《寄稿》東出昌大「人の家庭を好き勝手書いてブチ壊した」憎き週刊誌で答えた“編集部からの質問”

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2024年03月08日 11:10  週刊女性PRIME

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東出昌大 撮影/渡邉智裕

 数奇なもんである。人の出会いとはこんなにも想定外のことにあふれているのかとつくづく思う。また、仕事もそうだ。私が散々やられてきた“にっくき週刊誌!”で、このようなページが刷られ、自身で文章を書き、原稿料(いくらか聞いていないが太っ腹であってほしい、チラッ)を頂く日が訪れるとは夢にも思わなかった。数々の写真付きで。

 それもこれも、週刊女性のカメラマン“ナベちゃん”との出会いからである。その男も、その出会いも、不思議である。この記事を読まれる読者の皆さまの少しのお時間を頂戴し、この謎の男・ナベちゃんとの今までを語らせていただきたい。

「あぁ、ついに来たか」と

 さかのぼること約1年半前、その日は山中で私の車がエンコし、地元の女性猟師・Kさんが猟友会支部まで私を送迎するために車を出してくれた。自宅に帰り着くと、私の帰りを待っていた土地のオッチャンから「でっくん、こっちでお茶飲もうよ〜! Kちゃんも〜!」と声がかかった。

 柔らかく麗らかな春の日差しに包まれた午前中。家の前には川が流れ、せせらぎを聞きながらノビをする。見上げた木々の緑は萌黄色の新緑を過ぎ、強く握りしめれば水が滴るのではないかと思うほどに生き生きとした水気を含んでいる。あと1週間もすれば、山は青々とした夏色になるだろう。

 そんなことをボケーッと考えていると、坂の下から見慣れない一台の車がノロノロと上がってきた。黒のセダン。レンタカーを知らせる“わナンバー”。我が家はわかりづらーい山道を入り、落石跡や倒木が「折り返すなら今だぞ!」と緊張感を演出する長〜い山道をダラダラと上ったところにある。言い方を変えれば、見慣れない車を見ただけで「不審だな」と意識してしまうほどに田舎である。そんなところに住んでいる人間こそ不審である、という話はいったん置いといて。

 車は家の前を通り過ぎ、Uターンをし、里に戻る山道をまた下っていった。道に迷っているようなら助言をしようと声をかける準備をしていた私と猟友は、素知らぬ顔で下っていくレンタカーをただ見送った。

 夕方、日も沈みかけ空は濃紺に、遠く山々の稜線は群青と紫に暮れかかるころ、私は温泉の駐車場で車から降り立った。瞬間、パシャパシャ!とたかれるフラッシュ。眩しい。目が痛いくらいに感じる。しかし、頭は一瞬で事態を把握した。「あぁ、ついに来たか」と。記者に声をかけられる。

「私、週刊女性のNと申します。東出さんですよね。今日ご自宅の前で一緒にいた女性は新恋人ですか?」

 内心。「うわぁ〜うぜぇ〜」「ここにまで来やがったよ」「マジかクソだな」「ったく、一発○×□!」といろんな感情がよぎった。しかし、それと同時に予想と事態が合致した、諦観交じりの「ほう、やっぱりね」という思いも湧いていた。というのも、数日前から猟友会や土地の関係者の間で「東出の居場所を探している不審者がいる」という噂が流れ、それを耳にしていたからだ。

「せっかく、田舎に引っ込んだのに、ここまで来んのか!? もういいだろ! ほっといてくれよ!」が心からの本心だった。が「ん? 待てよ? いま新恋人とか聞こえたな?」と、逡巡した。女性猟師さんは、婚約されている彼氏さんがいた。これで私と写真が撮られ、「新恋人!(猟友)」「朝からドライブデート!(猟友会の送り迎え)」「山奥で密会!(オッチャンもいるけど)」と書かれては、猟友とご家族と彼氏さんに対して申し訳なさすぎる。そう思い、シカトを決め込む寸前だった私の口が開かれた。

「いえ、違います。こんな隠し撮りや直撃じゃなく、ちゃんとした取材依頼をしてください」

 そんなことを言うつもりもなかったが、ず〜っと以前から思っていた「人と人同士で話せば、きっとわかってくれるはず」という願望にも似た想いが口をついて出たのかもしれない。いや、「本音で話してそれでもダメなら、やっともう諦められる」と、諦める理由を探していたのかもしれない。

 ガードレールに腰をかけ、「初対面でごめんなさい」と断りを入れてタバコに火を点ける。なかなか話し終えない私と記者さんを不審に思ったカメラマンが黒いセダンから降りてきた。あぁ、午前中のレンタカーだ。ふと「記者さんもカメラマンさんも、仕事でこんなとこまで来て、俺が温泉に来るまで何時間も待っていて、大変だなぁ」と思った。同情したとかではなく、「金を稼ぐって大変だなぁ」と、人ごとのように考えたことを覚えている。数十分立ち話をしたが詳細は失念した。「編集部に相談してみます」と言われ、その日は別れた。

