急速に回復するライブエンタメ市場の課題と未来 持続的成長に不可欠なビジネスモデル変革

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2024年03月13日 17:00  ORICON NEWS

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22年の国内ライブ・エンタテインメント市場規模は19年の約9割まで回復(データ出所・ぴあ総研)
 ぴあ総研が2023年12月に公表した「2023 ライブ・エンタテインメント白書」。国内のライブ・エンタテインメント市場(以下、ライブエンタメ市場)の市場規模と最新の将来予測をまとめた内容で、コロナ禍前の約9割まで回復したという明るい兆しがある一方、日本社会全体が抱える問題がライブエンタメ業界にも大きな影を落としていることを指摘。今後、市場が持続的に発展していくためには、問題意識を持って変革に取り組むべき重要な時期を迎えていることを呼びかける内容となっている。

【グラフ】コロナ禍前よりも総じて上昇したチケット価格 ポップスが顕著

■復活の兆しを見せるライブエンタメ市場 楽観視できないその内情

 2019年に6295億円の市場規模を記録したライブエンタメ産業。ところが新型コロナウイルス感染症の拡大により、20年〜22年には入場料収入だけで累積損失1兆円超という大打撃を受けるも、そこから22年には市場規模を5652億円(19年比:89.8%)にまで回復。特に音楽ライブの動員数は、収容人数制限が解除された22年に前年比137.1%増の4589万人(19年比:83.4%)となるなど、数字的にも順調に復活の兆しを見せている。

 ところが公演数に目を向けると37,954回(19年比:62.1%)と緩やかな増加に止まっており、もろ手を挙げて「ライブが戻ってきた」と喜べない状況にあることがわかる。市場規模は回復しながらも、公演数はさほど増えていないというデータは、いったい何を意味しているのか。

 コロナ禍前の16年は、東京オリンピックに向けて、首都圏の劇場やコンサートホールが改修工事などで閉鎖することから、ライブ会場不足が叫ばれた。その後、有明アリーナをはじめ民間運営の東京ガーデンシアター、ぴあアリーナMM、Kアリーナ横浜などの大規模会場が続々と開業。これらの会場がコロナ禍で抑制されたライブ供給の反動増の受け皿となり、22年以降、大都市部でのドームやスタジアム、アリーナといった大規模公演が増加している。そこにチケット価格の上昇も加わり、市場規模こそ大きく回復したが、1,000人未満会場の公演数はいまだ19年の50%に届いておらず、地方公演は減少。同白書は決して楽観できるものではない内情を示している。

「語弊のある言い方かもしれませんが、集客力や資金力のあるアーティストが市場全体の回復傾向をけん引しているというのが現在の姿なのだと思います。そのため、私としては市場が元の状況に戻ったとは考えていませんし、そもそも、元に戻ることが正しいのかもわかりません。なぜなら今後、市場を取り巻く環境が大きく変化することは目に見えているからです。むしろ業界自体でビジネスモデルを抜本的に見直していかなければならない時期に差しかかっていると思っています」(ぴあ総合研究所取締役所長・笹井裕子氏)

 ここで笹井氏が語る「市場を取り巻く環境の変化」とは、日本社会全体が直面している人口減少・少子高齢化である。特に若年層の減少は、ライブエンタメ業界においては観客動員基盤の縮小を意味するだけでなく、現実問題として、業界での働き手不足へとつながっていく。

■人員・人材不足だけではない数々の懸念材料 業界の抱えていた問題が顕在化

 今や“働き手不足”は日常的に耳にする言葉となってしまったが、ライブエンタメ現場における働き手不足には、実作業を担うアルバイト等の人数が足りない「人員不足」と、必要なスキルや技術を持つ専門的技能者が足りない「人材不足」があり、両者をきちんと分けて問題を理解し、対策を考えるべきだと笹井氏は語る。

「いずれもライブエンタメの成長や持続性を左右するほどに重大な問題ですが、特に深刻なのは「人材不足」。例えばアリーナ公演の舞台設営は、以前なら日中は建築現場をこなす職人さんが夜間に来て、短時間で組み上げることもありました。それが今は、働き方改革や長時間労働の抑制で、これまでは 1 人でこなしていた仕事を 複数人で分担しなくてはいけなくなっています。また、集まった職人さんたちに安全かつ効率的に働いてもらうためには経験豊かなリーダーも必要ですが、コロナ禍が長期にわたったことで仕事が失われ、業界を離れてしまった人材も少なくありません。
 舞台設営以外にも、照明、音響などの専門スキルを持つ非正規雇用の人材が縁の下の力持ちとして舞台を支えてきましたが、状況は同様です。今、直面している働き手不足は実はコロナ禍前から懸念されていたものですが、それがコロナ禍でより顕在化してきたわけです。単に市場が激減しただけでなく、人材を育てることも、つなぎとめることもできなかった3年間であったとも言えます」

