立花もも 新刊レビュー はやくも今年ナンバーワン候補からライトな作品まで、今読みたい4作品

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2024年02月23日 07:01  リアルサウンド

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 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版された新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を集めました。(編集部)


佐藤正午『冬に子供が生まれる』(小学館)

  すでに今年ナンバーワンの小説に出会えってしまったかもしれない。全370ページ、決して短くはない物語を読むのを止めることができず、一気に読み終えたあと「これぞ小説だ」と胸がふるえた。直木賞を受賞した『月の満ち欠け』から七年。これを傑作と言わずしてなにをそれと呼ぶだろうか。


  その年の七月、雨の夜、丸田君は一通のショートメッセージを受け取る。〈今年の冬、彼女はおまえの子供を産む〉。だが丸田君に恋人はいないし、冬に子供が生まれるような行為を誰かとした覚えもない。不思議なことはもう一つ、あった。そのメッセージを受け取る直前、丸田君はかつての同級生がテレビでとりあげられているのを見かける。その同級生は「マルユウ」と呼ばれていた。マルユウは、丸田君のことだ。丸田君が通った高校で、丸田君の記憶にある同級生たちが、丸田君ではないマルユウについて語っている。いったいどういうことなのか――。


  物語の始まりからして、読者である私たちも混乱する。やがてもう一人の丸田、マルセイと呼ばれていた男が登場し、丸田君とマルセイは一緒にUFOを見たことがあるのだということ、それ以来二人の人生は奇妙にねじれてしまったことが明かされていく。


  記憶とはそもそも曖昧なものだ。「事実」と「知っている」ことは違う。丸田君の記憶をたどりながら、彼自身も、そして私たちも、何が「本当」のことなのかわからなくなっていく。けれどそれでも、これだけは確かなのだと言い切れるものを見出せるかどうか。その見出したものを大切な人とわかちあえるかどうか。それが人生においては切実に必要なのだとこの小説を読んで思う。



星野智幸『だまされ屋さん』(中公文庫)


  一人暮らしの七十歳・秋代の家に、ある日見知らぬ男が訪ねてくる。疎遠の娘と家族になりたいと思っている、というその男は妙になれなれしくて、ずうずうしくて、でも憎めない愛嬌があって、秋代は連日家にあげてしまい、食事をいっしょにとるどころか、ある晩は家にまで泊めてしまう。だがその男、娘の婚約者でもなんでもなかった。それなのに秋代は、さみしさを埋めてくれるその男が来るのを、心待ちにするようになってしまう。一方、当の娘である巴の家にも、同じ団地に住む赤の他人である女性が入りびたるようになっていて――。


  というあらすじだけを聞けば、新手の詐欺師小説なのかと思うだろうし、最初はそのつもりで読み進めていたのだが、全然ちがった。


  秋代と断絶している長男、次男、そして長女の巴。それぞれが家庭に抱えている問題は、もとをたどれば秋代と亡き夫、つまり彼らの両親と暮らした日々に原因がある。互いに傷つけ、傷つけられ、断絶するしかないところまで追い詰められた結果、助けてほしいと言える相手も失ってしまった。そんな彼らが不可思議な他者の手によって、ふたたび一堂に会する機会をもつ。そうして思いのたけをぶつけあうことで、家族といえども互いが絶対的な他者だということを思い知るのだ。


  人は、血が繋がっているから、結婚したから、家族になれるわけじゃない。自分の想いをちゃんと言葉にして、理不尽には抵抗しながら相手の言葉もちゃんと聞いて、一つずつこじれた糸をときほぐしていくことでしか、手をとりあえない。でもそれじゃあ、家族と赤の他人との違いってなんだろう? 対話できない家族と助けてくれる赤の他人、どっちがともに暮らすにふさわしいのだろう? 考えるとわからなくなってくる。家族なんてものはまやかしなのかもしれない。他人に対して必要以上に壁をつくることはないのかもしれない。そう思いながらも、家族っていいなとも思わされる。不思議な読み心地の小説だった。



安藤祐介『仕事のためには生きてない』(角川書店)

  紹介した二冊はだいぶ深い哲学に満ちているので、もう少しライトなものをお望みならこちらをおすすめしたい。異物混入騒動で世間をさわがせる食品会社の社長が「『スマイルコンプライアンス』の精神で、信頼回復に努めてまいります」と発言し、スマイルコンプライアンスってなんだよ、ふざけてんのかと炎上するところから物語は始まる。


  社長の精神を体現する新設部署、スマイルコンプライアンス準備室がたちあがることとなり、その統括リーダーに任命されてしまった主人公の勇吉・35歳。左遷ではない。むしろ肝煎り事業。出世である。だが、徒労しかない仕事だ。


  社長に忖度する役員たちが、好き勝手にああだこうだいい、建前をなにより重視するものだから、会議はむだに長引き、ポーズのためにダメ出しを受け、三歩進んで二歩下がるならまだマシで、とほうもない時間と労力をかけてふりだしに戻らされたりする。でもたぶん、こういうこと、社会にはよくあるんだろうなあと思う。成功者はみんな社会の役に立てだのやりがいをもてだの言うけれど、〈『死んだ魚のような目をしたおじさん』たちだって、何かと戦ってるかもしれない〉というセリフがとても好きなのだが、「仕事のために生きてねえよ!」という人たちが、死んだ魚のような目をしながらも奮闘を続ける姿にグッとくる。


  それにしてもスマイルコンプライアンスとは何なのか。いつまでたっても誰も定義しないこのパワーワードが、ラストにあんなふうに胸を熱くさせてくれるとは思わなかった。この小説を読めば、仕事をするのも悪くない、とほんの少しだけ思えるかも。



無門亭無舌『落語魅捨理全集 坊主の企み』(星海社)

  いや誰やねん、と思ってしまった。著者のことである。帯には〈落語ミステリ界にすべてが謎の作家、無門亭無舌が登場!〉と書いてあるが、そもそも落語ミステリ界というものがあると初めて知った。気になって、手にとらずにはいられなかった。安心してください、めちゃくちゃおもしろいです。


  辻斬り、すなわち江戸時代のシリアル・サイコ・キラーが現れて人の首をはねたのに、なぜか現場には一滴の血のあともなかった。誰もが知っている落語『饅頭怖い』の四十年後の後日談。かつてとんちで饅頭をせしめた男は、出来の悪い息子たちをなじり、家督を譲らぬことを宣言。その直後、饅頭を食べて本当に死んでしまった。いったい、なぜ。


  ふだんなじみのない人も楽しめる文体のライトさ。反して、多重構造でミステリのネタを仕込む超絶技巧。謎の作家とはいえ、これ、素人じゃないよね? いったい誰なの……? と調べたらすぐに正体にいきあたったのだが、言及するのは野暮というもの。続刊が出るころまでにはもう少し落語にも詳しくなっておきたい。


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