カメラマンに「ウチ泊まってく?」

 翌日、朝からコーヒーを飲み、薪を割り、日増しに強くなる陽に目を細めていると、坂の下から男が登ってきた。昨日の記者のNさんだ。詳細は割愛するが、とにかく“後日、N記者がインタビューをし、私は受ける”運びになった。しかし、インタビュー回の前号で「速報!」のように東出の写真だけ掲載したいと。そのためにカメラマンを一人置いていきたいと言う。なるほど。う〜ん、まぁ、しょうがない。カメラマンに声をかける。

「今日泊まれるの?」

「はい、僕は……。なんか突然でスミマセン」

 直撃してきたカメラマンに突然でスミマセンと謝られるとは思わなかった。名前を聞いた。「ワタナベっていいます」「年は?」私のいくつか下だった。「宿は?」「あぁ、どっか取ります」そんな遠慮がちに。どっかって言ったって、うちの周りに宿なんてない。ビジネスホテルだって、最寄り駅まで車で数十分、そこから県庁所在地に数駅走らないとないだろう。

「宿なんてないから、ウチ泊まってく?」

「え!? いや、大丈夫っすよ」

 顔に“怪訝”と書いてあった。これが日本昔話なら、立ち寄った山小屋の主人が妖怪の山姥だって気づいているのに、その山姥から今晩泊まれと提案されているに等しい。「まぁ風呂入ってから考えよう」、車で帰る記者さんを見送り、ナベちゃんに声をかける。「誰かに心配されない?」「一応、電波つながるとこ行ったら、奥さんに状況説明します」温泉でポツポツ語り合い、帰宅し焚き火で飯を作りながら酒を飲む。

「変なことになったね」「はい」「鹿汁作ったら飲む?」「あ、自分いらないです」「鹿刺しは? ニンニク生姜醤油で。生肉だから自己責任だけど」「いや、自分、大丈夫っす!」「野生肉食ったことないから癖があると思ってるの? 大丈夫だよ、絶対にうまいから」「……いや、そうじゃなくて! 自分、大豆アレルギーなんすよ。だから、味噌とか醤油ダメで」「……そりゃあキチぃな」

 その晩は一緒に食べられるメニューを考えてそれを作り、そこそこに飲んで床についた。明日は久しぶりに撮影だから、飲みすぎないようにしないと、ナベちゃんのためにも。と思うくらいには、打ち解け始めていた。

 山の朝は早い。肉体労働もするから朝からしっかり食べたい。まな板にはひとカケラの猪がのっていた。「小雨も降ってて少し底冷えするから、身体があったまるフォーを作ろう!」と献立を提案した。アレルギーも大丈夫! 家から数分のところに自生するミントを摘みに行く、後ろでカメラを構えるナベちゃんの声が飛ぶ。「東出さん! もうちょっと斜めで!」「こうっ!?」ハーブをちぎるだけなのにポージングを要求されヤンヤの騒ぎである。ふたりでデジカメを覗き込む。

「編集部からスクープっぽく撮ってこいって言われたんすよねぇ」

「え、でもそれ無理じゃね? だってこの距離で撮られて、俺が気づいてないってないじゃん!」

 編集部の意向と現場の声に齟齬が生まれる。「激写っ! みたいには撮れないって! 状況が状況なんだからっ! そう編集部に伝えてっ!」モノ作りを舐められていると感じると突然発火する私の“クリエイター魂モドキ”に火がついた。「いや、マジそうっすよねー! 現場のことわかってないんすよ!」ナベちゃんの語気にも熱がこもる。

 こうなるともうお笑いである。「いい写真だな〜っての撮って送りつけちゃえば!? それしか撮ってねぇって言って!」ナベちゃんは会社思いでもある。「まぁできるだけ両方撮ろうと思うんすけど、良い写真は撮りたいっす!」良い写真と言い切る溌剌とした表情を見て、あぁこの子は写真が好きなんだなぁ。と思った。

 その後、我が家を訪ねた近所のオッチャンは、ナベちゃんを紹介すると彼の手を取って喜んだ。「でっくんの写真撮りにきたの! 仕事か! そりゃ良かった!」日がな一日薪割りばっかりしては、たまに出てくる芋虫を摘み上げて「こいつ食えるんですよ!」と瞳を輝かせる私を平時から見ているオッチャンは「こいつはこれで大丈夫なんだろうか」と口には出さないまでも心配してくれていたのだろう。

 一連の経緯を懇切丁寧に説明するには10分はかかると予想した私は、まぁいっか。と、紫煙を呑み込んだ。1泊2日の撮影を終えたナベちゃんを駅まで送る。車から降り立ち改札に向かうナベちゃんは振り返り、冗談半分のような顔で「また来ます」とさりげなく言った。「馬鹿野郎」と笑い返したが、私も内心ではまた来るんだろうなぁ。と思っていた。それくらいには人間同士の情を育んでいた。

