創元SF文庫60年の歴史が一冊に! 海外SFを楽しむための道しるべ『創元SF文庫総解説』

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2024年02月09日 07:00  リアルサウンド

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 東京創元社の創元SF文庫には、ずいぶん世話になっている。もちろん、ハヤカワ文庫SFにも世話になっている。なぜなら私が田舎暮らしをしていた少年の頃、市内の書店で手軽に買える海外SFは、ほぼこの二つの文庫レーベルしかなかったからだ。


参考:筒井康隆『カーテンコール』で吐露された本音 SF第一世代の“最後の作品集”を読む


 少し歴史を書くと、創元SF文庫は、日本初のSF専門文庫である。1963年9月に創刊。最初は創元推理文庫のSF部門だったが、1991年に東京創元社の文庫全体の著者整理番号が一新され、名称が創元SF文庫に変更された。もっと以前から、当たり前のように創元SF文庫と呼んでいたので、ちょっと意外である。実は本書、創元SF文庫を読んでいる人でも知らないような情報が、かなり詰め込まれている。高橋良平と戸川安宣の対談「草創期の創元SF」や、加藤直之と岩郷重力の対談「創元SF文庫の装幀」は、貴重な話がボロボロ出てくる。もはや歴史の証言だ。


 と、いきなり対談に触れてしまったが、本書のメインは創元SF文庫で出版された、各作品のガイドである。トップを切るのは《フレドリック・ブラウン短編集》全四作だが、これは創刊第一弾がブラウンの『未来世界から来た男』だからだろう。掌編集ということで読みやすく、夢中になった記憶がある。短編集『天使と宇宙船』も面白い。なかでも「ミミズ天使」は必読。こんな発想があるのかと仰天したものである。


 ただし、ブラウンが最初に手に取った創元SF文庫ではない。おそらく始まりの一冊は、E・Rバローズの『火星のプリンセス』だろう。元南軍の騎兵大尉のジョン・カーターが、不思議な睡魔に襲われ、目覚めたら見知らぬ草原に横たわっていた。肉体を離脱して、戦乱の火星に転移したのだ。そして波乱万丈の冒険の末、火星のヘリウム帝国の王女デジャー・ソリスと結ばれる。今のネット小説の異世界転生・転移ものの先駆的作品といっていい。昔も今も、求められるエンターテンメント作品は変わらないものだ。


 さて、私がこの本を手に取ったのは、当然、武部本一郎の描いたデジャー・ソリスが、カバー・イラストになっていたからである。中村融が担当した《火星シリーズ》全十一巻の項を見ると、「カラー口絵と挿絵がつくのは本文庫初の試みであり、武部本一郎の描くデジャー・ソリスの魅力もあいまって同書はベストセラーを記録し、本邦におけるスペース・オペラの―隆盛の礎を築いた」とある。たしかにここから、スペース・オペラを読むようになったなあ。E・E・スミスの「《レンズマン》全七巻」「《スカイラーク》全四巻」など、創元SF文庫のおかげですぐに読めたのが有難い。


 武部のカバー・イラストは創元SF文庫の売りであり、私も一通り買った。アンドレ・ノートンの《ウイッチ・ワールド》全五巻も好きだった。ということで《ウイッチ・ワールド》の項を捜したが見つからない。同じ作者の『猫と狐と洗い熊』は載っているのにどういうことだ。と思ったら、牧眞司の「SF文庫以外のSF作品」に「『SFマーク』からホラー&ファンタジィ部門へ移籍になった」と書かれている。そうだったのか。まったく気がつかなかった。


 武部のカバー・イラストだと、ジョン・ノーマンの《反地球》シリーズもある。ただし武部が亡くなったため、途中から加藤直之に交代した。ついでにいうと《反地球》シリーズは六巻で翻訳が途絶える。《反地球》シリーズの項を読んでもらえば分かるが、今の時世では、続きの翻訳は難しいだろう。


 だから続刊はあきらめがつくのだが、あきらめきれないのがジョージ・R・R・マーティンほかの《ワイルド・カード》シリーズだ。物語の基本設定は、ウィルスによって生まれた特殊能力者たちが、それぞれの人生を歩み、戦いを繰り広げるというもの。多数の作家が参加した、シェアード・ワールドSFである。この作品の項を担当している作家の宮澤伊織は、洒落たデザインのカバー、末弥純の美麗な挿絵、洗錬された訳文に触れ、「この日本版は『ものすごくかっこいいアメリカの伝奇バトル』に映った。他ならぬ私がそうだったのだが、個人的には、同じく末弥純が挿絵を描く菊地秀行《魔界都市ブルース》に触れた後だったので、同じ文脈で夢中になって読んだ」といっている。この言葉に激しく同意だ。代表翻訳者の黒丸尚が亡くなったことで、第三巻で翻訳が中断してしまったが、こちらは今でも復刊と続刊を待っている。本当に面白いの作品なのだ。


 他にも、各種SFアンソロジーや、ウィリアム・テンの『ウィリアム・テン短編集』二冊、SFファン大喜びのL・ニーヴン&J・パーネル&M・フリンの『天使墜落』、早川書房の単行本を文庫化したジェイムズ・ホワイトの名作『生存の儀式』など、語りたい作品は山ほどあるのだが、これくらいにしておこう。あっ、最近の作品なら、マーサ・ウェルズの《マーダーボット・ダイアリー》シリーズがお薦めである。


 このように創元SF文庫を読んできた人なら、本書に目を通しているうちに、いろいろなことを思い出さずにはいられない。一方、これから本格的に海外SFを読もうという人には、恰好の道しるべとなるだろう。年季の入ったファンからSF初心者まで、常に手元に置いておきたい一冊なのである。


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  • 星を継ぐものと、タイムマシンしか読んだ記憶がないな。創元推理文庫の方なら、よく読んだが
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