「Apple Vision Pro」発売から1カ月 新しい驚きの「プラス」と「マイナス」を考える

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2024年03月07日 12:21  ITmedia PC USER

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ITmedia PC USER

米国で「Apple Vision Pro」が発売されて、早くも1カ月が経過した

 Apple Vision Proを買うべく、米ワシントン州シアトルに飛んでから、早くも1カ月が経過した。発売から1カ月経過したこのデバイスは、今でもさまざまな人に“新しい驚き”を与え続けている。


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 つい先日、とあるオープンオフィスでXR関連政策チームがApple Vision Proの体験会を開催した。そこに集まったTV広告や各種メディアの関係者の多くはApple Vison Pro“初体験”だったが、体験者が驚くのは当然として、体験者が驚くのを見て周囲の人たちがさらに驚くという光景が印象的だった。このようなリアクションの大きさは、近年のテクノロジー製品にはみられなかったものだ。


 一方で、この1カ月間、さまざまなメディアやSNSでApple Vision Proに対して多くの意見が集まった。それは必ずしも賞賛の声ばかりではない。


●Apple Vision Proへの「驚き」「賞賛」そして「疑問」の声


 Apple Vision Proの興味深い所は、テクノロジーに対して敏感な人はもちろんだが、むしろ新しいテクノロジーに積極的に“触れない”層の人たちの方が新鮮な驚きを感じている点にある。先入観のなさが、むしろ興奮を高めている感もある。


 一方で、テクノロジーに敏感な人の中でも、特にハードウェアについて一定以上の知識を持っている人は少し冷めた見方をする傾向にある。Apple Vision Proがいかに“高コスト”であるか、言い換えれば普及に時間の掛かる商品であることを痛感しているからだ。


 ある日、日本の大手ハードウェアメーカーを訪れた際、エンジニアや商品企画担当者に「Apple Vison Proを製品(プロダクト)としてどう思うか?」と聞いてみた。すると異口同音に「最低でも100万円以上の価格をつけなければ利益を確保できない」とコメントした。メーカー目線に立つと、Appleの3499ドル(最新のレートで約52万4500円)という値付けは“安すぎる”のだ(消費者目線では高すぎるのは間違いないが)。


 「(従来のVR/ARヘッドセットにありがちな)問題をあそこまでつぶすには、徹底してコストを掛ける必要がある。そんな製品を(採算)度外視して出すということは、初めからライバルのやる気をなくすのが目的じゃないか?」なんていうジョークまで飛び出した。


 要するに、Apple Vision Proは3〜4年、あるいはそれ以上先を見据えて、未来の開発者たちの興味を引きつけるるための“実験機”なのだ。


 しかしだからこそ、この製品にワクワクする人が絶えない。そして一方で、普及までに時間がかかることも意味している。このジャンルを取り巻くビジネスを検討している人たちから見ると、まだまだ先の見えないジャンル(の商品)として映っているのが現状だ。


●Apple Vision Proは「モチベーション」をかき立てる?


 アプリに視点を移すと、現時点で入手できるApple Vision Pro向けのアプリの多くには“既視感”を覚える。ほとんどが本体の発売前から開発していたものなので、ある意味では当然だ。


 しかし思い返すと、どんな形であれ、新しいコンピュータが製品として投入された当初は、新しいアプリが全く存在しないことは珍しいことでもない。今でこそたくさんアプリのあるiPhoneも、2007年に発売された当初はアプリのインストールすらできなかった。サードパーティーのアプリが流通し始めたのは、その翌年に投入された「iPhone 3G」で「App Store」が導入されてからだ。


 「携帯電話にアプリを導入する」ということ自体は、当時から珍しいことではなかった。しかし、その機能や性能には制限があり、PCのように自由度が高いアプリが使えるiPhoneはとても斬新だった。


 そんなiPhoneのアプリも、当初はどこか既視感のあるものが多かった。斬新なものがあったとしても、実用性がなかったり、面白さだけを狙ったりした“アイディア勝負”の


ネタアプリだった。Apple Vision Proの現状と大差なかったと記憶している(初めからアプリを利用できるだけ、Apple Vision Proはマシともいえる)。


 アプリの開発者からは「日本未発売のデバイス(Apple Vision Pro)のために、アプリを書く人なんているの?」「まだ普及してもいないデバイスのアプリに、開発費を掛けたところで利益を出せるの?」という意見もある。しかし、iPhoneにおけるApp Storeも、当初は大きな売り上げを期待できるようなものではなかった。


 では、なぜこれほどiPhoneのアプリが充実したのか。それはiPhoneがもたらすであろう未来をポジティブに受け取り、自ら新しい価値を作りたいと思った開発者がたくさんいたからだ。


 最終的に収益につながればもちろんベストなのだが、そもそもイマジネーションをかき立て、新しいクリエイティブを生み出す――そんなプラットフォームだからこそ、開発者は魅力的に感じたのだろう。