 懸念材料はまだある。ツアーの機材運搬に欠かせない運送業界の24年問題はライブエンタメ業界にも大きな影響を与えることは必至だ。ツアー会場にグッズが届かないというトラブルも実際に発生している。さらに、さまざまなコストが上がり続ける中で、費用上昇分をチケット価格に転嫁するにも限界がある。現状でもチケット価格はコロナ禍前より総じて上がっており、さらにチケットが高額になれば、観客はライブに足を運ぶ回数を減らしたり、鑑賞公演を厳選したりするようになるのは明白で、このままでは業界が負のスパイラルに陥ってしまう可能性は高い。

 また、先述した大規模会場の建設ラッシュは首都圏に限った話ではなく、23〜25年にかけて全国各地に4スタジアム/9アリーナが新設される(一部予定)。これら新規大規模会場を安定的に稼働させるには、単純な集客の問題だけでなく、機材輸送やスタッフの人員確保など、ここでも働き手不足が会場稼働にブレーキをかけかねない問題をはらんでおり、同白書は「ライブエンタメ業界の持続可能な成長に向けた抜本的な変革が急務」と警鐘を鳴らしている。

 そのためにも「今までとまったく違う新しい発想が必要なのかもしれません」と笹井氏は語る。例えば舞台や機材の共用。あるアリーナ会場で、連日で別の公演が開催される場合、毎回、舞台を設営・撤去し諸々の機材をすべて入れ替えるのが通例だが、基礎ステージや機材の一部を共有すれば、業務の効率化とコスト削減が実現する。少しずつではあるが、こうした取り組みも始まっている例もあるという。

「安全かつ効率的にライブエンタメを運営できる研究を始めないといけない時期になったのだと感じています」

■ライブエンタメ産業の持続的成長に必要な人材育成とビジネスモデルのアップデートへの視点

 他のエンタテインメント業界に目を向けると、例えば映画に関しては、96年から通商産業省(現・経済産業省)がプロデューサーの人材育成の必要性を論じ、03年には大学等への育成過程策定の支援を行っている。プロスポーツ分野では、21年、ぴあ社がスポーツビジネスの原理原則を学び即戦力として現場で活躍できる人材を育成する「ぴあスポーツビジネスプログラム」を開講するなどの動きがある。

 対して音楽や演劇に関しては、演奏や演技などの技能の習得や、スタッフ業務やアート・マネージメントを学べる学科/専門学校は多いものの、ビジネスとして総合的なライブエンタメのプロデューサーを育成する教育機関は少ない。笹井氏は、今こそライブエンタメが、何を目指しどういう枠組みになっていくべきなのかを業界全体で真剣に考えていく必要がある、と考えている。

「ライブエンタメ産業が持続的に成長していくためには、より魅力的で社会に必要とされる産業であり続けなければなりません。そのためには、産業としてライブエンタメを捉え、その成長可能性や戦略的な方向を示し実現に導く人材が必要不可欠です。そうした人材を育成するために、これまではどこか属人的な才能や力量や情熱任せにしてきた部分を、体系的に学ぶことができる仕組みを整えることも検討すべきでしょう。この数年間、ライブエンタメ業界はとにかくコロナ禍を生き抜くことに必死でしたが、ここからは、ビジネスモデルのアップデートや人材育成など次のステージへ産業全体で進んでいけたらと考えています」

 音楽やステージ(ミュージカル、演劇、ダンスなど)は、根本的に個人もしくは少人数の集団により生み出される。またスタッフに関しても、フリーランスや個人事業主が多いため、笹井氏が指摘する通り、ライブエンタメ業界は裏方も含めた個々の力に支えられて発展してきた側面がとても強い。ある意味、夢のある世界だとも言えるが、一方で脆弱な構造であるとも言える。それをコロナ禍が浮き彫りにし、そして今年、かねてから危惧されていた数々の課題がいよいよ待ったなしの形で具体的に露呈し始めている。

 ただ、それでも同白書が必ずしも悲観的でないのは、こうした課題に危機感を覚え、問題意識を持つ業界関係者は決して少なくないからだ。少しずつ明るい兆しを取り戻してきたライブエンタメ業界。ピンチをチャンスに変えていきながら、時代に対してこれからどのように舵を切り、どんな変革に踏み出していくのか。その歩みを注視していきたい。

文・布施雄一郎


【ぴあ総研「2022年のライブ・エンタテインメント市場」調査概要】
■ 対象範囲
日本国内で開催される各種ライブ・エンタテインメントのうち、一般に開催情報の告知を行い、かつ一般にチケット販売を行う、有料の音楽・ステージ2ジャンルのイベント
■集計ジャンル
・音楽:ポップス、クラシック、演歌・歌謡曲、ジャズ、民族音楽ほか
・ステージ:ミュージカル、演劇、歌舞伎/能・狂言、お笑い/寄席・演芸、バレエ/ダンス、パフォーマンスほか
■ 集計期 各年1〜12月(開催日ベース)
■ 集計項目
ライブ・エンタテインメント市場を定量的に把握する指標として、「公演回数」「動員数」「市場規模」を基本3指標として推計。
※オンラインライブは含まず
※四捨五入の関係上、合計が一致しない場合がある(公演回数/動員数/市場規模)

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  • 「(ベテランとなり)仕事の経験を重ねれば重ねるほど手なりでやることが多くなる。それではイノベーティブなことは生まれにくい」
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