松村北斗と上白石萌音のお芝居の相性の良さが心地よい映画『夜明けのすべて』全編ぬくもりに溢れています

【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。

今回ピックアップするのは松村北斗さん、上白石萌音さんのW主演映画『夜明けのすべて』（2024年2月9日公開）です。瀬尾まいこさんの原作小説を『ケイコ目を澄ませて』（2022年）で数々の映画賞を受賞した三宅唱監督が映画化。試写で見せていただきましたが、良かった～！

では、物語から。

【物語】

栗田科学に勤務する藤沢さん（上白石萌音さん）は、PMS（月経前症候群）で月1回イライラが抑えられないでいました。

そんなある日、転職してきたばかりの同僚の山添くん（松村北斗さん）の小さな行動が気になり、怒りを爆発。しかし、その山添くんもパニック障害を抱え、気力のない日々を過ごしていたのです。

山添くんが落とした錠剤をきっかけに、彼の病に気づいた藤沢さん。お互いに病と向き合いながら、お互いが心地のよい関係になっていきます……。

とてもいい映画でした！　特別大きな事件が起こるわけではありませんが、主人公2人の心に寄り添いながら、関係の変化を描いた作品で、そのプロセスが心に染み渡るのです。

最初はよそよそしかった藤沢さんと山添くんだけれど、お互いの病を知ったことをきっかけに、それぞれが相手を理解しようと思うように。それは同情から来る感情ではなく「ああ、この人もコントロールできない気持ちと付き合いながら生きているんだな」というような、同じ悩みを持つ者だからこそわかる感情というか……。

藤沢さんは世話好きなところもあり、山添くんの伸び切った髪をカットしに突然、家を尋ねるみたいな突拍子もないことをするのですが、ふたりが恋に落ちるような様子は皆無。お互いに距離の取り方が絶妙で、良き同僚のスタンスを崩さないところも良かったです。

恋愛ではない、友だちとも違う、なんというか……人間と人間が出会い、信頼関係を築いていく様がとても丁寧に描かれている映画だと思いました。

しかし、本作の主人公たちはPMSとパニック障害を抱えているので、穏やかなシーンだけではありません。

何しろ冒頭はPMSに苦しむ藤沢さんが雨に打たれて濡れたまま横になり、警察のお世話になるシーンから始まりますから。いっぽう、山添くんも電車に乗ろうとすると足がすくんでしまう。

彼らは「どうやって病と付き合っていけばいいんだ」と悩んでいるのです。

だからこそ、2人が出会い、理解し合っていく姿に心が温かくなっていくんです。また2人が働く栗田科学は、社長、同僚みんないい人！　2人の事情を理解して雇い入れているから、まるで包み込むようにやさしいんです。

つくづく職場の人間関係って重要だと思いましたし、やさしい人が集まっている場所には、やさしい空気が流れているんだと思いましたね。

この映画は、NHK朝の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』（2021年）で夫婦を演じていた松村北斗さんと上白石萌音さんがハマり役だったことも大きいと思います。

2人が距離を縮めて良き理解者になっていくプロセスが自然でお芝居の相性が抜群に良いんだろうな。

また演出の三宅唱監督は、『ケイコ目を澄ませて』（2022年）でも、状況説明は最小限。登場人物たちの交流や行動、表情から滲み出る世界を映像で見せてくれました。そして本作では、PMSやパニック障害で苦しむ主人公たちが自分の人生を一歩一歩、着実に歩んでいく姿をやさしい目線で描いています。

音楽で盛り上げたり、ドラマチックな演出で感動を煽ったりすることなく、全編ぬくもりに溢れた作品に仕上げたその手腕、素晴らしいです。

ぜひ映画館で、この映画が放つやさしさとぬくもりに心委ねていただきたいと思います。

『夜明けのすべて』
2024年2月9日（金）より全国ロードショー
監督：三宅唱
脚本：和田清人三宅唱
出演：松村北斗　上白石萌音
渋川清彦芋生悠藤間爽子久保田磨希足立智充
りょう光石研
原作：瀬尾まいこ『夜明けのすべて』（水鈴社／文春文庫刊）