ジョルダンに聞く「乗換案内」30年の歩み 「iPhoneが新しい地平を開いてくれた」

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2024年03月19日 06:11  ITmedia Mobile

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2024年現在の「乗換案内」アプリ

 ジョルダンの「乗換案内」は、1993年の登場以来、モバイルファーストを貫いてきたサービスだ。フィーチャーフォンからスマホの時代への大転換で、移動のための情報検索の在り方が大きく変容した。そのダイナミズムの中で、同社はどのようにユーザーの声に応え続けてきたのか。ジョルダン 執行役員 営業技術部長の長岡豪氏と、運用部長の安田正治氏にお話を伺った。


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●電子ブックから始まった乗換案内の旅


―― まずは乗り換え案内が30周年を迎えられたということで、これまでの歩みを振り返っていただけますか。


安田氏 はい。乗り換え案内は1993年、まだインターネットが普及していない時代に誕生しました。当初はソニーの電子ブックプレイヤー「データディスクマン」向けに、首都圏の電車の乗換経路を収録した8センチのCD-ROMの形で提供を開始したのが始まりです。


 その後1994年にはWindows 3.1向けに発売し、個人のPC上で動作するソフトウェアとして本格的に展開。1998年には時刻表まで出せるようになり、他社との差別化を図りました。同時期にインターネット版の公開も開始し、お試し版を無料で提供する一方、時刻表付きのパッケージソフトを購入いただくというビジネスモデルを確立しました。


 ※ジョルダン30周年記念サイト内の「乗換案内1993」で、当時の経路検索を体験できる


―― PCからケータイ、そしてスマートフォンへと、デバイスの変化に合わせてサービスを進化させてこられたわけですね。


安田氏 2000年前後は、各キャリアの公式サイトへの採用によって携帯電話での利用が急速に拡大しました。利便性の高い実用系サービスとして多くのユーザーに受け入れられ、知名度も上がりました。


 携帯サイトでは、単なる経路検索だけでなく、花見や花火といった季節のお出かけ特集、駅弁の投稿コーナーなど、ユーザー参加型のコンテンツも充実させていきました。さらに、リアルタイム運行情報をみんなで共有する「ジョルダンライブ!」のようなサービスにも取り組み始めました。


―― リアルタイムに運行情報を共有する「ジョルダンライブ!」は当時としては画期的な試みだったのではないでしょうか。


安田氏 もともと各社の運行情報は、30分以上の遅れが出たときだけ出ていたので、それより小さな遅れは対応できていませんでした。でも利用者からは、何か問題が起きた瞬間から知りたいというニーズがあったんです。


 そこで、ユーザー投稿を活用した「ジョルダンライブ!」の仕組みを整えました。遅れや運転見合わせの情報を即座に共有できるようになり、大変好評をいただいています。


 ただ、フィーチャーフォン時代は、キャリアの公式サイトを通さないと、このようなリアルタイム性の高いサービスの提供が難しかったんです。規約上の制約もあって、思うようにはいかなかった面もありました。


―― キャリア主導のクローズドな環境だったために、サービス展開に一定の制約があったわけですね。


安田氏 が、2007年、ここでジョブズが電話を再定義してしました。


●iPhoneがフィーチャーフォン時代の成約を解放してくれた


――  iPhoneの登場ですね。


安田氏  そうです。iPhoneの滑らかに動くUIには衝撃を受けました。それまでのモバイルOSは処理が重かったり、タッチ操作が不自由だったりしたので、iPhoneのような使い勝手は革新的でした。


 そこで、iPhone向けに最適化した乗換案内アプリの開発に着手。2008年のiPhone 3G発売に合わせてリリースしました。実はその前にも、「W-ZERO3」向けのWindows Mobile版など、スマートフォン向けのアプリを作っていたんですが、iPhoneほどのインパクトはありませんでした。


 iPhoneでは、公式サイトを介さずダイレクトにサービス提供ができるようになったので、「ジョルダンライブ!」を思い切り前面に出せるようになりました。フィーチャーフォン時代は、リアルタイム性の高い情報をユーザー同士で共有するようなサービスは、公式サイトの規約上難しかったんです。その制約からも解放された。そういう意味でも、iPhoneはジョルダンに新しい地平を開いてくれました。


―― ビジネスモデルの変化という点ではいかがでしょう。


安田氏 それはもう、ピカーッと変わりましたね。


 iPhoneではキャリアを介さずダイレクトにユーザーにリーチできるようになった。課金についてもキャリア主導では立ち行かなくなり、自前での広告モデルへの移行を迫られました。


 しかもスマホの登場で、利用者の検索行動も大きく変わった。スマホはUIが洗練されていて、直感的な操作で素早く検索できる。そのサクサク感が利用者の心理的ハードルを下げたんです。


長岡氏 フィーチャーフォン時代は通信速度やパケット代の制約から、1回の検索でなるべく必要な情報を得ようと気を遣っていた。でもスマホなら、手軽に何度も検索を繰り返せる。1回にかかるユーザーの負担が格段に減ったことで、検索回数がグンと伸びたんですよね。


