『ニッサン・シルビア(S12型/JTC編)』初期JTC“不毛の地”を支えた1台【忘れがたき銘車たち】

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2024年02月27日 05:50  AUTOSPORT web

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1985年の全日本ツーリングカー選手権第2戦筑波を戦ったオートスポーツニッサンシルビア。熊谷睦と辻本征一郎がステアリングを握った。
 モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは、全日本ツーリングカー選手権を戦ったS12型の『ニッサン・シルビア』です。

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 モータースポーツシーンにおけるS12型の『ニッサン・シルビア』というと、“イナズマカラー”を纏った星野一義が駆ったスーパーシルエットマシンがまず思い出されることだろう(スーパーシルエット参戦車はフロントマスクがS12型になっているS110型)。

 だが、スーパーシルエットレース以外にもS12型の『シルビア』はグループA規定の車両が競っていた全日本ツーリングカー選手権(JTC)へも参戦していた。

 JTCがスタートした1985年。この記念すべきシリーズ初年度、ニッサン/ニスモは最高峰クラスにDR30型の『スカイラインRSターボ』を送りこんでいたのだが、その一個下、中排気量車クラスであるディビジョン2向けにもマシンを製作していた。そのベース車となったのがS12型の『シルビア』だった。

 S12型の『シルビア』は、1983年に市販車が登場した『シルビア』としては4代目にあたる車両で、ターボ車の設定もあり、そちらが“フラッグシップグレード”だったが、ホモロゲーションの関係からNAのFJ20E型エンジンを積むグレードをベースにグループA仕様に仕立てた。

 搭載したFJ20E型エンジンは、ノーマルから約50馬力アップの200馬力近くまでチューニングされていたほか、サスペンション系はジャパン・スーパースポーツ・セダンレース(JSS)のものを参考にピロボール化。

 さらにスプリングもレースに向けてレートをアップしていた。このほかタイヤサイズの変更もしていたが、比較的ライトなチューニング内容の車両だった。

 ニスモが製作した『S12シルビア』は1985年、JTCの記念すべきオープニングレースである開幕戦スポーツランドSUGOラウンドより参戦を開始。

 ドライバーは当時のニッサンレーシングスクール校長だった辻本征一郎をメインに、さまざまな自動車雑誌の編集者が1戦ごとに変わりコンビを組む体制を主として戦った(このドライバー陣容となったのは第2戦筑波サーキットラウンド以降。SUGOラウンドではTOMEI RACINGからのエントリーで、袖山誠一らがドライブしていた)。

 『S12シルビア』は開幕戦含む4戦でクラス優勝を記録し、この年のクラスチャンピオンを獲得。最高峰クラスや最小排気量クラスと異なり、中排気量車が参戦するディビジョン2はライバルの少ない“不毛の地”であったことも助けたが、耐久性、安定性も高く、好成績を残すに至っていた。

 翌1986年はキヤノンカラーに彩られ、セントラル20の手で参戦を続けたが、前年ほどの活躍とはならず。同年限りで『S12シルビア』はJTCから姿を消した。
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