)を確保しづらい日本の住居やオフィスにおける使い勝手は、改めて評価する必要があるだろう。


 製品が重すぎることを除けば、マウスやトラックパッドを使わず視線とジェスチャーだけで操作が可能で、多くの情報を一覧できる「空間コンピュータ」というコンセプトに未来がある――この意見には同意する。


 しかし、このApple Vision Proはまだ“スタート地点”に過ぎない。現行のiPhone 15 ProやMacBook Airなどと同等の完成度や価値を望むと、現実とのギャップを感じるだろう。価格に見合うだけの“結果”は得られない。


 しかし、新たな可能性や将来に向けてテクノロジーがどのように社会変革をもたらすかを思索するスタート地点と考えるのであれば、現時点で最も優れたスタート地点といえる。次世代への扉の向こう側を見たい、あるいは次世代アプリケーションのアイデアを練りたい――そう考えるのあれば、渡米してでも手に入れる価値はある。


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