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連載第15回 イップスの深層〜恐怖のイップスに抗い続けた男たち
証言者・土橋勝征(3)
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手に汗握るクロスゲーム。殊勲の決勝タイムリーヒットを放った土橋勝征(かつゆき)が、9回表の守備につく。あと3つのアウトを取れば、チームには勝利が、そして土橋には栄誉が降り注がれる。
しかし、そんな胸を張ってもおかしくないシーンにもかかわらず、セカンドを守る土橋は浮かない顔をしていた。
「ヒーローインタビューが苦手だったんです。もともと話すのは上手じゃないし、人見知りなので。だから、守りながら『このままいったら、たぶん(お立ち台に上がるのは)俺だよなぁ......』と思うと憂鬱でしたね(笑)」
高校時代はスラッガータイプだったが、「ガッツポーズをしてはいけない学校だったので」と、たとえホームランを放っても派手なアクションを見せることはなかった。プロではチームメイトの古田敦也や池山隆寛が華々しくメディアに取り上げられる一方で、土橋は「俺はいいよ」と一歩引いた。
そんな地味ながらも黙々と自分の職責を果たす土橋は、実に玄人受けした。折しも野村克也監督による「ID野球」がクローズアップされ、ヤクルトが優勝を重ねた時代。バットを短く持ち、チームプレーに徹する土橋に「無口な職人」というイメージを重ねたファンも多かったはずだ。
「僕のイメージというのは、野村さんに作られたというか、勝手にそうなっていったという感じはありますね」
しかし、湖面を優雅に泳ぐ白鳥のように、水面下では必死のバタ足が続いていた。
手首で引っかけるクセのあったスローイングは、さまざまな工夫によって引っかける割合を「2対8」まで引き下げることに成功した。しかし、まだ完璧とは言いがたい。
「バレちゃいけない。レギュラーとして試合に出れば出るほど、その思いは強くなりましたね。外野の守備固めから一軍に入って、ようやくレギュラーになったのに、試合後半に守備で替えられるような選手にはなりたくなかった。だから(送球難を)うまく隠しながら、バレないようにプレーしていました」
といっても、その大部分を占めたのは「イメージ戦略」だった。
「打つ方は野村さんのお陰でイメージができたので、守備は普通にやっていれば『堅実』と表現されるんですよ。あとは手首の強さを生かして、たまにはビックリするようなプレーもできたので、そうなると守備も『さすがだね』と言われるじゃないですか」
そして、土橋はこう続けた。
「普通のプレーをいかに普通に見せるか。そのことで必死でしたね」
難しいプレーを普通のプレーに見せたい――。そう語る野球選手は多い。だが、土橋は「普通のプレーを普通に見せる」ことに執心していたのだ。そのために、時にはこんな「裏技」を使った。
「ゲッツーの場面、二塁ベースカバーに入って、一塁送球を引っかけてしまったとき、スライディングしてくるランナーとわざと交錯して倒れるんです。いかにも『ランナーにやられた!』という感じでね(笑)。まぁ、はっきり言ってズルいですよね」
こうした積み重ねの上に「土橋勝征」という選手のイメージは成り立っていた。中には「裏切られた」と感じるファンもいるかもしれない。だが、それ以上に尋常ではないプロ根性に畏怖の念を抱く人間のほうが多いのではないだろうか。
そして、土橋の送球難が広く露見しなかった重大な要因がもう1つある。それは「ファースト」である。
「ヤクルトのファーストは外国人が多かったんですけど、みんな捕るのがうまかったですから。オマリーもペタジーニも、たとえ難しいバウンドでも捕ってくれた。それには救われましたね」
日本人と外国人のファーストには、大きな価値観の違いがあるのかもしれない。
日本では幼少期から「キャッチボールは相手の胸に向かって投げなさい」と当たり前のように教わる。相手の胸を目がけてしっかり投げることが、結果的にいい投法につながるという教えも聞いたことがある。
しかし、裏を返すと投げ手の責任が重大になってくる。厳しいチームなら、相手がグラブを構えた位置にボールがいかなければ「どこに投げているんだ!」と叱責を受けることもある。ショートバウンドの送球を投げようものなら、当然まずは投げ手の責任が問われるのが日本式だ。
一方、外国人のファーストは土橋に言わせると「『捕ってナンボ』の発想がある」という。
「こっちがショートバウンドを投げたのに、『わりぃ、俺が捕れなかった』と言ってくれるんです。投げた方としては精神的に救われますよね。だからどんなに動けない(守備範囲が狭い)選手でも『その分は俺がカバーする!』と思えましたよ(笑)」
オマリーもペタジーニも守備範囲は狭かった。だが、土橋は「送球を捕ってくれさえすればいい」と思っていたという。
土橋は引退後、少年向けの野球教室に呼ばれると、必ずこんな話をするそうだ。
「投げる選手より捕る選手が大事なんだ。投げる選手はいいときもあれば悪いときもある。それを捕る選手がいかに助けられるか。投げた選手が『やっちゃった!』という球をさりげなく捕って、『助かった』と感謝される。そんな選手になってください」
こうして土橋は20年に及ぶ現役生活を「職人」というイメージを崩すことなく全うした。
送球難に苦しみ、あの手この手でひた隠しにしたプロ野球人生だった。それでもいま、土橋は自身を「イップスではなかったと思う」と総括する。その理由は次回に解き明かしていこう。
(つづく)
※「イップス」とは
野球における「イップス」とは、主に投げる動作について使われる言葉。症状は個人差があるが、もともとボールをコントロールできていたプレーヤーが、自分の思うように投げられなくなってしまうことを指す。症状が悪化すると、投球動作そのものが変質してしまうケースもある。もともとはゴルフ競技で使われていた言葉だったが、今やイップスの存在は野球や他スポーツでも市民権を得た感がある。
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