 「現時点でのアプリに既視感がある」「デモンストレーションとしては面白いが、役に立たない」といった感想を持たれたとしても、実はあまり大きな影響はない。最も重要な事は、Apple Vision Proが目指す世界観にワクワクして、新しいアイデアを実現するためのプラットフォームとして、これまでのコンピュータではできないことができると開発者に信じてもらうことだ。


 それこそが開発者のモチベーションであり、高いモチベーションこそがイノベーションをもたらすのだと、毎日Apple Vision Proを使って感じていることでもある。


●Apple Vision Proを買ってから1カ月 変化したワークフロー


 こうした快適とはいえそうにない「ゴーグル」を毎日使い続けることができるのか――多くの人は、Apple Vision Proに対して疑問を抱くだろう。実際のところ、筆者も使い始めた頃は「こんな重たいデバイスを毎日装着することはないだろう」と思っていた。


 しかし、実際に使い始めると意外と快適なのだ。空間内に自由にディスプレイを配置して、自分の家の中の部屋の至るところに資料を貼り付けておけるのはよい。


 PCの画面を開き、Webを見て、メールをチェックして、返信を書き、1日のスケジュールを確認して、行動の予定を再確認する――これまでであれば、これが朝のルーティンワークだった。


 もちろん。Apple Vision Proでもほとんど同じことを行っているのだが、トラックパッドも使わなければキーボードも使わず、ほとんどを視線入力と音声の入力だけで行えている。もちろん現在はシステムは日本語に対応していない上、音声入力も英語しか受け付けることができない。しかし、幸いにもMacBook Proと連携できるため、メールの返信はMacBook Proを開き、そこで音声入力をすることで賄っている。


 以前の記事でも触れた通り、Apple Vision Proはそもそも、「空間の中にアプリの画面を自由に配置できるiPad」というイメージだ。たくさんのiPadを手元に持っていて、そのiPadの画面を天井から吊るしているようなイメージといえば分かりやすいだろうか。


 Webの情報、SNSのクライアント、受信しているメールの一覧などが部屋の至るところに貼り付けられていて、それを眺めながら、何をすべきかを判断して、優先順位を決めて処理をしていく――やっている事は従来と大きく違いがなかったとしても、情報を俯瞰(ふかん)する能力は確実に向上しているように感じている。ある意味でワークフローが変わったともいえる。


 実際にはこの情報全体を俯瞰してどのように行動するのかを決定する部分がApple Vision Proで最も変化した部分かもしれない。


●エンターテインメント体験の高さは想像以上


 もちろん、Apple Vision Proだけで全ての仕事を完結させているわけではない。


 例えば、PCの画面を空間の中に表示して、複数の大画面で仕事をし続けることに憧れている読者もいるかもしれないが、一時的には便利でも、1日中使えるというわけではない。快適性はまだそこまで上がっていない。


 しかし、集中して作業をしているときには、実はこの快適性に関する問題は気づかない程度で、そうした意味ではこのデバイスがあと少しの進化でもっと実用的になることを示しているように感じている。


 例えば、最初のレビューにも書いたように、この製品のエンターテイメント体験の質の高さは格別だ。数万円クラスのレーザーホームプロジェクターがもたらす、高画質の映像エンターテイメントの世界。こうしたホームシアターには同じく高額なサラウンドのシステムが必要になる。


 Apple Vision Proの画質は、ハイエンドのホームシアター機器を使い、本物のシアターと同じような暗い内装を整え、完全に遮光をして、その上で高品位なサラウンドオーディオの環境を整えた場合に匹敵する体験をもたらしてくれる。


 こればかりは体験してみないと実際にどのぐらいなのか分からないだろうが、質の高い映像作品をApple Vision Proで体験していると、時間を忘れてしまう。装着感のことも同様だ。


 しかしながら、このことは視点を変えるとApple Vision Proと同等の品質を実現できなければ一般ユーザーに幅広く受け入れられる製品にはならないという気もする。それまでにどれぐらいの時間が必要なのか、小さくない課題となるだろう。


 今回出てきた製品が、本来「最低でも100万円以上の価格をつけなければ利益を確保できない」製品だとするならば、少なくとも4年ぐらいは普及が難しいかもしれない。


●visionOSの「未熟さ」と相反する「異常な執着」


 まだ日本語を含む多言語対応が進んでいないこともあり、現在の「visionOS」の完成度は評価しきれない。ただ、少なくとも「完成度が高い」と言える状況にはないだろう。


 同OSのベースはiOSやiPadOSにあるため、基本的な部分における信頼性や、システム面での整合性は確保されている。しかし、各種の設定機能やiOS/iPadOSでは“当たり前”の機能がまだ実装されていないか、未熟な部分もある。これから詰めて開発していく段階だろうと思われる。