 これはビジネス的にはもろ刃の剣でして、手軽に検索できるようになった分、1回でズバッと求める情報を出せるような有料サービスのニーズは減ってしまった。利便性の向上が、皮肉にも課金モデルを難しくさせる側面もあったんです。


―― スマホの使い勝手のよさが、ビジネスモデルに影響を与えたのですね。


安田氏 アプリの時代になって、手ごわいライバルも登場しました。ヤフーの「Yahoo!乗換案内」は全ての機能を無料で提供していて、勢いよくサービスを拡充してきました。


―― スマホにプリインストールされた地図アプリも存在感を高めてきていますね。


長岡氏 はい。特にGoogleマップはこの時期に目的地検索で公共交通機関のルートを表示できるようになり、無視できない存在となってきました。


 ただ、私たちは日本の公共交通機関に特化したサービスとしての差別化を図っています。Google マップのようなグローバル企業と単純に機能を競うのではなく、日本の交通事情に精通した国産サービスならではのきめ細かさを武器にしているんです。


 例えば、駅構内の通路や出口、バス停の位置まで詳細にデータ化し、より最適な乗り換えルートを案内できるよう努めています。現地調査を欠かさず、利用実態に即したアドバイスができる。これは、海外勢にはまねできない強みだと自負しています。


―― 確かに、例えば駅周辺の地図を見てみると、細やかな配慮が行き届いているのを感じます。


安田氏 加えて、Googleマップにはない情報、例えば、定期券代の検索機能も搭載しています。ユニークなところではJRの普通列車だけを検索対象とする「青春18きっぷ検索」も提供しています。


―― 現地調査では、どのような点を重視しているのでしょうか。


長岡氏 ジョルダンは特に、交通結節点の案内を重視しています。つまり、駅と駅の乗換や、バス乗り場がどこにあるのかといった情報をしっかり案内できるように作り込んでいます。「デジタルの時代に最後は手仕事か」と言われてしまいそうですが、やはり自分の足で検証した情報の正確性こそが、ユーザーの信頼を得るために、欠かせない要素です。


 現地調査でまず調べるのは、「乗換にかかる所要時間」です。これは現地に行って足で検証しないと、基本は分からないです。ダイヤ改正時だけでなく、駅のホームが移設したり、新しい商業施設ができて導線が変わったりしても、乗換時間は変わります。どの駅で工事を実施しているかの情報を収集して、それに合わせて乗換時間を測りに行くようにしています。


 乗換時間の検証はアナログな作業で、ストップウォッチを片手に実際に歩いて時間を計測します。規制が厳しい駅構内では、機材を使った計測はしづらいため、この方法が最も適しているのです。


●スマホで「今、ここから」の検索ニーズが高まった


―― iPhoneの登場で利用者の使い方はどのように変化したのでしょうか。


長岡氏 スマホの利用で、「今、ここから」の検索ニーズが高まりました。スマホの普及で利用シーンも広がりました。従来は目的地までの経路検索が中心でしたが、現在地からの検索ニーズが高まった。スマホはGPSを内蔵しているので、現在地を起点にしたルート検索が手軽にできる。これは、道に迷ったときのナビゲーションにも役立ちます。


―― 確かに、地図アプリを使って現在地からの経路を調べる機会は増えましたね。


安田氏 スマホでの事前検索も増加しています。例えば金曜日に土日の移動を検索されるんです。


―― 週末の予定を立てるときなどに、スマホで交通手段をチェックしておく、と。


長岡氏 そういうことです。移動の計画を立てるツールとしての利用が増えている。これは、フィーチャーフォン以前の、PCでの使われ方に近いんですが、それがスマホで手軽にできるようになった。


安田氏 また、興味深いところとしては、ここ2年ほど、毎朝同じルートを検索される方がスマホになってから特に目立つようになりました。私たちもなぜだろうかと理由を想像しているのですが、2022年に経路検索中に運行情報表示に対応したので、それを目当てに検索されているのかもしれません。


●リアルタイム情報の拡充が進む


安田氏 最近問い合わせとして多いのが、「発着番線の情報を拡充してほしい」という要望です。スマホ以前のユーザーは、検索で駅と発車時刻だけ押さえて、駅では掲示板を見て発着番線を確認していました。今は駅に着いてからも駅の掲示を見ずに、スマホを確認して情報を得ているのかなと推測しています。


―― 言われてみれば、駅の掲示板を見る機会は減っていますね。


安田氏 駅の掲示板自体も削減されていますね。駅に据え付けの固定の時刻表は、コロナ禍を契機にだいぶ撤去されてしまいました。


 今は電光掲示板で発着情報を表示する方が主流になっていますが、駅の電光掲示板も数が多くなくて、ちゃんと必要な場所で確認しなければ、見つけられなくなってしまう。


 だから、今は電車に乗るときに、ひとまず乗換案内を見るというような使い方をする。人にもよると思うのですが、そういう方が増えているという印象はあります。


 一方で、鉄道会社さんにも変化があります。ここ数年で、列車のリアルタイム運行情報を提供する動きが広がっています。乗換案内では、2022年にJR東日本、東京メトロ、都営地下鉄のリアルタイム運行情報に対応しました。