 時はたち数週間後、週刊女性が発売された。「山暮らし! 半自給自足!」その生活様式が奇異に映った読者が多かったらしく、いろいろな媒体から取材の依頼がバンバカ来た。しかし、私は生活を送っているだけで、そんなに語りたいこともない。山のことだってまだまだ半人前。映画や舞台の宣伝以外での取材は断り、畑仕事や狩猟や山登りに汗を流した。

 建設中の小屋は骨組みを終え、窓枠を入れ、屋根の工事に取りかかった。「こういうの得意なんで!」とドヤ顔で工具袋を腰からぶら下げたナベちゃんと屋根に上り、N記者が下から持ち上げるトタン板を受け取ってはビシバシと釘で張り付けた。

 夕方になると皆で温泉につかり、夜は皆で同じ鍋をつつき、酒を酌み交わす。ナベちゃんに「人をあまり信じすぎないほうがいいですよ」と忠告されたこともあった。「おまえが言うか!」と口では笑ったが、その後押し黙って考えた。

 そしてもっとマシな反論も思いついた。「最初っから人を信用しなかったら、私とあなたはここまで仲良くなれなかったよ」いい年したオッサンが吐く言葉にしてはあまりにもキツすぎる。やはり杯を口元に運び、誤魔化した。

週刊誌報道は「なくならない」

 このたび、原稿を書くにあたって、編集部から質問が来た。「週刊誌についてどう思うか?」人の闇を暴く週刊誌報道は、これからもなくならないだろう。それがたとえ「正義の光」でも「部数を稼ぐための嘘」でも、勧善懲悪が好きな大衆は熱狂する。

 これはイイモンがワルモンを倒す水戸黄門や桃太郎が根強い人気を集めるこの国では仕方のないことだと思う。いや、世界中そうなのかもしれない。

 しかし、物事は世で取り沙汰される情報より多面的である。なぜ悪代官が悪いとわかっていながら小判を受け取るほどに卑しくなってしまったのか、なぜ鬼は人間に殺意を覚えさせるほどの迷惑をかけるに至ったのか、そこまではなかなか考えられない。

 もしかしたら悪代官は子どものころから金銭的に恵まれない家庭生活を送り、病弱で最愛の両親を「金さえあれば病魔から救えたのに」と感じた幼少期の記憶があったのかもしれない。鬼も人間に迫害され、農作物の実る土地を追われ、乳飲み子を食べさせる術が略奪するよりほかになかったのかもしれない。

 ドラマは1時間で、絵本は1冊で終わる。報道も一瞬である。しかし、それぞれの人生は続く。私も週刊誌の記者に対して、以前抱いていた悪感情があった。「人の家庭を好き勝手書いてブチ壊して得た給料で、子どもの運動会の弁当作って家族団欒過ごすのか」と。

 ナベちゃんと出会って、彼の人となりを知った。カメラマンになる前、学生のころから写真大好き青年だった。今でも写真が好きで、仕留めた鹿の写真を撮っていた彼は活き活き。帰宅する前には、奥さんにお土産を持って帰るために、何が旬かを熱心に聞いてくる。この冬、女の子のお父さんになった。目尻を下げて、我が子の話をする。

 私が知っているナベちゃんもすべてではない。ナベちゃんも私のすべては知らない。それはそうである。昨日は何回排泄をし、先週は何回自慰行為をし、今までどれだけの人と身体を重ねてきたか、知りたいとも思わないし、知るべきではないと思う。

 しかし私は、ナベちゃんが好きだ。一緒に過ごした時間の中での印象でそう思う。そして彼の撮った、私の日常を切り取った写真も好きだ。隠し撮りでは撮れない、お互いの関係性が反映された写真になっている。良い写真だ。そしてここに写る、共に過ごした時間も、私は好きだ。

 仕事も、人のつながりも、数多の奇妙な巡り合わせから発展する。人間も、多面性を考えればいくつも顔がある。きっと今後もナベちゃんに「その仕事いつか辞めるの?」と聞くかもしれない。「子ども生まれたし、金稼がないと」と言われるかもしれない。しかし私は「絶対に辞めるべき」とは言えない。ナベちゃんのすべてを知っているわけではないから、人様に「絶対こうであるべき」とはいくら友人でも言えない。しかし、友人だからこそ「そんなもんかねぇ」と言外に感情を滲ませ、また横でタバコの煙を呑み込むだろう。

東出昌大 1988年生まれ。山での狩猟生活を映し出すドキュメンタリー映画『WILL』が2月16日より公開中。3月2日からYouTubeチャンネル「東出昌大」スタート。毎週土日19時配信。

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  • 週刊誌を「報道」と呼ぶかどうかは別にして、読者がいる限りなくならないよ。そしてその「読者」が覗き趣味だから、ネタ探しに奔走するのよ。
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