 聞こえは悪いかもしれないが、現時点でのApple Vision Proはまだ「β版」であるといっても過言ではない。


 一方で、OSとしての全体的な「未熟さ」と相反するように、「執着」したとしか思えないほどに、驚くほどに高い完成度を見せている部分もある。それを最も強く感じるのは、視覚と聴覚を一致させるための、極めて子細な部分にまでわたる配慮だ。


 例えばデジタルクラウンを回してイマーシブモードを「100%」にすると、設定した仮想の空間に高いレベルで没入できる。このことは、読者の皆さんも情報的には把握しているだろう。しかし、実際にApple Vision Proを身につけて100%のイマーシブモードを使ってみると、変化が視覚的な環境にとどまらないことを体感できる。


 例えば「FaceTimeビデオ」で誰かとビデオ通話をするとしよう。FaceTimeビデオの映像を空間の中で動かすと、映像の「方向」や「高さ」が変化するだけではなく、置く場所の遠近に応じて、相手の音声に音響処理が掛かる。近くに置けば“近く”にいるように、遠くに置けば“遠く”にいるように聞こえるのだ。


 これは「オーディオレイトレーシング」と呼ばれる処理の結果だ。 Apple Vision Proが捉えている空間情報のをもとに、相手がその中でしゃべっているように反響や残響といったものを演算によってシミュレーションしているのだ。もっとも、現時点では残響が大きい部屋を仮想しているようで、反響(エコー)は大きめに出る。それでも、部屋の形状に応じて音はしっかりと変化する。


 イマーシブモードの音響は、没入度を高めるとさらに“すごみ”を感じる。例えば雪のヨセミテの中に没入してみると、シーンと静まりかえる。まるで本当に雪の中にいるように、残響が消えて、反射音もほとんどなく、静かな中で相手がひたすらに喋ってるように聞こえる。


 そこからマウントフットが見える湖畔の森の中に移ってみると、今度は本当に森の中にいるように、また目の前に、湖畔が広がっているように、なんとなく感じる。ちなみに、このマウントフットの風景では、小雨が降っているのだが、その小雨のしとしととした音の気配までが聞こえてくる。


 「ビジュアル」と「オーディオ」の完全なる同期を目指す――このこだわりは、ごくシンプルにWebブラウザで動画を見ている時にも感じることがある。


 Webブラウザで動画を見ている時に頭を動かすと、ブラウザのウィンドウの中からステレオの音声が聞こえてくる。「何当たり前のことを言っているんだ?」と思う人もいるかと思うが、“ブラウザの中から”という所がポイントだ。確かに当たり前なのだが、うっかりすると気が付かないかもしれない。


 オーディオレイトレーシングをここまで徹底している様子は、もはや「執着」としか言いようがない。実はこの製品を開発する上で、OSの操作性や機能を整えるよりも、音声が重要なことだったと想像できるのではないだろうか。


●まずは「開発者が心地良いと思える基盤」を目指したか


 360度のVR映像をカメラを使って撮影することができたとしても、そこにオーディオを完全に同期させ、立体的に表現することはなかなか難しい。VRコンテンツを制作したことがある人ならば、そのことが痛いほどに分かると思う。


 アプリ開発をしている人はもちろん、コンテンツ制作をしている人が「空間の中での音の聞こえ方」に1つ1つ配慮するとなると、制作工程が複雑になり、極めて困難な状況になることは想像に難くない。


 その点、Apple Vision Pro(visionOS)では、空間の中に配置するアプリでモノラル/ステレオ音声や空間オーディオを割り付けておくと、デバイス内で見えている空間の風景と同期して、全てのオーディオが“正しく”配置して聞こえるように自動調整してくれる。


 開発者が「空間コンピューティング」で本当に新しい価値を創造しよう、作り出そうとしている中で、“完璧な”ユーザー体験を実現するためのツールセットをきちんとOSに統合しようという意思が、こうしたこだわりからも感じ取ることができる。


 現在のvisionOSは、バージョンでいうと「1.0.3」となる。しかし、真の意味での“イニシャル”リリースは、恐らく2024年末近くになるのではないだろうか。その頃には、日本でもこの製品が発売されていると思われる。


 iOSやiPadOSと共通するような機能は、時間をかければ後からでもいくらでも追加できる。ユーザーインタフェース(UI)の細かな部分も、これから調整されていくだろう。


 あまりにも自然すぎて、処理されていることに気づかないほどのナチュラルなオーディオとビジュアルの感覚を、OSが透過的にサポートしてくれる――こうした部分は簡単に作り上げられるものではない。


 開発者は、新しい価値を創造していく中って、本当に心地よく思い通りのものを作り上げていく基盤にしようとしているのだと気づくことができるだろう。これこそが、この製品をわざわざ米国にまで買いに行った価値ともいえる。


 普及時期がたとえ4〜5年後だったとして、それだけの期間があれば、多くのライバルが現れることになるだろう。しかし、このApple Vision Proの完成度の高さは、ライバルにとって大きな参入障壁となるはずだ。


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