 これはスマホが普及したからこその変化といえますね。フィーチャーフォン以前の頃は、鉄道会社はデータ提供に消極的だったのですが、スマホという便利な端末があり、それが普及してみんなが使っているという状況になったからこそ、リアルタイムな運行状況を公開する機運が高まったのだろうと思います。


●ほぼ全国のバス路線もカバー 正しく案内できるよう人の目で検証


―― 最近では、バスの運行情報の拡充も顕著ですね。


安田氏 乗換案内では最初のPC版から都営バスの運行情報に対応していました。その後大阪や京都などの大都市圏から対応を進めていきました。スマホ初期の2013年には大都市圏はほぼほぼカバーしています。その後の10年でさらに800路線を追加して、コミュニティーバスも含めた全国のほとんどのバス路線をカバーしています。


長岡氏 バスの運行情報は、鉄道とは違う難しさがあります。網の目のようにネットワークを組んでいて、運行形態は柔軟に変更されることがあります。運行形態も多種多様で、5分に1本発車する路線もあれば、1日に2〜3本しか運航しない便もあります。


―― バスの運行情報を正しく案内するのも大変そうですね。


長岡氏 そうですね。情報の正確性は弊社が自信を持っています。というのも、人の目でしっかりと検証しているんです。


 バスの運行情報は、バス会社さんが公開したデータを利用したり、資料を取り寄せて弊社で検索可能に起こしたりすることもあります。どちらの場合も、このデータは矛盾がないのかを逐一検証しています。


 時には、いただいたデータに矛盾や打ち間違いがあったり、ルートが複雑で資料からは運行系統が正確に把握できなかったりすることもあります。そうした場合には、必ず確認を1つ1つ取って、経路や位置が正確に出せるように案内しています。


―― Google マップがGTFSという情報規格を推進して、交通機関さんから直接データをアップロードすることを推奨しているのとは対照的ですね。


長岡氏 もちろん、私たちも事業者さんからGTFSフォーマットでいただければ、そこからの処理が早いので、なるべくその形式を活用しています。また、紙のダイヤ情報をGTFSデータに起こす作業を委託されることもあります。そういう縁の下の力持ち的な作業は、スマホ草創期から減っているどころか、むしろ増えている状況です。


●MaaS事業への挑戦 チケットの予約や決済もサポート


―― 交通分野のデジタル化の動きとしてMaaS(Mobility as a Service)が注目されています。その一類型として、経路検索アプリから交通機関のチケットを予約する形態があります。乗換案内はどのように取り組んでいるのか、現在の状況と今後の展望をお聞かせください。


長岡氏 スマホ片手に、より自由な旅をしてもらいたい。ジョルダンはそんな思いから、2018年にMaaS事業を開始しました。


 乗換案内アプリでは、「モバイルチケット」として、全国各地の交通機関の乗り放題型乗車券を販売しています。また、JR東日本の「えきねっと」、JR東海の「エクスプレス予約」と連携して、経路検索の結果から予約ページに飛べるようにもなりました。


 MaaSプラットフォームでは今、JMaaSという子会社を通して子会社を運営しています。ライバルとなる経路検索事業者も含めて、事業者間の幅広い連携を進めていきます。


その1つのモデルケースとして、八重山諸島でフェリーとバスをシームレスにつないだ「石垣・西表周遊フリーパス」はいい例だと思います。沖縄の石垣島と西表島の間には、2つのフェリー会社があり、港でチケットの2社の販売窓口が並んでいます。初めて訪れる観光客には、どちらのチケットを買えば船に乗れるのか、分かりづらいという課題がありました。


 「石垣・西表周遊フリーパス」ではこの2社のどちらでも使えるデジタルチケットを提供しました。このチケットの売り上げは、実際の利用状況に基づき、収益を2社間で適切に分配できるよう、JMaaSのシステムを活用しました。


 分からないというのが解消されるのが、すごく利用者さんからの安心感というか評価が高く、「来た船に乗れるようになりました」と高評価をいただいています。これもエリアMaaSのいい在り方の1つかなと思っています。


 分断されがちな交通サービスを一本化し、誰もが自由に移動を楽しめる世界を作る。それはジョルダンが30年来、変わらずに挑戦してきたことでもあります。MaaSを通じて、その理想に一歩ずつ近づいていければと思っています。


―― 本日はどうもありがとうございました。


●取材を終えて:「泥臭さ」がジョルダンの強み


 「乗換案内」アプリが提供するきめこまやかな案内の裏には、地道な改善の積み重ねがあった。ユーザーが迷わないような地図の工夫もしかり、外部連携を着実に進めていることもしかりだ。その中でも印象的なのは「足で検証する」ことを重視する姿勢だ。


 現場へ赴き、足で検証する。その地道で“泥臭い”努力こそが、サービスへの信頼を培っている。取材を通して、改めてそのことを教えられた気がする。電子ブックから始まり、スマホの時代、そしてMaaSの時代にあっても一貫して変わらない、ジョルダンの信念であり続けるのだろう。


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